東通原発「断層問題」、規制委員会の判定への疑問
原子力規制委員会は東北電力東通(ひがしどおり)原子力発電所(青森県)の敷地内の断層について「活動性が否定できない」とする有識者会合による評価書を3月25日に受理した。これに東北電力は異論を唱え、専門家も規制委の判断に疑問を示す。一般に知られていない問題を解説したい。
不明確な法的根拠
評価書案は12年9月に規制委が発足すると、活断層審査に奇妙な情熱を傾けた規制委員の島崎邦彦氏(現在は退任)の主導で有識者会合による全国の原発の地層調査を始めた。その取り組みは早すぎ、同年12月に有識者会合は東通原発の活断層の可能性に言及し、翌年2月には評価書案をまとめてしまった。あまりにも拙速であろう。そして、東北電力が再提出した意見をほとんど採用していない。
そして13年7月には原子炉をめぐる新規制基準を規制委員会はつくった。そこで「原子炉の重要施設が活断層の上にあってはならない」という規定を盛り込んだ。しかし既存施設の下に活断層があった場合の対応、その場合の規制の遡及適応について詳細に規定はない。
規制は有識者に判定を委ねた。有識者会合は各地の原発で穴を掘り、活断層の有無について電力会社と論争を続ける状況になっている。日本原電敦賀発電所は、施設の下に活断層があると判断が下され、原電は現在も反論を続けている。(参考記事「原子力規制委員会の活断層審査の混乱を批判する」)
東通原発では、次のような判定が、有識者会合の評価書で行われた。同原発の敷地を南北に走「F-3」、「F-9」と名付けられた断層を「将来活動する可能性のある断層等」に該当すると判定した。原子炉建屋や重要施設の下を通る「f-1」断層については「現状のデータから判断できない」として明確な評価を避けた(図表1参照)。
東北電力は2014年6月に東通原発の新規制基準の適合性審査を申請している。今後、活断層をめぐる議論はその審査で行われる。規制委の田中俊一委員長は、評価書を「重要な知見の一つとして参考にする」と述べた。しかし、その「重要」とはどの程度か、「参考」とはどのような形で行われるのか。あいまいなままだ。また敷地内の活断層について、それが存在した場合に、どのような対応をすべきかについて、規制委員会は明確に示していない。
東通原発は2005年12月に営業運転を開始した。東北電力は1996年に原子炉設置許可申請を行い、98年に国から許可が出ている。しかし、その過程で行われた地質審査は、今回の評価では参考にされていない。(図表2参照)
また一連の断層評価の法的な根拠もあいまいだ。有識者会合は原子力規制の法規上に規定がない「アドバイザー」にすぎない。その立場の人々による活断層の「ある」「ない」の判断で、追加の安全対策に膨大な費用と時間を費やしたり、場合によっては廃炉に追い込まれたりしてしまうことは、法律に根拠がなく、行政権の濫用(らんよう)と言えるだろう。
活断層との判断でも対立
そして「活断層がある」とした規制委の判断自体にも問題がありそうだ。「構造性のものか、そうでないのかを重視して議論を進めたい」。東北電力の担当者は、こう繰り返している。ここで言う「構造性」とは断層自体に活動性があるかどうかということだ。敷地内の地形、断層、地質構造などの全体的な検討を行うべきと、同社は主張している。
しかし有識者会合の専門家は、本質的な議論に多くの時間を割かなかった。逆に東北電力が第四系変状の成因とする「岩石劣化部の体積膨張」という主張に、研究者同士で地質学の学問的な関心を向けるなど、細部の議論を行って本質から外れる場面もあった。同社の意見に対応しないまま、時間と議論の拡散が生じてしまった。
(注・第四系とは約12−13万年前と比較的新しい段階に形成された地層。これより新しい段階での活動が否定できない断層を「活断層」とかなり広くとらえている。そのために、この時期の地層の検証が必要になる。)
東北電力は、東日本大震災の直後から東通原発の地質の再調査を進めていた。14年1月には、有識者会合で出された意見を踏まえた大規模な調査結果を規制委員会に提出した。その際に、地質や地震の国内の専門家から、東北電力の主張を支持する意見書も提出されている。しかし、こうした専門家は以前、国の審査にかかわったとして審査から排除されている。
こうした調査結果などを基に、今年1月に東北電力は「評価書案は合理的ではない」という趣旨の意見書を再提出した。しかし3月に規制委の受理した評価書では、同社の主張はほとんど、考慮されなかった。
東北電力は「当社に説明の機械がなく、十分な議論ができなかった」と、報告書の受理についてコメントした。東北電力は東通原発の建設段階からこれまでに70カ所のトレンチ(調査用の穴)をほり、延べ5万3000メートルのボーリング調査を行っている。電力会社は自社プラントである以上、一番東通原発のことをよく知っている。それが規制委に無視されたことを、筆者は残念に思うし、適切な原子力規制ではないと思う。
主張が分かれた4つの論点
断層をめぐる両者の論点はどこか。評価書では4つのポイントが示されている。双方の主張をまとめた。
【論点1】第四系変状の成因
敷地内では第四系の時期の地層に変化のある場所が多かった。これを地震などの地殻変動によるものとする有識者の意見について、見解が分かれた。
〇有識者会合の評価
「東北電力は第四系の変状の主な成因を粘土質の岩石の体積膨張としているが、これには十分なデータが示されておらず、説明できるものではない」(一部の断層については東北電力の意見を認める見解も併記されている)
〇東北電力の主張
「トレンチ壁面の観察から岩盤の劣化している部分に体積膨張が生じていることは明白である。それ以外の大規模な地殻変動によるものとするには矛盾点があり、体積膨張を成因とすることがもっとも合理的である」
〇専門家の見解
「体積膨張が生じ、第四系に変状が生じたことは、岩盤の中の断層の構造、岩石の密度と化学組成の分析によって支持される」(千木良雅弘京大教授)
【論点2】敷地南部でみられる地形の高まり
東通原発では敷地南部が盛り上がっている(図の右部分)。評価書はこれを断層活動によって形成された可能性があると主張した。
〇有識者会合の評価
「地形の高まりをもたらす断層等が地下に存在していることを否定できる十分な情報がなく、体積膨張で説明できない」
〇東北電力の主張
「地中レーダー探査結果から、多数のたわみはランダム(不規則)に発生し、これは断層と関連がないことを示している。また地形の高まりが存在する範囲で岩盤の劣化部が認められるために、体積膨張が影響している」
〇専門家の見解
「地中レーダー探査によるたわみの状況は、第四系の変状の方向がランダムに近い分布を示し、テクトニック(地殻変動)な成因でないことを支持している」(遠田晋次東北大学教授)
【論点3】敷地内断層で見られる横ずれ成分
敷地内を南北に走るF-3断層の上部にある断裂(地層の割れ目、裂け目)には左横ずれの部分があり、有識者会合はこれを地殻変動の可能性とした。
〇有識者会合の評価
「F-3断層の上部の小断裂には系統的な左横ずれ成分を示す。体積膨張による変位では説明が難しい」
〇東北電力の主張
「横ずれによる断層付近で岩石の回転がない。また縦ずれが怒った事を示す断層の上下変位がない。変位は岩盤の劣化と体積膨張で説明することが合理的」
〇専門家の見解
「ずれは断層に沿う岩盤がつきだしたもの。変位はF-3断層から幅5メートル程度で消滅しており、凝灰岩の膨張によるもの」(千木良雅弘京大教授)
【論点4】原子炉建屋付近の断層の活動性
原子炉建屋付近にあるf-1断層の上部の第四系の地層に小さな断裂があった。これについて、評価書では意見が分かれた。
〇有識者会合の評価
3つの見解を併記。
「トレンチ(調査用の穴)の壁面で確認されるf-1断層の上部の小断裂は、隆起に伴う変形構造の可能性が否定できない」
「隆起は起こりえない」
「小断裂の成因を検討する十分なデータが得られていない」(判断保留の意見)
〇東北電力の主張
「f-1断層の上部の第四系に段差がなく、体積膨張を想定したシミュレーション解析で小断裂を再現できている。一方で隆起では小断裂を再現できない」
〇専門家の見解
「この小断裂は地層近くにあるが、下位の地層に断層変位があり、中間の地層に変形を与えていない。これは地質学的には考えられず、下の断層と断裂は関係ない」(千木良雅弘京大教授)
何が問題なのか
一連の議論をまとめると、多くの問題がある。
第一に、議論のかみ合わない状況だ。4つの論点は、「可能性がある」と有識者が繰り返した。それに東北電力が応じても、議論がかみあっていないことがある。そして「データが示されていない」とする。確実な論証を求めれば、無限にデータが必要になってしまうだろう。
そして有識者・規制委側が「可能性」を指摘し、具体的根拠を示さない。一方で、その上で「100%、活断層ではないことの証明責任」を東北電力側に迫る。「可能性がゼロ」を証明することは難しい。論理学の世界で「悪魔の証明」、つまり存在しないことを証明することは大変困難とされるが、そのようなことを求めているようだ。そして有識者らは、国家権力を行使する。この議論は、立場に差があり、不公平と言えるだろう。
第二に、審査の調査法がまちまちであることだ。そして、この文章と議論の中身を読んだ人は「何の意味があるのか。永遠に結論は出ないのではないか」と、思うだろう。
筆者は、日本原電の敦賀原発の断層審査も取材した。そこでの議論は堆積物を抽出して、地層の年代を検証する手法だった。東北電の場合には地中レーダーと、規制委側の目視判断が議論されている。
手法が違うということは地震・活断層の将来予測に、客観的な基準がないことを示しているだろう。結論は議論の立て方次第でまったく変わる。活断層の存在の認定は、科学的正しさを見つけるのが難しいと筆者は理解している。専門家によって結論がまちまちであることはその証だ。
一連の活断層の議論で双方が納得することは難しい。そうならば、それを受け入れた上で、活断層の可能性がある場合の対応を考えるべきだ。これから原子炉を建設するべきには活断層の審査を行うべきだが、既存の原子炉の周囲の活断層審査の場合には、地震が起こった場合を想定し、原子炉を工事によって強化することを考える方が合理的だ。現行のように、「活断層の可能性があったらプラントは使えない」と判断するのは、乱暴すぎる規制だろう。
第三に、地質学の素人の筆者から見ても、有識者会合の専門家の見解が、雑に見える。そして「可能性がある」という表現を繰り返す。これは規制委員会が過度に安全側に立って判断している以上、「活断層である」という判断をもたらしかねない。判断が下せないなら、その旨を明確に述べるべきだ。
この東通原発を含め、原子力規制委員会の活断層審査は、混乱という状況を作り出している。問題のある対応で一基2000億円以上の原子力プラントが動かせない、そして場合によっては潰されてしまうかもしれない。これは原発の賛成、反対とは関係がない。「行政権の濫用」として、批判されるべき活動だ。
東北電力は今後行われる新規制基準への適合性審査の中で「総合的合理的に評価指定もらえるよう、調査データなどに基づき、説明を尽くしていく」と表明した。規制委には、それに応えて事業者との対話を深めて、双方に合意を得られる状況を作ることを求めたい。そしておかしな活断層審査の仕組みと行政活動を見直してほしい。
注・この原稿はエネルギーフォーラム5月号に筆者が寄稿した「東通原発「断層問題の真実」に加筆修正した。転載を許諾いただいた同社、関係者に感謝を申し上げる。
(2015年5月18日掲載)
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