もんじゅの判定、工学者からの疑問
原子力規制委員会が、JAEA(日本原子力研究開発機構)によるもんじゅの運営に対して不適切な行為が多いとして、「機構に代わってもんじゅの出力運転を安全に行う能力を有すると認められる者を具体的に特定すること」と文部科学省に対して「レッドカード」と言える勧告を突きつけた。
これに対し、地元の福井県の西川一誠知事は「規制委員会のこれまでの助言も親切さが欠けている。運営体制は、JAEAと文科省、規制委の3者が当事者として責任を持つべきだ」と述べられており、地元企業からも、「規制委の対応を「規制委がJAEAの言い分に耳を傾けず、強い権限を背景に一方的に“判決”を言い渡した」と「弁護士不在の裁判」の実態を批判している。
そこで私は、もんじゅに昨年赴任され、1年前に所長に就任になった青砥紀身さんに、もんじゅの現況をうかがった。次に第三者としての客観的な立場で、それが本当なのか、自分の目で確認に行った。これを記事にまとめる。
もんじゅの現状管理は良好
福井県敦賀市にあるもんじゅを訪問した12月12日は土曜日であったが、朝から見学した。格納容器内や開放点検中のAループのセル(分厚いコンクリート壁で仕切られた部屋)内にも運良く入れた。ご案内いただいたのは20年前のナトリウム漏えい事故を対応された方で、このようなプラント全体を熟知された方は、もうごくわずかとのことだ。
格納容器内には、炉心真上の回転プラグ、燃料交換機などが一望できる。中間熱交換器室、循環ポンプ室、セル内には熱応力を逃げるためにタコベントのように曲がりくねって引き回された配管と、それを支持する堅牢なV字型サポートや耐震支持装置であるメカニカルスナッバー(機械式防振器)やオイルスナッバー(油圧式防振器)などが取り付けられている。
分厚い保温材とラッキング(金属製のカバー)が被された配管は、内部に漏えい検出器の電極や、ナトリウム漏洩の際に生じる気体を吸引して漏えいを検知する系統、ナトリウムが凍結しないように加熱するおびただしい電気ヒーターなどが整然として取り付けられていた。
補助建物内の蒸気発生器も含め、プラント内には塵ひとつ落ちていない。とても20年間経ったプラントとは思えない。私は世界中の約100基の原子力プラントを見ているが、メンテナンス状況は運転中の原発(軽水炉と比較して、決して遜色がない。保安規定対象外の監視カメラ180台も新品に取り換えられていた。中央制御室もガラス越しに見たが、担当者らは、真剣に、また適切にプラントの状況を把握して働いていた。
メーカの技術者で、開発当初から高速炉の運転をした方は、もうほとんど退職するか異動になっている。現在も技術を引き継いた、メーカや電力会社からの出向者の方と共に機構の方が、管理をしている。
もんじゅは当初、機構と電力の方が各50%ずつで運営されていたが、現在は40%の機構の方と10%強の電力出向者、残りは数年で交代するメーカ、地元企業の方で運営されている。30年前のもんじゅ建設当時から関わり、プラント全体を熟知された方は、もうごくわずかである。それでも、新人を採用し、2直、5班で、運転を経験させてプラント全体系統を理解させて、それから保全活動に就くようにして人材育成をしている。
2時間かけてもんじゅのセル内を視察したが、太い配管の下をくぐり、ときには膝をついたり、腰を曲げて、ヘルメットが、サポートにぶつかってゴツゴツ音を立てながら移動して現場を確認した。床には塵1つ落ちていなかった。白い手袋も白いままであった。
もんじゅのプラントとしての運営自体は、他の組織を持って代えがたい。
問題になった点検不備は細かすぎる話
もんじゅでは、非常に細かい話が、問題視されている。いずれも安全には問題にはならないものだ。
残念なのは2010年に再稼働を始めた途端に、燃料を出し入れする大型円筒金具(炉内中継装置)が落下したことだ。円筒内の平板金具が回転すると、吊り上げのための爪が外れてしまう構造上の問題と、5年で交換が必要な回り止めのゴムの劣化が原因であった。これは、原子炉内の燃料の上部に位置する機器であり、安全性上の観点から長期停止を命じられ、再発防止対策が求められた。厳しい規制の発端になったトラブルである。
非常用DG(ディーゼル発電機)の点検先送りが問題視されたと、NHKが12月8日のクローズアップ現代で指摘しているが、これについては放送内容に事実誤認がある。3つあるうちの1つが点検中であると、他の2台は点検できない。そのため簡易点検として報告書を提出した。しかし、2013年の原子力規制委員会の立ち入り・保安検査により、非常用発電機などの重要機器で13の点検漏れ、虚偽報告と断定された。5月29日に原子力規制委員会は日本原子力研究開発機構に対し、原子炉等規制法に基づき、再発防止に向けた安全管理体制の再構築ができるまでもんじゅの無期限の運転禁止を命じられた。
さらに追い打ちをかけるように、今年の7月に非常用ディーゼル発電機のメンテナンス中にシリンダーヘッドを誤って落下させ、シリンダーヘッドに取り付けられた小型の弁(インジケータコック)と潤滑油配管が変形した。これは法令報告事例で、速やかに、規制庁に届けられた。
点検作業を行っていた業者の調達管理について、JAEA側は業者の現場作業に関する品質保証計画書を提出させていた。ところが規制庁側は、業者の全社的な品質保証計画を提出させていなかったこと、業者の選定に係る基準を定めている「競争参加者資格審査要領」が、「もんじゅ」の保安規定に基づく文書として管理されていなかったことなどにより、保安規定違反とした。「本事象はディーゼル発電機1 台の故障であるが、別の2 台のディーゼル発電機が動作可能であり、直ちに安全上の問題はない」と原子力規制庁の文書に明記されているが、再発防止策が重要なのは言うまでもない。
「大量の未点検」の実態は、品質保証の目視点検の記載不備の言葉尻を捉えた保安規定違反
さて原子力規制委・規制庁は、1万数千件におよぶ多数の未点検設備があり、これを保安規定違反として、JAEAを批判している。JAEAは規制委・規制庁の発足した2012年9月に、点検期間の変更を届出ておらず、ここからがボタンの掛け違いとなっている。
現在の検査制度では、保守点検のやり方を要領書として提出すると「保安規定」という法律に基づく規定になってしまい、これが実行できないと、保安規定違反という法令批判となって制裁の対象になるのが、現在の検査プログラムなのだ。これは明らかに、おかしい。
それまで軽水炉に要求していた保全プログラムの導入を、規制側(当時は保安院)がもんじゅにも適用することとした。JAEA側は保守しながら保全プログラム(特に点検計画)を改善しようとした。ところが、規制庁側は改善しながら直すということを許さなかった。保全計画を厳しく遵守することを求め、それができない場合は、保安規定違反とされたのだ。
とくに規制委の指摘する保安規定違反の根拠に問題があると感じたのは、配管支持構造物の点検である。もんじゅの中には、6万個もの支持構造物があり、すべてが外観検査の対象になっている。それらの外観点検のやり方が、保安規定違反にされている。
配管の外観点検は、「配管の周囲に保温材などが取り付けられた状態で、視認できる範囲を確認した」というやり方で実施した。このやり方に問題があるとされた。冷却材のナトリウムの配管は漏えい検出器で常時監視している。保温材にへこみなどがなければ健全であることを確認できると考えた点検だ。配管に見えないところがあるのは自明で、しかも保温材が設置されていて、配管を直接見ることができない。
JAEAはその点検を、巡視による点検程度の状態監視を行うことと考え、保温材の外から視認可能な範囲で目視点検を行うこととして実施した。ところが、規制庁は目視点検一式と書いてあるから、構造物の裏側までも全部を見ることを求め、やっていなければ保安規定違反だと判定された。この結果、未点検箇所が数千件などという数字が出てしまったのだ。電力会社の原発では、目視点検する対象を検査要領書で可能な範囲に限定している。
目視の点検だけで安全が確保されるわけではない。むしろ状態監視に必要な漏洩検知の電極や、ナトリウムの水分との反応生成物を検出するサンプリング配管の機能検査や、炉内中継装置に使われているゴムの劣化などが、より重要と思う。
規制の見直し、検証がもんじゅ対応でも必要
このような審査に必要な点検書類の厚さは、最終的に10万ページを超える。炉内機器を落下させないための点検保守や検査が重要なのだ。6万個の支持構造物の目視点検検査の書類を作らせることよりも、もっと安全上重要な検査を優先すべきである。規制庁の求めるこの膨大な書類検査によって、本質的な問題点をあぶり出す本来の保全プログラムの実行を阻害している。
旧態依然とした我が国の検査制度、書類ばかり作成される形式主義の品質保証(QMS)精度は、抜本的に見直すべきと思う。規制庁の検査プロセスのQMSが必要だ。米国原子力規制委員会(NRC)には、そこを監視する組織がある。しかし日本の規制委員会・規制庁には、それが無い。もんじゅでは、保安規定違反とされた報告書を第3者組織が、すべて精査すべきと思う。海外の専門機関に依頼してもよいだろう。
数千件の未点検箇所が国際的な規制の考え方で、本当に妥当で、安全上重要なものに関係しているのであろうか。国際原子力機関(IAEA)の規制レビューサービス(IRRS)を受けるとよいと思う。欧米の原子力規制では、日本のように意味があるとは思えない書類ではなく、365日に渡って緻密に実施されるITを使ったオンライン・メンテナンスが当たりまえのように実施されている。
そして規制委員会発足後、規制委員は、だれ1人、もんじゅの格納容器や補助建屋内の機器や配管を視察していない。それなのに「レッドカード」の判定を出している。日本の原子力研究が始まった1950年代から、高速炉の開発は期待されてきた。もんじゅは1996年に稼働し、これまで40年以上の時間と国費を投入されて開発されてきた。それを規制委員会の判断だけで、廃炉に追い込むことは、技術立国日本の根幹に係わることで、許されることではない。特に、田中俊一規制委員長が、個人で主導して、この我が国全体の原子力の専門家と行政や政府が一体となって、もんじゅや核燃料サイクルの未来をしっかり議論すべきである。
もんじゅの由来となった文殊菩薩は知恵を司る仏である。叡智を集めた「文殊の知恵」が今こそ必要とされている。
(2016年1月12日掲載)
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