原油価格、乱高下の謎を解く【言論アリーナ】
アゴラ研究所の運営する映像コンテンツ言論アリーナ。6月24日はエネルギーアナリストの岩瀬昇氏を招き、「原油価格、乱高下の謎を解く」という放送を行った。
岩瀬氏は元三井物産に勤務し、石油ビジネスにかかわった。アゴラの寄稿者でもある。(岩瀬氏のブログ)今年6月に文藝春秋社から3冊目の著書『原油暴落の謎を解く』を出版した。価格決定のメカニズムを解説する内容だ。
番組のポイントは以下の通り。
1・原油価格は市場で決まり、需給が影響する。14年の急落の主因は供給過剰であったため。
2・世界最大の産油国のサウジアラビアは、「価格は市場が決める」という態度。生産調整は、条件が整わない限り踏み出さないだろう。
3・原油価格の将来は予想できないが、傾向は判断できる。現状は、供給過剰感は解消しつつあるが、上昇と下降、双方の材料がある。
以下は内容の要旨。
原油価格を誰が決めるのか?
石井(司会)・本日の放送の収録は2016年6月24日ですが、英国では23日でEUからの同国の離脱という国民投票の結果が示されました。環境・エネルギー分野で見ると、英国はEUの優等生で、排出権取引、電力の自由化、温室効果ガスの排出規制などの政策づくりを主導してきた面があります。石油では、どんな影響があるでしょうか。
岩瀬・離脱は私にも驚く結果です。指摘されたように、欧州の排出権取引制度の叩き台になったのは英国の提案で、それは英国のスーパーメジャーBPの社内取引制度が元になりました。また原油などの商品市場は、ロンドンが世界の中心の一つです。こういう市場への影響がどうなるかは、分かりません。また英国経済全体にとっては、マイナス面の方が大きくなり、世界の景気への動向が懸念されます。
石井・最新の著書の『原油暴落の謎を解く』は分かりやすく、良い本でした。印象的だったのは、岩瀬さんの最初の本『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか-エネルギー情報学入門』(文藝春秋)の紹介のため取材に来た経済誌の記者から、「『原油価格はアラブの人とセブンシスターズが決めるのですか』と聞かれた」というエピソードが書かれていたことです。「セブンシスターズ」は、欧米の石油メジャー7社で、いまは合併して4社のスーパーメジャーになっています。
答えは「市場が決める」です。もちろん岩瀬さんは記者を批判するためではなく、一般にエネルギーの知識が広がっていないということを紹介する例として言及しました。
岩瀬・価格は市場で決まります。そして、それは需要と供給が一致するところで決まります。需給が価格を動かします。それが一般に知られていないようですね。
原油、石油製品の動きは世界的にデータが整備され、数ヶ月後に全貌がほぼ明らかになります。しかし現在の状況は今すぐには分かりません。またその需給が将来どうなるかも予想し尽くせません。思惑で人々が動きます。短期で動く人、長期的な動向を予想し動く人、投機、実需などさまざまな参加者が売買を行います。これら市場参加者の需給に関する将来予測が市場を動かします。
2014年からの供給過剰とその解消
石井・直近のトレンドを見ると、2014年からのWTI(指標取引となるニューヨーク商品取引所の西テキサス原油先物市場の価格)は1バレル=110ドル台から今年1月の一時27ドル前後までの下落があり、またそこからの現在の同50ドル近辺までの戻しの2つの大きな動きがありました。それぞれの背景を教えてください。
岩瀬・2014年の夏ごろから、世界的に供給過剰になっていました。それは、先進国のエネルギー政策協調機関であるIEA(国際エネルギー機関)の統計でも、事後的に示されています。これは世界的な需要が予想より伸びなかった一方、供給が予想以上に多かったことによるものです。(図表3)
14年11月末のOPEC総会では、価格維持のために各国が減産に合意する可能性が事前に予想されました。ところが最大の産油国であり、余剰生産能力を持つサウジが、減産に動きませんでした。
サウジ政府の態度は一貫しています。原油価格は市場が決めるもので、人為的な調整を無理にしても良いことはないというものです。「効率の悪い原油、コストの高い原油に、OPECの生産効率のよい原油、コストの安い原油がシェアを明け渡すのはおかしい」という主張でした。過去には価格を維持するために減産をしてきたOPECが、今回は減産をしないという決定に市場は驚き、そこから売りが売りを呼ぶ展開になりました。
石井・岩瀬さんに言論アリーナに1月に出演いただきました。その時は30ドル前後でしたが、視聴者アンケートで、「20ドル割れ」を予想する声がトップでした。ところが、岩瀬さんはその可能性は少ないと指摘していました。
岩瀬・私は当時から、「30ドル割れの状況で春を迎えることはないだろう」と述べていました。20ドル代までの下落はオーバーシュートでした。トレーダーは遊び心があるので、下値を試そうと売るかもしれないとは思いました。しかし30ドル割れでは採算割れの油田が増え、調整が進むとみたためです。
ふりかえると、米国のシェールオイルの生産は15年4月をピークに落ちはじめました。また今年5月からカナダで、オイルサンド地域での山火事が起こりました。これはオイルの成分を含んだ砂です。産地や製造装置そのものには被害は少なかったものの、従業員が避難せざるを得なくなり、生産が減少しました。さらに生産余力のないベネズエラ、ナイジェリア、リビアなどの国で、社会騒乱などの理由で原油生産が減っています。
今年4月17日、ドーハでロシアを含めた産油国の会議がありました。サウジのモハマッド副皇太子による最終段階での指示で「1月水準での生産量据置合意」はできなかったのですが、それでも供給過剰感は緩やかに改善されています。現在6月時点では、サウジのファーリハ・エネルギー相が指摘しているように、需給はバランスしていると思われます。
先行き、注目点はサウジの動向
石井・それでは先行きはどのようになりそうでしょうか。
岩瀬・「石油の価格の予想は神様しかできない」と、私は考えています。BPの名経営者ジョン・ブラウンなど、石油ビジネスにかかわる人の多くの人が同じことを言います。予測は完全にはできません。
しかし、石油の値動きの方向性の相場観を持つことは、ビジネスでも、生活でも必要でしょう。前提条件を設定し、対策をしていくことが、リスクを減らします。そうした前提は変わっていきますが、変わったら見通しを修正していけばよいのです。
IEAの予想では、来年の第1・四半期にやや供給過剰になるものの、需給バランスは均衡に向かいます。ただし、これまでの在庫がかなりたまっています。一方でこの2年間の価格低迷の時期に、油田への投資も大幅に減少しました。原油は手がけてから、すべてが上手くいっても採掘まで数年から10年前後と時間がかかるものです。最近の投資減少は将来の供給に影響していきます。価格は上にも下にも動く材料があります。
石井・注目すべき材料は何でしょうか。
岩瀬・一つはサウジアラビアの動向です。サルマン国王の愛児であるモハマッド・ビン・サルマン、国際社会ではモハマッド・ビン・ナイーフ皇太子と区別するために「MBS」と呼ばれることのある30才の副皇太子への権力集中が進んでいます。彼が中心となって4月に「ビジョン2030」という脱石油を目指す経済改革案を示しました。その改革の影響がどのようになるかが注目されます。ただし現時点の石油政策は従来通りです。原油市場を尊重し、それに基づいて石油政策を行う姿勢です。英国のEU離脱の影響も現時点では読めません。世界景気の先行きに影響を与えるでしょう。
石井・石油が枯渇するという「ピークオイル論」というのは、出ては消えることを繰り返します。石油の時代は終わるのでしょうか。
岩瀬・石油が枯渇する可能性は、シェールオイルの開発に代表される技術革新によりほぼ無くなっています。今の話題は「デマンドピーク論」というものです。需要の抑制が始まるのではないかはないかという考えです。
BPの調査部門のトップであるスペンサー・デール氏が、「石油の新経済学」(New Economics of Oil)という昨秋の講演で指摘しています。
「図表4」はBPの資料ですが、化石燃料は使われ続けるもののその割合量を減らしていきます。2035年には現在から、エネルギー需要全体では各国の人口増と経済成長で今より約33%増えるので、化石燃料を使う絶対量は増える予想ですが、それでも使用量は抑制される可能性があるとされます。昨年末には気候変動問題で「パリ協定」が結ばれ、今後化石燃料からの脱却が世界的課題になりました。政策措置の影響、省エネ技術のさらなる進歩が見込まれています。
石井・ただし石油の重要性は、まだ減りません。ビジネス、そして生活の場でその価格の動きを見つめ、対策をし続ける必要があるでしょう。
岩瀬・そう思います。私が、ビジネス界を卒業した後で、エネルギーアナリストとして活動しているのも、日本のエネルギーリテラシーを高めていきたいという願いからです。日本は無資源国、一次エネルギーを持たざる国であり、太平洋戦争、2度のオイルショックで、エネルギー問題で大変な思いをしたことを忘れてはなりません。
【最後にニコ生の視聴者アンケートを行った。年末の原油価格はどうなると予想しますかり問いで「1・現在の1バレル50ドル程度(40-60ドル)」が25%、「2・40ドル以下」が40%、「3・60ドル以上」が35%の割合になった。】
(編集・石井孝明 GEPR)
(2016年6月27日掲載)
関連記事
-
アゴラ・GEPRにこれまで寄稿した、オックスフォード大学名誉教授(物理学)のウェイド・アリソン氏が「命のための原子力」という本を英国で出版した。
-
福島原発事故の収束に役立つ技術を、国内原子力関係機関や事業者が一体となって研究、開発、収集する新組織「国際廃炉開発研究機構」が活動を始めた。「内外の叡智を結集する開かれた体制」を唱えて、技術面から事故処理を支える。新組織は何を成し遂げられるのか。
-
東京電力に寄せられたスマートメーターの仕様に関する意見がウェブ上でオープンにされている。また、この話題については、ネット上でもITに明るい有識者を中心に様々な指摘・批判がやり取りされている。そのような中の一つに、現在予定されている、電気料金決済に必要な30分ごとの電力消費量の計測だけでは、機能として不十分であり、もっと粒度の高い(例えば5分ごと)計測が必要だという批判があった。電力関係者とIT関係者の視点や動機の違いが、最も端的に現れているのが、この点だ。今回はこれについて少し考察してみたい。
-
言論アリーナ「生可能エネルギーはどこへ行く」を公開しました。 ほかの番組はこちらから。 再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)が大きく変更され、再エネ業界は混乱しています。世界的にもFITの見直しが進む中で、
-
過去10年間、東南アジア諸国は急速に、世界の主要な経済の成長エンジンの一つとなった。年成長率6%以上のアジアにおける「輝ける経済の星」に位置するフィリピンは、この地域における経済成長の中心となっている。現在はアジア地域の経済成長は減速しているが、フィリピン経済は世界的に見て今でも急速に成長している国の一つだ。
-
もんじゅは、かつて「夢の原子炉」と言われ日本の原子力研究の希望を集めました。そして、世界で日本が最も早く実用化する期待がありました。ところが、95年の発電開始直後のナトリウム漏洩事故以降、ほとんど運転していません。
-
前回に続いて経済産業省・総合エネルギー調査会総合部会の「電力システム改革専門委員会」の報告書(注1)を委員長としてとりまとめた伊藤元重・東京大学大学院経済学研究科教授が本年4月に公開した論考「日本の電力システムを創造的に破壊すべき3つの理由」(注2)について、私見を述べていきたい。
-
活断層という、なじみのない言葉がメディアに踊る。原子力規制委員会は2012年12月、「日本原電敦賀原発2号機直下に活断層」、その後「東北電力東通原発敷地内の破砕帯が活断層の可能性あり」と立て続けに発表した。田中俊一委員長は「グレーなら止めていただく」としており、活断層認定は原発の廃炉につながる。しかし、一連の判断は妥当なのだろうか。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間