韓国での不気味な核武装論の台頭
北朝鮮の1月の核実験、そして弾道ミサイルの開発実験がさまざまな波紋を広げている。その一つが韓国国内での核武装論の台頭だ。韓国は国際協定を破って核兵器の開発をした過去があり、日本に対して慰安婦問題を始めさまざまな問題で強硬な姿勢をとり続ける。その核は実現すれば当然、北だけではなく、南の日本にも向けられるだろう。この議論が力を持つ前に、問題の存在を認識し、早期に取り除いていかなければならない。
韓国国民が支持する核武装
韓国の与党セヌリ党の院内総務ウォン・ユチョル氏は2月に国会で北朝鮮に対抗するため、パク・チョンヒ(朴正煕)大統領時代のスローガン「自主国防政策」を唱えながら「核武装を考慮すべき。雨が降るたびに隣の家から傘を借りることはできない」と述べた。米国は1992年に韓国も含めた海外の基地から核兵器を全部撤収させている。
さすがにこの発言には韓国内で批判が集まった。韓国最大の新聞で、保守・民族主義的論調を掲げる朝鮮日報も「国際的な緊張を高め韓米同盟を破壊する」と批判した。(2月16日社説「韓国核武装という極端な選択をする前になすべきこと」)
しかし核武装を支持する韓国の世論の声は根強い。ニューヨークタイムズの2月16日記事「After Tests in the North, Conservatives in South Korea Call for a Nuclear Program」によれば、「韓国が自国独自の核政策を行うべきか」とした質問に、2013年の北朝鮮の核実験の直後には66.5%だったが、今年1月の核実験の後では低下したものの54%の賛成という。この独自の核政策というのは自国での核兵器開発も含む。
もちろん韓国政府は核武装を否定している。パク・クネ(朴槿恵)大統領は1月の演説で「核武装論が議論されていることは承知しているが、核が勝手に使える世界(Free Nuclear World)が朝鮮半島から始まってはいけないと、私は強調する」と述べた。
韓国は1975年に核不拡散条約に加わっている。さらに各国と原子力協定を結び、発電などの平和利用にその利用を制限されている。特に米国との間では1975年に核技術の利用などを定めた韓米原子力協定を結んだ。2015年に韓国は米国との同協定の再交渉に臨んだ。韓国政府は核燃料サイクルとプルトニウムの利用を行える日本と同等の協定を求めた。しかしプルトニウムの不拡散を原子力政策の柱にする米国は、実験や研究のみに協定の内容を限定した。
もし韓国が核武装に動けば原子力の諸条約を破棄しなければならず、経済制裁を受け、米国との同盟関係も消滅する可能性がある。さらに貿易立国である韓国は、経済制裁によって国の経済が崩壊するはずだ。現時点で韓国の近未来における核武装という選択は、かなり可能性は低いだろう。
国際的取り決めを破り、核兵器開発を目指した韓国
しかし、それでも日本は「性悪説」で韓国を見て、その核武装論に懸念を示し続けるべきだ。米国が韓国と日本の原子力協定に差をつけたのは、韓国が国際的な協定を破って過去に核兵器の開発をした歴史があるからだ。
現大統領の父親のパク・チョンヒ大統領は極秘に核開発を進めた。79年に彼は暗殺される。韓国政府が核開発を認め、核開発計画を取りやめるとしたのが81年だ。1975年のベトナム戦争での北ベトナムの南の併合、米国の撤退は韓国に北朝鮮の南進を懸念させた。今では考えられないが、1970年代は冷戦の真っ盛りで、共産主義諸国の勢いが強かった。韓国が見捨てられかねないという恐怖が、条約を破っても核開発を進めさせたのだろう。
加盟国に対してIAEA(国際原子力機関)は査察を繰り返している。2004年の韓国での査察では、ウラン濃縮実験を国の韓国原子力研究所が極秘に行っていたことが発覚している。ウランの濃度を高める「濃縮」はウラン型原爆の燃料を作る行為だ。しかもこの実験は日本の電力会社らの企業コンソーシアムの開発した公開の特許技術を勝手に使って行った。この方法では大量の濃縮が不可能で、実験室レベルであったが、倫理的には大変な問題のある行為だし、国際協定違反だ。
そして韓国の技術者への核兵器に対する懸念は、日本ほどないようだ。朝鮮日報は2月19日記事「1年半で核兵器開発完了、核武装は技術ではなく意思の問題」で、短期間で開発は可能という原子力技術者の声を伝えている。韓国は原子炉の国産化を達成し、2008年にはUAE(アラブ首長国連邦)の国際入札で、斗山重工を中心とする企業連合が、日本勢を抑えて受注した。安値攻勢によるものとされるが、一定の技術力はある。
この記事を読む限り、原子力の技術者にも、執筆する記者、朝鮮日報社にも、核兵器を作ることに倫理的な負い目はないようだ。それどころか、技術を持つ自国へのプライドが(実力以上の自己過大評価もいつもの通りあるが…)、この記事からうかがえる。
東電福島原発事故によって日本の原子力関係者は意気消沈しているが、どの立場の人に会っても技術の核兵器への転用を嫌い、広島・長崎の悲劇を繰り返さないことを誓っている。これは批判される面も多い日本の原子力ムラの良い文化だ。しかし韓国には、核兵器への倫理上の歯止めが関係者に日本ほどないようだ。
日本は抗議と監視の強化を
韓国が原子力の平和利用という制約を脱ぎ捨てる可能性は常にある。韓国の安全保障上の懸念は理解できるものの、それを日本人が認める必要はない。そして韓国の核兵器は当然、日本に向けられる可能性がある。
1990年代に『ムクゲの花が咲きました』という荒唐無稽の軍事フィクションが韓国で刊行、映画化された。そのあらすじは筆者は未見だが、朝鮮再征服の野望を持ち開戦した日本に、南北共同開発の核兵器を共同軍が打ち込み、戦争に勝つという内容だそうだ。ちなみにムクゲは朝鮮の国の花で、タイトルは核開発成功の暗号だ。この本をまじめに受け止める必要はないだろうが、売れたのは韓国内にはそれを認める声が一定数あることを示すかもしれない。
そして北朝鮮のような弱小国が、核兵器を使って日本を含めた各国を動揺させている。そして開発を止める有効な手段はなかなかない状況だ。
日本の核兵器をめぐる国際的な管理政策と外交は、1・米国との協調の下で核の不拡散を求めること、2・憲法9条と被爆国を強調した核兵器の縮小と使用禁止を訴えること、3・原子力発電など民生利用のすぐれた企業の技術を使った「原子力の平和利用」の実績を重ねること、という3つの柱を持つ。しかしいずれもうまくいかない。すでに核不拡散は失敗した。2番目の被爆国の日本の立場も国益を追求する各国は尊重せず、3番目の平和利用に関しても前述の韓国に事実上技術を盗まれたことでも分かるように、ずるい他国に利用される悲しい結果になっている。日本の善意はまったく相手にされない。残念ながら、日本の政治家、有識者北東アジアの非核化は残念ながら夢だ。
核兵器の開発を進める北朝鮮の暴挙から一つ言えるのは、国際問題では芽が小さいうちに存在を知り、早めに摘み取ることが必要だ。大きくなってからは取り返しがつかなくなる。そして説得ではなく、力や実利で相手に圧力をかけなければならない。
韓国での核保有論については、彼らが慰安婦問題でお人好しの日本人に教えてくれたように、執拗な抗議、他国を巻きこんだ国際社会での締め付けなど、その意見の異様さを徹底的に気づかせるべきだ。
韓国の産業技術の大半は日本起源であるが、原子力の場合に韓国はカナダ、米国企業から導入した。しかしUAEの原発は東芝が参加するなど、製造では日本企業の影響力はまだ強い。企業に判断が委ねられるが、韓国の原子力の建設、輸出への悪影響を日本政府が強調するなど、締め付けの手はあるだろう。
原子力の表の顔「発電」の裏にある見えない顔「軍事利用」。その存在を知り、韓国の核武装論に対する冷徹な対応が必要だ。
(2016年2月22日掲載)
関連記事
-
12月6日のロイターの記事によれば、米大手投資銀行ゴールドマン・サックスは、国連主導の「Net-Zero Banking Alliance:NZBA(ネットゼロ銀行同盟)」からの離脱を発表したということだ。 米金融機関は
-
情報の量がここまで増え、その伝達スピードも早まっているはずなのに、なぜか日本は周回遅れというか、情報が不足しているのではないかと思うことが時々ある。 たとえば、先日、リュッツェラートという村で褐炭の採掘に反対するためのデ
-
今年も例年同様、豪雨で災害が起きる度に、「地球温暖化の影響だ」とする報道が多発する。だがこの根拠は殆ど無い。フェイクニュースと言ってよい。 よくある報道のパターンは、水害の状況を映像で見せて、温暖化のせいで「前例のない豪
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク、GEPRはサイトを更新しました。
-
女児の健やかな成長を願う桃の節句に、いささか衝撃的な報道があった。甲府地方法務局によれば、福島県から山梨県内に避難した女性が昨年6月、原発事故の風評被害により県内保育園に子の入園を拒否されたとして救済を申し立てたという。保育園側から「ほかの保護者から原発に対する不安の声が出た場合、保育園として対応できない」というのが入園拒否理由である。また女性が避難先近くの公園で子を遊ばせていた際に、「子を公園で遊ばせるのを自粛してほしい」と要請されたという。結果、女性は山梨県外で生活している(詳細は、『山梨日日新聞』、小菅信子@nobuko_kosuge氏のツイートによる)。
-
日米のニュースメディアが報じる気候変動関連の記事に、基本的な差異があるようなので簡単に触れてみたい。日本のメディアの詳細は割愛し、米国の記事に焦点を当ててみる。 1. 脱炭素技術の利用面について まず、日米ともに、再生可
-
現在、エジプトのシャルムエルシェイクで国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)が開催されています。連日様々なニュースが流れてきますが、企業で環境・CSR業務に携わる筆者は以下の記事が気になりました。 企業の
-
5月4日 日刊工業新聞。坂根正弘分科会長(コマツ相談役)は「今の技術レベルで考えると、枯渇する化石燃料の代替を再生可能エネルギーができるとは思わない。(地球温暖化対策の観点からも)原子力をギブアップできない」と話した。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間