遺伝子組み換え作物は危険なのか【要旨2】
【本文】【要旨1】より続く。
シンポジウム映像
農業のプラスになっている現状
小島・農水省の中に、遺伝子組み換え作物の栽培の計画を実現させようとした人がいました。ところが民主党政権が成立して、全部つぶれてしまいました。それがそのまま放置されている状況です。
私は以前には遺伝子組み換え作物に懐疑的でした。2000年に「遺伝子組み換えで収穫量が下がる」という記事を書いたこともあります(図表4)。これはある論文を参考にしたのです。しかし、研究というのはさまざまなものが出ます。これ以外にも、別の結論を導く研究はたくさんでました。そしてこの時、遺伝子組み換えの現場を私は見ていませんでした。そして現場を見て、考えを変えていったのです。
日本で作られていないために、記者も消費者も現状をよく知りません。アメリカ、スペインなどでは遺伝子組み換えトウモロコシを栽培して、農家が利益を得ていました。農家の人は、自営業の経営者ですから、損が出ることはしません。これを使うことで、収穫量の増大、農薬の削減、労力の削減というメリットがあったのです。しかも、農薬を減らすので、農家は自分の健康のためにも喜んでいました(図表6、図表7)。
私が2002年ごろアメリカに行くと、遺伝子組み換え作物の比率は3−4割にとどまっていました。当時は全部を変えることに農家にも、ためらいがあったのです。ところが今いくと100%になっています。アメリカでは、危険性の話はもうあまりされず、政府が口を出すことはなく、企業と生産者が双方の利益になる形でビジネスが進んでいます。
有田・けれども、それによって「種(たね)の支配」ということが懸念されますね。今、米国ではモンサントという会社が、種の供給を独占的に行っています。
【編集者注】モンサント社は、さまざまな作物の品種に、耐農薬特性などの形質を付与する形で種を提供している。遺伝子組み換え作物がモンサント製単一種になる事実はないが、モンサントの技術で遺伝子組み換えをされた種は、米国のダイズなどでは8割強になる。組み換え種子はモンサント以外のデュポン社、ダウ・ケミカル者など4社の巨大企業もつくって販売している。トウモロコシの種子の販売シェアは各社で拮抗しており、モンサントの独占ではない。
池田・遺伝子組み換え問題は、「大企業の陰謀」というテーマと合わさって、世界で語られてしまいます。私はバイオテクノロジーを20年前、NHKのディレクターとして取材したのです。当時は期待先行でしたが、実用化した製品として形になったのはあまりありません。遺伝子組み換え作物は例外的な成功なんです。ノーベル生理学賞を京都大学の山中伸弥教授らによるiPS細胞の研究は受賞しました。これも遺伝子組み換えの技術ですが、この研究がどこまで成功するか分からないのです。
遺伝子組み換え作物が作ることができないから、日本では企業が動かない。経済学的に、そういう制約をなく、日本のバイオメーカーがそういう製品をつくりだせる環境を整えた方がいいと思います。企業による利益は、一定程度認めてもいいのではないでしょうか。
田部井・モンサント社は遺伝子組み換え作物で、農薬耐性の技術を開発してきました。ただしこのような戦略をしたのは、同社だけではありません。また企業の努力を否定するのは、よくないと思うのです。特許は、時間が経過すれば切れますし、代替の技術もつくられます。ですからある程度、企業の開発と成果を認めるべきと、私は思います。
政府も、民間も、研究は成果を求められます。それが年ごとに、認められる期間が短くなっています。成果を出すのは当然ですが、遺伝子組み換え作物では日本では積極的につくることができないため、研究が進まず、成果を出すことが難しい状況になっています。
農業改革の有効な道具に
池田・安倍政権は、農業改革を打ち出し、集配を担当した全中を解体し、農協の統廃合を促そうとしています。そして輸出を促進しようとしています。日本の農業には後継者がいないし、これまでの労働集約的なものは成り立ちなりたたない。合理化しなければなりません。そのための道具として遺伝子組み換え作物には期待したいのです。
その栽培を促すのは価格と、理解でしょう。日本の飼料農作物の9割が遺伝子組み換え作物になったのは安いからです。価格によって、作りたいという声が高まるでしょう。そしてコミュニケーションの問題があります。やや過激な意見ですが、一度、おかしな情報を表に出し、それを論破することで、正しい情報が残るようになればいいと思います。いわば「免疫」をつくるのです。
田部井・私たちの研究所では遺伝子組み換え作物を栽培したことがあります。一般の方は冷静でした。研究所に来る前は「フランケンシュタインフード」などのイメージがあったようですが、実際に来て、見て、触って、食べてみると、普通の作物とほとんど同じと気づくのです。けれども冷静な人は、あまり声をあげません。反対の強い声を上げる人の意見が世の中に広がりがちです。正しい情報を、理解してもらう、サイエンスコミュニケーションの積み重ねも大事です。
小島・今、メディアの記者の中で、絶対反対という人ばかりかというとそうでもない。危険性を訴える研究者がいないからでしょう。新聞記者はその傾向として、一つの問題で論争がある場合に両論併記にしたいという考えがあります。しかし専門家の間では、その反対がほとんどいないのです。しかし世論の間では、悪い印象が定着しています。そのために、わざわざ自分で取り上げるリスクを嫌がって、「触らぬ神にたたりなし」なんていう記者もいました。
小野寺・この作物について、生産者から情報を発信したいのですが、つくったことがないので、想像するしかありません。試験場や行政と、試験的につくってほしいというお願いはしています。ただし使ったからといって、一般作物という、どの国でもつくる小麦などは、それがアメリカなどと同じコストで、競争できるとは思えません。勝つことは難しいのです。
しかし使うことで大きく変わるでしょう。あらゆる作物で、国産がゼロというのはよくないです。それを生産するにしても、コストを下げなければ、損が出る一方なのですから。まず国、道の試験場で検証をしてほしいのです。
池田・まとめると遺伝子組み換えをめぐる問題は、日本の無責任な政策運営を象徴的に表しているようです。日本の農業の農業補助金は、1人当たりで世界一。それなのに農業生産高はGDPの1%以下にすぎません。生き残るにはグローバリゼーションに乗って、競争力をつけていくしかありません。
このシンポジウムは官庁街の真ん中にある内幸町のイイノホールで開催されているので言いますが、農水省は生き残りのために「産業としての農業」を考えなければいけないでしょう。無意味な政策をする前に、日本の農業をめぐる政策を立案しないと、省として潰されかねません。霞ヶ関の人はリスク回避的で、自分の出世にかかわる人には絶対したくない。しかし遺伝子組み換えという新技術一つ日本国内で使えないようでは、農水省はいらないという議論が起こります。自民党は農協の解体、TPPの推進と農業改革に動いているのですから。農水省は今、社会から存在が問われているのです。
また今後の日本では地方消滅が現実の問題になります。そうした土地では農業の効率を上げなければなりません。それなのに遺伝子組み換えを使えなければ、そうした土地は消滅していくでしょう。
私のような経済効率性を高めようという意見に対する批判で、必ず出てくるのが「命を守れ」です。しかし原子力でもそうでした。しかし強い日本経済がなければ、私たちの命も守れません。
遺伝子組み換えの問題は、危ないものを止めるという後ろ向きのものとして、とらえるべきではありません。バイオテクノロジーに日本がどうかかわっていくか、高効率な農業をどう作り上げるかという経済問題からの視点が必要です。司会なのに、自分の意見を言ってしまいました。会場からの質問を受け付けたいと思います。
会場との質疑応答
アシスタント・事前に参加者の方からいただいた質問を紹介します。「予防原則」という考えがあります。この考えは、遺伝子組み換え作物でも使われるべきではないでしょうか。
池田・この考えは、環境に重大かつ不可逆的な影響を及ぼす仮説上の恐れがある場合には、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、規制措置を行うべきというものです。しかし日本政府も多くの国も採用していません。一つの主張にすぎません。これは「疑わしきは禁止する」という極端な使われ方をすることもあって注意が必要でしょう。そうした考えは副作用の方が大きいです。
田部井・「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」という国際協定があります。ここには予防原則が取り入れられているのですが、それでは「遺伝子組み換え技術が安全かどうか」という意味ではなく、「遺伝子組み換え作物を生産した場合の環境や生物多様性への悪影響を可能な限り予防する」という意味で使われています。私もこの交渉に参加したのですが、欧州、また発展途上国がこうしたものを強く主張する傾向があります。
小島・EUはその原則を使ったり、使わなかったりしています。組み換え作物の規制分野では使っていません。規制もまちまちです。一方で、ハチに害があるとされるネオニコチド農薬でEUは予防原則を導入しました。
アシスタント・表示について、各国でより詳細になる動きがあります。これについて、どのように考えますか。これは消費者運動の立場から有田さんいかがでしょうか。
有田・私の個人的意見としても、多くの消費者団体の立場でも、知る権利を確保してほしいという当然のお願いをしています。これだけ遺伝子組み換えが広がる以上、禁止を考える人は少なくなっているでしょう。ただし書き方をどうするとか、さまざまな問題があります。国内の遺伝子組み換え作物では、非意図的な混入は5%未満ならば表示しなくていいとされています。私が個人的に、その割合を書くことが望ましいものの、現実には生産地で分別が難しいとされるので、仕方ない面はあるのかなと思います。ただし消費者団体の中には、さらに厳格な表示を求める声もあり、それは尊重されるべきでしょう。
小野寺・私は積極的に表示をするべきと考えています。30年前に使われたカボチャの農薬の有害性が指摘され、それを使っていた近所の農家がカボチャを何10トンも破棄し、畑の土を入れ替えたことがありました。そこでは、0.01ppmなんて小さい単位での議論をしているのです。人体にどんな影響があるのか聞くと100トン食べたら、影響が出るかもしれないというレベルなんですね。そこまで厳格な農薬の規制に農家は向き合っています。それなのに海外産の遺伝子組み換え作物は5%でもいいとされます。公平ではありません。
田部井・私は以前に、表示に反対でした。危険性はないためです。しかし、今は逆に変な印象を乗り越えるために、積極的に明示した方がいいと思います。今5%の分別が問題になっていますが、非遺伝子組み換えを明示し、他は無分別と表示した方がいいと思います。そうするとコストは下がるし、避けたい人の権利は守られると思います。
欧州諸国では、国によって内容は微妙に違うものの、すべての農業に栽培と経済活動の権利を認め、消費者に選択の自由を与えています。共存が基本方針になっており、禁止ということはしません。残念なことに、今の日本では選択ができない状況になっているのです。
会場から出席者(自営業者)の質問・一つの確認ですが、遺伝子組み換え作物とは法律で禁止されていないのでしょうか。そして一つの質問は危険とはどのようなものでしょうか。
田部井・法律上は、作れる状態になっているものはたくさんあります。でもつくられていません。危険性はいろいろなものが懸念されています。こぼれて発育し、生態系に影響を与えてしまうとか。食べて悪影響を与えるとかです。たしかに何重ものフィルターがかかっているので、そうした悪影響は少なくなっているでしょう。
アシスタント・遺伝子組み換え作物は、将来、どのような可能性があるのでしょうか。
田部井・機能性作物への応用が、注目されています。食べて効果のある食物を作ることの研究です。例えば「ゴールデンライス」というお米が研究されています。発展途上国ではビタミンAなどの栄養素の不足が深刻です。しかし食生活が豊かではないために栄養素を増やしたお米でそれを摂取しようという試みです。そのほかにも、花粉症の予防効果のあるお米などの研究が、日本の研究機関で行われています。自然ではできなかった「青いバラ」が商品化されています。こうした鑑賞用植物の応用もできるでしょう。
小島・ハワイではパパイヤが市場に流通しています。この8割は、遺伝子組み換え作物なのです。植物への疫病を抑え、農家が積極的に遺伝子組み換え作物を使っています。そしてこれは地元の学者がつくったものです。ここには懸念もない。生産者が多大な利益を得て、消費者も安くておいしいパパイヤを食べる利益を享受しています。「何かいやだなあ」という感情ではなく、利益を得る実績を重ねること、そして作り手、それぞれの人が選択の自由を得て行動することで、有機農業、遺伝子組み換え作物の栽培などさまざまな農業活動の「共存」に進むと思います。
【このシンポジウムはニコニコ生中継で放送されていたためにアンケートを採った。母集団は数百と推定されるが実数は不明。危険とする人が32.7%、安全とする人が67.3%だった。】
(編集・アゴラ研究所フェロー 石井孝明)
(2016年3月28日掲載)
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