温室効果ガス26%削減は不可能である

2015年05月25日 10:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

政府は2030年までに温室効果ガスを2013年比で26%削減するという目標を決め、安倍首相は6月のG7サミットでこれを発表する予定だが、およそ実現可能とは思われない。結果的には、排出権の購入で莫大な国民負担をもたらした京都議定書の失敗を繰り返すおそれが強い。

非現実的なエネルギー・ミックス

約束草案要綱をみると、エネルギー起源のCO2を2030年までに25%減らすことになっている。その前提として想定されるエネルギー・ミックスは、次のようなものだ。

・再生可能エネルギー:22%〜24%程度
・原子力:22〜20%程度
・石炭:26%程度
・LNG:27%程度
・石油:3%程度

これが実現できると、電力に由来するCO2の排出量は34%も減り、エネルギー全体で25%減らせるという。しかし問題は、これが実現可能かということだ。再生可能エネルギーは、震災前10年間の平均で電力の11%だが、そのうち9%は水力で、これはほとんど増えないと予想されているので、残りの13〜15%を太陽光などの新エネルギーでまかなうことになる。

これはやろうと思えば、できないことはない。固定価格買取制度(FIT)によって高価格を保証すれば、巨額の設備投資が行なわれるだろう。現に太陽光パネルの設置が激増したため、電力会社が新規の買取を中止したほどである。問題は、そのコストが電力利用者に転嫁されることだ。

杉山大志氏の計算によれば、太陽光でCO2を1%減らすには、約1兆円かかるという。つまり太陽光を増やすことは10兆円以上の国民負担になるということだ。

CO2を減らすもっとも効率的な手段は原子力である。2010年のエネルギー基本計画では、2030年までに電力の53%を原子力で発電する計画だった。これならエネルギーコストむしろ下がる可能性があり、温室効果ガスの削減で経済成長を阻害する心配はなかった。

しかし鳩山内閣で閣議決定されたこの計画を野田内閣がくつがえし、2012年に「革新的エネルギー・環境戦略」なるものを発表した。これは「2030年代までに原発をゼロにする」という実現不可能な目標を打ち出したが、内容が余りにも荒唐無稽なために閣議決定できなかった。

目標達成には原発を正常化するしかない

今の段階で原子力はゼロだが、それを2030年までに22〜20%にすることができるのだろうか。このためには30基程度の原発が稼働する必要があるが、原子力規制委員会の安全審査は大幅に遅れており、審査開始から3年近くたっても1基も動いていない。このペースでやると、あと15年で15基の審査を終えるのが精一杯だろう。つまり原子力の構成比は、10%ぐらいにしかならない。

この穴を埋めるのは、おそらく石炭火力だろう。上のエネルギー・ミックスに比べて石炭の構成比が30%以上に増えるおそれが強い。これによって再エネによるCO2削減効果は打ち消され、現状維持がやっとだろう。

それが京都議定書で起こったことである。この条約が2002年に国会で審議されたとき、私は経済産業研究所で「日本の1990年比6%減という目標の実現は不可能だ」と批判したが、国会は全会一致でこれを批准してしまった。

その結果、どうなっただろうか。次の図のように、2013年の温室効果ガス排出量は、1990年より10.8%も増えてしまったのだ。このため京都メカニズムで排出権を中国などから購入して、削減目標を達成した。

(図)日本の温室効果ガス排出量(出所:環境省)

この図で明らかなように、CO2の排出量は経済成長とパラレルである。2009年にはリーマン・ショックでマイナス成長になったため、排出量が減ったが、2011年以降は原発を止めたために大幅に増えた。2005年度比で3.8%は、原発を止めたことによる損失である。原発を正常化しない限り、26%削減などという目標は達成不可能である。

(2015年5月25日掲載)

This page as PDF

関連記事

  • 日本では福島第一原発事故の後で、世論調査では原子力発電所の再稼動や将来にわたる原子力発電利用についてネガティブな意見が多い。一方、世界に目を転じると、ドイツのように原子力の段階的廃止を明確に標榜した国は少数で、多くの国が将来のエネルギー安全保障やCO2対策などから、原子力開発を推進あるいは拡大する方向にある。
  • 毎日新聞
    7月14日記事。双葉町長・伊沢史朗さんと福島大准教授(社会福祉論)・丹波史紀さんが、少しずつはじまった帰還準備を解説している。話し合いを建前でなく、本格的に行う取り組みを行っているという。
  • 12月にドバイで開催されたCOP28はパリ協定発効後、最初のグローバル・ストックテイクが行われる「節目のCOP」であった。 グローバル・ストックテイクは、パリ協定の目標達成に向けた世界全体での実施状況をレビューし、目標達
  • 近代生物学の知見と矛盾するこの基準は、生物学的損傷は蓄積し、修正も保護もされず、どのような量、それが少量であっても放射線被曝は危険である、と仮定する。この考えは冷戦時代からの核による大虐殺の脅威という政治的緊急事態に対応したもので、懐柔政策の一つであって一般市民を安心させるための、科学的に論証可能ないかなる危険とも無関係なものである。国家の安全基準は国際委員会の勧告とその他の更なる審議に基づいている。これらの安全基準の有害な影響は、主にチェルノブイリと福島のいくつかの例で明らかである。
  • 世界でおきているESGファイナンスの変調 昨年のCOP26に向けて急速に拡大してきたESGファイナンスの流れに変調の兆しが見えてきている。 今年6月10日付のフォーブス誌は「化石燃料の復讐」と題する記事の中で、近年の欧米
  • 原田前環境相が議論のきっかけをつくった福島第一原発の「処理水」の問題は、小泉環境相が就任早々に福島県漁連に謝罪して混乱してきた。ここで問題を整理しておこう。放射性物質の処理の原則は、次の二つだ: ・環境に放出しないように
  • 技術革新はアメリカの経済力と発展に欠かせないものである。新しいアイデアと技術発展が本質的に我々の生活の質を決める。これらは、アメリカが世界の指導権を持ち続けること、継続的経済成長、そして新しい産業における雇用創出の促進の鍵である。
  • 第7次エネルギー基本計画の政府検討が始まった。 呆れたことに、グリーントランスフォーメーション(GX)の下にエネルギー基本計画を置いている。つまり脱炭素を安全保障と経済より優先する訳だ。そして、GXさえすれば安全保障と経

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑