COP21に向けてエネルギー政策の正常化を
今年11月にパリで開かれるCOP21(第21回国連気候変動枠組条約締結国会議)では、各国が気候変動についての対策とCO2の削減目標を出すことになっている。日本もそれに向けて、5月までにはエネルギーミックスを決めることになっているが、あいかわらず「原子力を何%にするか」という問題に論議が集中している。
1.最優先の問題は原発の運転の正常化である
経済同友会は、2030年に原子力比率を20%以上にするよう求める提言を発表し、この20%が攻防ラインになってきたようにみえる。しかし原子炉等規制法の「40年ルール」では、建設から40年たった原発は廃炉になる。新設は政治的に不可能なので、2030年に運転できる原発の総発電量は約2300億kWh、現在(28.6%)のほぼ半分である。これがすべて稼働しても14%程度だ。
さらに原子力規制委員会の安全審査が今のペースで続くと、動く原発はもっと少ない。川内原発(鹿児島県)の2基が今年夏にも動くといわれるが、審査申請から2年かかっている。2年で2基だから毎年1基と考えると、来年以降1基ずつ動くとすると、2030年には17基が動くことになる。これは現在の原発の総発電量の約1/3で、総発電量の10%以下だ。
つまり現在の安全審査のペースが続くと、2030年には原子力で電力の10%もまかなえないのだ。2030年にどんな目標を立てようと、原発が止まっているうちは日本のCO2排出量はその目標値を上回る。鳩山元首相が2009年に国際公約した「2020年までに1990年比で25%削減する」という目標どころか、2013年度のCO2排出量は前年度から1.6%増え、1990年より10.6%も多い。
20年以上も原発を止めて行なう原子力規制委員会の異常な安全審査が続く限り、どんな「エネルギーミックス」を計画しても絵に描いた餅である。議論の出発点として、原子力規制委員会の違法な行政指導をやめさせ、原発の運転を正常化する必要がある。
2.原発なしでCO2削減はできない
1997年、京都で開催されたCOP3で、温室効果ガスの削減を決めた京都議定書が締結され、日本の国会は満場一致でそれを批准した。しかし議定書が2005年に発効してからも温室効果ガスの削減は進まず、京都議定書は2012年で終了した。日本政府は2013年以降の議定書の延長には参加しない。「ポスト京都議定書」の体制は決まっておらず、実質的に地球温暖化対策は白紙に戻った。
鳩山氏の公約にもとづいて民主党政権は、原子力発電の比率を50%以上にするエネルギー基本計画を立てた。しかし福島第一原発事故のあと、政府は「2030年代までに原発ゼロにする」という方針を打ち出した。これは明らかに削減目標と矛盾する方針だが、民主党政権では誰もこれを是正しようとしなかった。
しかし安倍政権も政治的リスクを恐れてエネルギー政策は経産省に丸投げし、「安全性の確認された原発は再稼動する」という方針を繰り返してきた。しかし6月にドイツで開かれるサミットには、各国がCO2削減目標を持ち寄る。ここに安倍首相が手ぶらで行くわけにはいかないので、いよいよ決断を迫られるわけだ。
京都議定書の失敗でも明らかなように、不可能な理想を掲げても実現できない。大事なのは、各国の経済を悪化させない範囲で、気候変動のリスクを最適化することだ。このための方法としては、排出権取引より炭素税のほうが望ましい。たとえば炭素1トンあたり5000円の炭素税をかけると、石炭火力の発電単価はほぼ2倍になる。
現在の原発の発電単価は石炭火力とほぼ同じなので、事故の賠償保険などを発電単価に加えても、原発は化石燃料より圧倒的に安くなる。他の省エネや再エネなどのCO2削減策が成長率を低下させるのに対して、原発の発電単価は火力より低い。つまり原発は、温暖化を防ぐもっとも効率的な方法なのだ。
3.大気汚染にも配慮が必要だ
原発を止められたおかげで各電力会社は石炭火力を新設しているが、大気汚染のリスクは原子力より石炭火力のほうが大きい。WHO(世界保健機関)の調査によると、毎年世界で700万人が大気汚染で死亡しているが、その最大の汚染源が石炭だ。特に中国では、石炭による大気汚染で年間100万人が死亡しているともいわれる。
エネルギー政策は「原子力か否か」という神学論争になりがちだが、本質的には、いかに最小のコストで環境汚染を最小化するかという経済問題であり、それは価格メカニズムで行なうべきだ。再生可能エネルギーも火力や原子力と競争できるなら、固定価格買取制度などの補助金は廃止し、価格で競争すればよい。
どんな電源が効率的かは、こうした「炭素の価格」に依存する。炭素1トンあたり数万円の炭素税をかければ、原子力や再生可能エネルギーが有利になるが、それは(排出権でも炭素税でも)国民負担になる。気候変動だけでなく大気汚染なども含めた環境汚染をいくら減らすのかという目標を明確にし、その費用を明らかにした上で国民的な論議が必要である。
今までは多くの国民が原発事故でパニック状態だったので、「原発をゼロにするか否か」という問題が話題になったのもしょうがないが、原発と同様に、気候変動も多くの環境リスクの一つに過ぎない。それを個別に議論するのではなく、限られた政策資源をどう配分することが効率的か、という冷静な議論をそろそろしてはどうだろうか。
(2015年3月30日掲載)
関連記事
-
福島第一原子力発電所事故以来、国のエネルギー政策上の原子力の位置づけは大きく揺らいできた。政府・経産省は7月に2030年度の最適電源構成における原子力比率を20~22%とすることをようやく決定したが、核燃料サイクル問題については依然混迷状態が続いている。以下、この問題を原点に立ち返って考えて見る。
-
福島第一原発事故による放射線被害はなく、被災者は帰宅を始めている。史上最大級の地震に直撃された事故が大惨事にならなかったのは幸いだが、この結果を喜んでいない人々がいる。事故の直後に「何万人も死ぬ」とか「3000万人が避難しろ」などと騒いだマスコミだ。
-
学生たちが語り合う緊急シンポジウム「どうする日本!? 私たちの将来とエネルギー」(主催・日本エネルギー会議)が9月1日に東京工業大学(東京都目黒区)で開催された。学生たち10名が集い、立場の違いを超えて話し合った。柔らかな感性で未来を語り合う学生の姿から、社会でのエネルギーをめぐる合意形成のヒントを探る。
-
エネルギーをめぐるさまざまな意見が、福島原発事故の後で社会にあふれた。政治の場では、自民党が原子力の活用と漸減を訴える以外は、各政党は原則として脱原発を主張している。しかし、政党から離れて見ると、各議員のエネルギーをめぐる意見は、それぞれの政治観、世界観によってまちまちだ。
-
電気自動車(EV)には陰に陽に様々な補助金が付けられている。それを合計すると幾らになるか。米国で試算が公表されたので紹介しよう(論文、解説記事) 2021年に販売されたEVを10年使うと、その間に支給される実質的な補助金
-
ついに出始めました。ニュージーランド航空が2030年のCO2削減目標を撤回したそうです。 ニュージーランド航空、航空機納入の遅れを理由に2030年の炭素排出削減目標を撤回 大手航空会社として初めて気候変動対策を撤回したが
-
日本は「固定価格買取制度」によって太陽光発電等の再生可能エネルギーの大量導入をしてきた。 同制度では、割高な太陽光発電等を買い取るために、電気料金に「賦課金」を上乗せして徴収してきた(図1)。 この賦課金は年間2.4兆円
-
7月25日付けのGPERに池田信夫所長の「地球温暖化を止めることができるのか」という論考が掲載されたが、筆者も多くの点で同感である。 今年の夏は実に暑い。「この猛暑は地球温暖化が原因だ。温暖化対策は待ったなしだ」という論
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間