「法律なき法の力」による日本原電への死刑宣告
原子力規制委員会は、日本原電敦賀2号機について「重要施設の直下に活断層がある」との「有識者調査」の最終評価書を受け取った。敦賀2号機については、これで運転再開の可能性はなくなり、廃炉が決まった。
しかしこの有識者会合なるものは単なるアドバイザーであり、この評価書には法的拘束力がない。活断層についての耐震設計指針は2013年にできたものだから、1982年に設置許可を受けた敦賀2号機には遡及適用できない。要するに、この評価書なるものには法的根拠がないのだ。
これは田中委員長も認めており、「審査の参考資料にする」とのべている。これを根拠として運転停止命令は出せないが、彼らが安全審査を先送りすれば、敦賀2号の「40年の寿命」は2027年には来るので、廃炉になる。つまり規制委員会は、原子炉等規制法にもとづく停止命令を下さないで、敦賀2号機に「死刑宣告」したのだ。
アガンベンが『例外状態』(書籍は未来社から)として指摘したのは、法治国家と称する国で拡大している、こういう事態である。カール・シュミットが「主権者は例外状態について決断する者だ」と定義したとき、彼が想定していた例外状態は戦争だったが、それ以外にも例外状態は遍在する。強制収容所(参考記事「ヒトラーを支持したドイツ国民」)でユダヤ人を600万人も虐殺したとき、それは何の立法もされない例外状態だった。
主権者(君主や独裁者)が官僚機構の日常的な業務についてすべて法的に決定することはできないのだから、実際の「法的な決定」の大部分は官僚の裁量によって行なわれる。この点をアガンベンは、デリダの『法の力』(書籍は法政大学出版局から)の読み替えで示した。
この原題の"force de loi"という言葉は、英語ではrule of lawと同じ意味だが、フランス語(や原義のラテン語)では「法的な力」という意味で、政令などの(立法によらない)国家の命令を意味する。つまりそれは実定法なき法的な強制力という意味で、<法律の力>とでも表記すべきものなのだ、とアガンベンはいう。
彼は『ホモ・サケル』(書評)(書籍は以文社から)で、こうした例外状態としての強制収容所がシュミットの主権理論の必然的な帰結だと批判したが、今やそういう例外状態は世界に遍在する。国連決議なしにイラクを攻撃する米軍から、政令さえなしに原発を廃炉にする原子力規制委員会に至るまで、<法律の力>はヒトラーの時代よりはるかに大きくなったが、人々はそれに気づかない。
このように「裁量行政による例外状態が拡大すると、警察国家の暴走が起こる」とシュミットに対して指摘したのは、ベンヤミンだった。シュミットの「政治神学」(書評)(書籍は未来社から)はそれに対する回答として書かれ、シュミットは「実定法は例外状態を含んで成立する」と主張したのだが、歴史はベンヤミンが正しいことを証明した。
主権国家のコアにあるのは、このような例外状態を広げて<法律の力>を浸透させ、それが自明だと国民に思わせる力である。それさえできれば、あとは国民が「自発的に」主権者の意向を忖度して国家に従う。その意味で現在の日本は、ナチス・ドイツより完成された主権国家ともいえよう。
(2015年4月6日掲載)

関連記事
-
こちらの記事で、日本政府が企業・自治体・国民を巻き込んだ「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」を展開しており、仮にこれがほとんどの企業に浸透した場合、企業が国民に執拗に「脱炭素」に向けた行動変容を促し、米国
-
引き続き、2024年6月に米下院司法委員会が公表した気候カルテルに関する調査報告書についてお届けします。 (前回:気候カルテルは司法委員会の調査から逃げ回る) 今回は日本企業(特にサステナビリティ部門の担当者)にとってと
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク、GEPRはサイトを更新しました。
-
原子力発電は「トイレの無いマンション」と言われている。核分裂で発生する放射性廃棄物の処分場所が決まっていないためだ。時間が経てば発生する放射線量が減衰するが、土壌と同じ放射線量まで減衰するには10万年という年月がかかる。
-
4月13日 ロイター。講演の中で橘川教授は「日本のエネルギー政策を決めているのは首相官邸で、次の選挙のことだけを考えている」と表明。その結果、長期的視点にたったエネルギー政策の行方について、深い議論が行われていないとの見解を示した。
-
福島原発事故以来、日本のエネルギー政策には世世論から批判を集めます。 確かに、事故の大失態は批判されるべきですが、過去の業績をすべて否定する必要はありません。GEPRの編集に関わる経済・環境ジャーナリストの石井孝明氏が、過去のエネルギー政策で評価する例を紹介します。
-
1.コロナ人工説への弾圧と変節 コロナウイルスが武漢研究所で人工的に作られ、それが流出したという説が俄かに有力になってきた。 かつては、コロナ人工説は「科学の否定」であり「陰謀論」だという意見がCNNなどのリベラル系が優
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間