原発は安全か-「想定外」への対応がない
原子力規制委員会による新規制基準の適合性審査に合格して、九州電力の川内原発が再稼動した。この審査のために原発ゼロ状態が続いていた。その状態から脱したが、エネルギー・原子力政策の混乱は続いている。さらに新規制基準に基づく再稼動で、原発の安全性が確実に高まったとは言えない。
安倍晋三首相などが繰り返す「原子力発電所の世界一厳しい安全基準」の内実はお寒い限りだ。規制で付け加えられた設備だらけになり、日本の原発は今、「ゴテゴテプラント」と呼ばれている。この対策費用は電力10社で約2兆5000億円。福島事故の後の法律に基づかない原発の停止で、15年3月までの追加燃料費は12・5兆円になった。この金額は発生するリスクに見合うものなのか、誰も検証していない。
そして原発は安全になっていない可能性がある。ある研究者は「稼働3年後に事故が起こるかもしれない」と警告した。新規制基準によって監視の必要な設備が増えた。しかし長期に渡りすべての管理などできないはずで、監視の緩くなった機器が壊れるかもしれない。そして「ゴテゴテプラント」が緊急時の対応を混乱させる可能性があるという。3年は組織内の緊張と、機材が新品であるために大丈夫だが、その後が心配だそうだ。一つのリスクを減らす行為が別のリスクを発生させる。また「想定外」は常に起こり得る。規制委の新規制基準には、こうした当たり前の発想がない。
さらに原子力規制庁の規制が煩雑で各電力会社の担当者にうんざり感が広がっている。規制担当者が上司の意向で右往左往し、電力会社に注文を付ける「責任逃れ」と「朝礼暮改」。科学的な根拠、法律上の根拠がなく、「地震の揺れを大きくする」とか「竜巻などありそうにない天災対策を行わせる」などの「非科学的審査」。10万枚の申請書類などの「形式主義」。今の原子力規制にはこんな特徴があるそうだ。
疲弊したある電力会社の幹部は「規制基準を明確に決めてほしい。言われた通りにするから」と言った。これは危険な考えだ。安全対策には終わりがないはずだ。改善を続けなければならないのに、規制を満たすことが発想の中心になっている。これは事故リスクを高めるだろう。(以上の原子力規制の問題点の詳細は、私のウェッジへの記事「川内原発遅すぎる再稼働 安全規制はここがおかしい」を参照いただきたい。)
リスクの分類「既知の知」「既知の未知」「未知の未知」
「リスク」の言葉の意味とは国語辞典大辞林(三省堂)によれば「損害を受ける可能性」という。訳語がなく英語をそのまま使っていることから、昔から日本人にはなじみがなかった考え方だ。
その想定では、論理上3つの分類がある。元米国防長官のドナルド・ラムズフェルド氏がテロとの戦い、イラク戦争をめぐる演説で繰り返し使って米国で定着した。
「Known Knowns(既知の知)」。つまり想定されるリスクのこと。
「Known Unknowns(既知の未知)」。想定は可能だが、十分に明らかになっていない、そして対応されていないリスクのこと。
「Unknown Unknowns (未知の未知)」。存在することも知られず、何が起こるか分からないリスクだ。米国でもリスクというのはなかなか語られることは、軍事やビジネス以外で少ないようで、この言葉は流行語の一つになり、ラムズフェルド氏は回顧録の名前を「Unknown Unknowns」にしている。
論理上「Unknown Knowns(未知の既知)」はあり得ない。またライブドアの元社長の堀江貴文氏がフジテレビ買収騒動で使った「想定外」には後者の2タイプがある。
「想定外」に対応できなかった福島原発事故
さて東京電力福島第一原発事故に当てはめてみよう。「Known Knowns(既知の知)」の対策は東電も、規制当局も事前に行った。それは地震だ。東日本大震災で、東北と北関東の原発はすべて停止し、地震で原発の主要設備は壊れなかった。
ところが「Known Unknowns(既知の未知)」の問題があった。福島事故の場合は津波対策だった。福島第1原発で、10メートル以下の津波を「想定」した堤防は、「想定外」の15-20メートルの巨大津波で壊れ、原発構内は水につかった。そして3系統ある非常用電源、そして予備発電機材を使った車両が水没、もしくは破損した。さらに外部電源も地震で送電線をつなぐ塔が倒れて使えなくなった。それで原子炉が過熱し、事故になった。
水素爆発も想定されていた。ところが、設備が稼働しないなどの問題が重なり、6つある原子炉のうち、稼働中の4基中3つでその爆発が起こってしまった。
「Unknown Unknowns (未知の未知)」もあった。3号機の水素が、配管の異常で4号機に流れ込んで水素爆発を引き起こし、使用済み核燃料プールが崩壊する懸念が発生してしまった。また事故が4原子炉でほぼ同時に発生。水素爆発、炉心溶融、2号機の格納容器損傷と複合することで、事故抑制対策ができなくなった。これらは事前にまったく想定されていなかった。
そして原子力規制委員会の活動の問題も整理すると見えてくる。彼らは津波、地震など予想の想定を引き上げる「Known Knowns(既知の知)」対策ばかりをやっている。それに追われる事業者は、規制に合わせることに手一杯だ。想定を深掘りする「Known Unknowns(既知の未知)」対策も、新しいリスクを探す「Unknown Unknowns (未知の未知)」対策も、なかなか行っていない。
失敗学で知られる工学者の畑中洋太郎東京大学名誉教授はその著書で「プラント事故は同じ場所では再び起きないことが多い。想定のないところで起きる」と指摘している。事業者が思考し、対策することをさせない原子力規制は、リスクを高めている面があるだろう。
「想定外」への対策がない規制
「想定外」への対策は難しい。問題ごとにも違うだろう。私も答えがあるわけではないが、考えるべき方向性は示せる。
ラムズフェルド氏とアメリカはテロとの戦いでの「Unknown Unknowns (未知の未知)」対策で、軍の予算と人員を増やし、「未知を減らす」という対策を行った。しかし戦いの決定打にはならず、膨大な米国の国防予算の増加を招いた。さらには中東の泥沼の戦争にアメリカが巻き込まれたことを考えると、効果も保証できなかった。この方向の解決策は問題が多そうだ。
原子力事故では、日本原子力学会は「シビアアクシデントマネジメント(SAM)標準(案)」で事象ごとに適切な安全余裕を持った「想定」を行う設計を前提とし、この「想定」を超える事を前提とした対策を取る事を要求している。つまり余裕が必要ということだ。災害対策で「レジリエンス(復元力)」、被災を前提とした上での「減災」という言葉が使われるようになったのも、余裕を持とうという発想だろう。(内閣府「2013年度防災白書」)
世界の原子力工学では「セーフティーカルチャー」という考えが提唱されている。日本では「安全文化」として訳されるが、英語の「Culture」は、日本の「文化」という単語よりも意味が広く「態度」「社会的規範」も含む。「安全には終わりがない。規制をクリアするのは最低限。自発的に事業者がより高い安全を目指し、たゆまぬ努力を続ける」。こうした態度をうながすことをいう。
口で言うのは簡単だが、常に組織の人々がこうした心構えを身につける仕組みをつくるのは、かなり難しいだろう。要は、原子力の安全の確保は、機械の側面だけではなく、ソフトパワー、つまり人間力の問題で左右される。
残念ながら、今の原子力をめぐっては、おかしな決まりを押しつける規制当局も、それに渋々従っている事業者にも、余裕やたゆまぬ努力といったソフトパワーの改善の取り組みがない。その意欲も感じられない。「想定外」対策がないのだ。そのために、私は今の原発の再稼動に安全性の面から懸念を持っている。
(2015年8月31日掲載)
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