女性が原子力を語ったら?-国際シンポから

2015年08月03日 13:00
原子力国民会議

「日本の将来を考える会」版

はじめに

2015年5月19日、政策研究大学院大学において、国際シンポジウムが開催された。パネリストは世界10カ国以上から集まった原子力プラント技術者や学識者、放射線医学者など、すべて女性だった。また聴衆においても300人程度のうち半数近くが女性で、学生、電力関係者、メーカーなど年齢や職業も多岐にわたっていた。

現在海外では原子力を維持・拡大していこうとする国々が多くある。一方、日本では福島第一原子力発電所の事故以降、原子力に対して否定的な意見が多く出されている。中でも子供を持つ母親、女性から懸念する声が多く聞こえてくる。 そこで今回のシンポジウムにおける主催者の意図は、専門的分野だけに留まらず、女性の立場から幅広い視点の下で率直な意見交換が行われることが目的とされた。

開催時間は9:00~17:30、4つのセッションで構成され、セッション1~3においては、パネリストによる約5分ずつのプレゼンテーションとディスカッションがとり行われた。セッション4は12名のパネリストによるディスカッションが行われた。

各セッションのテーマは次の通りである。
セッション1:「原子力はなぜ必要か」
セッション2:「原子力無しに気候変動への対応は可能か」
セッション3:「絶対安全はないとすると、何故原子力は安全といえるのか」
セッション4:「原子力への、国民、とくに女性の理解を得るために、何が必要か」

全体の中で特に印象に残った内容を二つ取り上げ報告する。

(1)放射線に対する誤解、原子力についてどれだけ安全と言えばいいのか

各国のパネリストから、人々が抱いている放射線に対する誤解の状況、それについてどのような形で説明をする必要があるか語られた。

フィンランド産業電力元事務所長のカイヤ・カイヌリン氏は、オープンで透明性のある説明が重要であるとし、フィンランドでは法律の整備によって、安全目標などが具体的に定められて、それを一般市民に十分に説明する仕組みが設けられているという。

イギリスの分子病理学教授で甲状腺がんの専門家であるジェリー・トーマス氏は、人々は放射線量に対する誤解を抱き、その危険性が過剰に語られがちである。その反面、医療や温泉などは受け入れるという矛盾がある。実際甲状腺がんが発症し、更にそれによる死亡率は約1%というデータがある。チェルノブイリの事故では当初1万6千人に甲状腺がんが発症するであろうと言われていた。福島原発の事故においても、多くの人がチェルノブイリの事故と重ね合わせ、その影響に対して恐怖を感じたことであろう。

しかし福島の事故での放射線量はチェルノブイリの比ではなく、甲状腺がんの発症患者もいない。むしろリスクを過剰に心配することにより、大きなストレスを感じた人の方が多いと言われている。正しくリスクを伝えることが重要であるが、専門家は一般の人々にとっては理解し難い専門用語を使いがちである。やさしい言葉で、“上から目線”で教えるのではなく“対話型”による説明に努めるべきであると語った。

ルイ・パストゥール医学研究センターの宇野賀津子氏は、福島での経験における、問題点を語った。

まず、福島の不幸は科学者内での意見が分かれたことである。多くの物理学者は少しでも放射線が発生しているのは人体に悪影響であると語った。一方、医学者は医療の現場で放射線を使用することもあり必ずしも危険なものではないと語った。人間の免疫力によって傷ついた細胞は修復される能力がある。このような意見の相違が一般の人々への不安を高め、また科学者への信頼失墜へとつながってしまった。

また福島事故を、広島、長崎の原爆と同様にとらえる風潮があった。それは日本が原子力に対する十分な教育を行ってこなかったことにも問題がある。

当初福島の人々は甲状腺がんのリスクを心配したが、医学者にとってはむしろ避難生活によるストレスによって成人病などが発症するリスクを心配した。しかしそれらはこれからのライフスタイルを変えることによって予防ができるのである。生活習慣、食事内容の改善などで心身ともに健康を得ることができる事を説明する必要があった。日本は災害弱者への対応が低く、実際に被爆による死者はいないが、避難生活での運動不足による高齢者の病死、ストレスによる病気などが多く見られた。不幸にも福島事故によって放射線が降ったことは事実であるが、これからのライフスタイル・チェンジによって、健康は取り戻せる事を十分に説明したことは、多くの人々に受け入れて貰えた。

(2)女性の理解を得るために必要なこと

セッション4では各国のパネリストから、原子力に対する一般市民の、特に一般市民の代表として女性の理解を得るために必要な手法について、各パネリストの経験も踏まえた様々な意見が語られた。

そこでなぜ、女性の理解を得る事が重要であるのか。それは女性特有の心理によるものではないだろうか。女性は結婚し家庭を持ち、子供や孫を育てていくなかで、自分個人だけではなく家族、子孫までもが平和で安全に暮らして行ける事を願う人が多い。その結果、世間の平和や安全に対してとても敏感な人が多いだろう。多くの女性の理解を原子力が得る為には、専門的な事柄だけではなく、女性の精神的な状況も理解し、それも視野に入れる必要があるのではないだろうか。

そのためには、特に次のような点に注意が必要であると、意見が出された。

①透明性を保ち、忍耐強く説明すること。
②公の場で、誰でも自由に参加できるような場で行う。
③説明する相手について、どのような情報を欲しがっているか十分に調査し、理解すること。
④専門家は知識や技術的な事を全て説明したがる。しかし聞く側にもキャパシティがある。情報は絞って説明することが大切。
⑤上からの目線で“教える”のではなく、“対話型”で話をする。
⑥相手に受け入れられやすいメッセンジャーを見つけ、そうした人を介してコミュニケーションをとる。

最後に

今回のシンポジウムに参加し、各国の専門家から、専門的な分野だけでなく、日常生活での経験に基づいた多くの意見も聞くことができた。

“理解活動”に必要なものは何であろうか。伝えたい事を分かりやすく忍耐強く伝える事は必要不可欠なのは間違いないが、それ以上に、地域に根付いた風潮、人間関係といった、メンタルな部分も十分把握する必要があるようだ。それは日本だけではなく世界各国でも求められている共通の課題であることを実感した。

例えばフランスアレバ社の経営会議役員のアンヌ・マリショオ氏の実体験に基づく話には興味深いものがあった。彼女の自宅近くに、たまたま原子力に対して反対的な考えを持つ家族が引越してきた。その家のご婦人から後に聞いたところ、最初は原子力が嫌い、だからそれに携わる仕事をしているマリショオ家も嫌いだったそうだ。だからそんな家族がどのような生活を営むのか観察(監視?)するうちに、一人の女性としてアンヌのことが好きになってきた、それと同時に原子力に対する否定的な考えが無くなった、と言っていたそうだ。

その逆に、「自分は○○さんの事が嫌い。だから○○さんが支持する原子力に私は反対する。」と言う人もいるであろう。原子力うんぬんとは別のところでの問題が障害となるケースも少なくないようだ。

そのような状況については、とうてい外部の者には理解し難いことである。しかし、“本題から外れた問題”に対しても、当事者の気持ちになり、当事者を理解し、視点を変え、忍耐強く向き合っていくことが必要なようである。

(2015年8月3日掲載)

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