なぜ正確な放射能情報が伝わらないのか【言論アリーナ】
アゴラ研究所・GEPRはインターネット放送「言論アリーナ」を運営している。東日本大震災、そして福島第一原発事故から4年となる、3月11日に「なぜ正確な放射能情報が伝わらないのか-現地視察した専門家の提言」を放送した。
出演は札幌医科大学教授(放射線防護学)で理学博士の高田純氏、アゴラ研究所所長の池田信夫氏。司会はジャーナリストの石井孝明が務めた。
主なテーマは①福島の現状、②福島での放射線防護対策のどこがおかしいのか、③未来への提言、の3つ。高田氏の報告では、「福島の現在の放射線では健康被害は起こらない」という。それなのに「民主党政権で非科学的な政策決定が行われ、過剰な放射線防護対策が行われている」という状況だ。未来に向けて、科学的な知識の共有と政策への反映を図るべきという意見で、出席者は一致した。要旨は次の通り。
「非科学」が横行する原発事故の後始末
石井・高田先生は、世界の物理学者の中で核実験や原子力災害の跡地をおそらくもっとも回っている科学者です。この4年福島原発事故の後の政策を、どう総括しますか。
高田・一言でまとめれば、「科学に対する非科学」です。放射線防護学という科学から逸脱し、迷信が蔓延して、福島の復興を妨害する政策が行われています。出だしが問題でした。非科学の方向に暴走した中心が事故当時の首相であり、原子力災害対策本部長であった菅直人氏でした。
菅氏は福島第一原発に事故直後に乗り込んで現場を混乱させました。これが象徴的です。その後に彼は福島原発から20キロ圏内を強制疎開させました。そして、そこを立ち入り禁止区域として、科学者が自由に調査できない状況を作り出しました。初動時点で現場を情報のブラックボックスにしてしまいました。後から実情を分析すれば、その必要はなかったのです。
福島で健康被害はありえません。それなのに福島の人々は迷信、風評被害の被害を今も受け続けています。これは政策の失敗によるものです。
石井・厳しい批判ですが、私はこの意見に同意します。過去の核災害で、科学者は政策にかかわったのですか。
高田・はい。歴史を振り返ると、広島・長崎の原子爆弾の被害が、日本の科学者によって徹底的に調査されています。米国による占領が終わった昭和27年(1952年)に日本学術会議が「原子爆弾災害調査報告書」を、それまで進めた調査をまとめ、1600ページの報告書として公刊しています。これは大変質が高く、核爆発災害の世界最初の放射線防護学の基礎文献になっています。1999年の茨城県東海村のJOC臨界事故でも放射線防護、放射線医療の科学者が日本中で動員され、現地調査をして報告書が作成されています。ところが民主党政権では専門家による現地調査を妨げました。
池田・事故の直後は過剰に逃げる、また誤った情報が流布するということは、やむを得ないでしょう。しかし、それが今も続いているのは問題です。
福島原発事故で何が起こったか
石井・それでは確認してみましょう。
東日本大震災の原発事故関連以外で被害総額は約14兆円。原発の事故の対策費用は負担で11兆円になりました。この負担は事故を起こした東電が支払うことになっていますが、同社が事実上国営である以上、国民の税金です。その内訳は廃炉6兆円、賠償4兆円、除染1兆円などです。また政府が事故原発から20キロ圏内を除染するとしていますが、その現時点の実施費用は累計1兆円。いくらまで東電と政府の負担が増えるか不明です。これは「健康被害を避ける」という合理的な目的に限定すれば、もっと減ったでしょう。
そして20キロ圏内の住民16万人が避難しました。そのうち今も9万人の人が帰れません。さらに3年目までに災害関連死として福島で1691人の方が亡くなっています。これは避難先、移住先などでのストレスによるものでしょう。こうした金銭、住民の健康被害は、適切な政策が行われれば、抑制できたはずです。
過剰な放射線防護は、科学者の発言も影響しました。例えば小佐古敏荘東大教授は11年4月、小中学校の放射線防護基準を年20mSvにすることを政府が検討したことに抗議するとして辞任しました。その時の記者会見で泣いたため、騒ぎになりました。しかし「20mSvにしてはいけない」という科学的根拠はなく、なぜ泣いたのか理解できません。
高田・そもそも福島で、20mSvまでの線量のある場所はほとんどありません。小佐古さんは現地調査をしていないのでしょう。私は事故の翌月に、福島の20キロ圏内に入りました。(図表1)2日間、福島第一原発に接近して、線量は0.1mSv。事故直後に緊急避難した20キロ圏内の住民の線量を、この値から推計すると、5mSvです。チェルノブイリの周辺住民の線量は1日100mSvです。浪江町からの避難者と飯舘村の住民の甲状腺線量を測定すると、その値はチェルノブイリの1000分の1でした。
事故直後に政府は住民の線量調査を徹底的に行うべきでした。放射線防護の専門家が政府内にいたら、すぐにそう進言したでしょう。ところが福島県民の甲状腺線量測定は、放射線医学総合研究所、弘前大、長崎大、札幌医大による、わずか1200例ぐらいしかないのです。
ただし今、疫学調査が福島県内外で行われています。それによって予想通り、原発事故に由来する甲状腺疾患の発生率に県の内外で差は見つかっていません。内外の専門家は、福島での原発事故の影響による健康被害はないと一致しています。
人間は放射線にある程度耐えられる
石井・放射線の被曝量の増加で、健康被害は起こりますね。
高田・それは線量によります。資料(図表2)で示しますが、0.1Sv以上の高線量と、それ以下の低線量では状況が違います。チェルノブイリでは4Sv以上の被曝をした運転員の方が亡くなりました。レベルAです。福島第一原発では、東電など緊急作業員の線量はレベルC以下で、死亡者ゼロ人ばかりか、急性放射線障害もゼロ人です。さらに福島県民はレベルD以下と低線量です。
池田・昨秋、厚生労働省がビキニ環礁で行われた1954年の水爆実験で被曝した第五福竜丸事故の資料を出しましたね。
高田・以前からあったものの再公開です。私は水爆実験のあったマーシャル諸島の調査に2回行っています。第五福竜丸の乗組員が1名、被曝直後に亡くなりました。しかしそれは放射線の影響というよりも、当時行われた売血によって輸血により感染した肝炎で亡くなりました。その事実は知られていません。
放射性物質が降った海域に第五福竜丸は数時間いました。そして救出まで51時間、核の灰が降り注いだロンゲラップ環礁に住民が64人いました。島民の線量評価値は1.8Svです。日本の船員の正確な線量評価は困難ですが、1Sv以下でしょう。いずれにせよ、この線量はレベルB以下で、急性死亡にならない線量でした。実際、輸血治療をしなかった島民たちに急性死亡はいません。
石井・高田先生は、福島県浪江町の畜産業の支援、また現地調査をしています。現状はどうでしょうか。
高田・私は2012年2月から、浪江町の和牛の畜産支援をしています。私は生きたまま体内セシウム放射能を測定する方法を開発しました。当初、キログラムあたり5000ベクレル以上ありましたが、その後、放射能は低下し、2014年には100ベクレル以下と現行の食品安全基準を満たす牛もでてきました。牧草地を除染することで、畜産業は復活することができます。民主党政権は、避難指示の後で、多数の牛を殺処分しまいました。その必要はまったくなかったのです。
浪江町では、除染がまだ行われておらず、住民の帰還も進んでいません。また政府は年間線量50mSv以上のところを帰還困難区域として住民を帰しません。ところが私の計測では、事故直後から急速に放射線量は低下しており、現在10mSv以下のところが大半です。
政府の20km圏内の線量評価は誤りです。私は、現地に2泊3日滞在するなどした個人線量計測ですが、事故対策本部は屋外の空間線量からの推計にすぎません。空間線量からは通常3倍以上の過大評価になります。また放射能が大幅に減衰しているのに、過去のデータで固定化したため、政府の判断ミスにつながっています。
私は今年3月8日に福島第一原発の脇を南北に走る国道6号線を、車で走行して線量を計測しました。結果は0.37μSv(マイクロシーベルト、ミリの1000分の1)でした。私はその2日前の6日に札幌の千歳空港から羽田空港まで空路で移動しましたが、線量は0.76μSvでした。そのおよそ半分と小さいのです。
石井・原発事故対策では、汚染水ばかりが取り上げられています。危険なのでしょうか。
高田・福島原発の汚染水の調査を私はしていません。しかし13年末時点の東電の公開データでは、原発前の湾の内外の最大値で、すべての核種でIAEAの推奨基準以下です。今、汚染水をため込むということを東電はしています。これは無意味なことで、核物質を除去した水から、海に放出するのは当然でしょう。(図表3)
科学を政策に反映させることが必要
石井・高田先生の話をうかがうと、バイアスのかかった危険とする誤った情報が、メディアを通じて流れ、政策をゆがめているように思えます。これをどう是正するべきでしょうか。
高田・福島県民がまた普通の人が放射線の知識を持っていなかったというのは責められません。今まで教えられなかったのですから。
ですから放射線の正しい知識を普及させることが必要です。その上で、政治も科学の知見を取り入れて、政策を決めてほしいです。特に今は希望した福島浜通りの住民の方が、故郷に帰れない状況になっています。
私も啓発活動を進めます。3月24日に「第一回放射線の正しい知識を普及する研究会 SAMRAI2014」を衆議院第一議員会館で、国会議員を交えて行います。そこでは、「福島20km圏内の速やかな復興」「正しい放射線の知識の教育」を訴える予定です。(同会ホームページ) (上記高田氏HPに提言を会議後掲載予定)
現在、医学において核放射線を利用する技術は進歩し、それなしに現代医学は成り立ちません。また、放射線による健康増進の研究も進んでいます。地球上の生命は放射線の下で誕生し、進化をしてきました。人の生活も適度であれば、まったく恐れる必要はありません。今の福島の超低線量率で、健康を心配する必要はまったくありません。
池田・今は科学が参考にされず、政策が恐怖感、そして空気で決まっています。デマもいまだに流れています。それなのに、関係者が自粛し、何も言わない状況が続いています。汚染水とか、無意味な除染はその典型です。冷静に議論を進めるべきではないでしょうか。
【ニコニコ生放送では同時視聴者は約2000人。最後のアンケートで、「1mSvの除染を続けるべきか」という質問に、「思う11.4%」「思わない88.6%」の結果が出た。母集団は不明だが、世論が冷静になりつつあることを示しているのだろう。】
(上記データは「福島 嘘と真実」、「放射線ゼロの危険」、「人は放射線なしに生きられない」医療科学社などの高田氏の著書に掲載されている。アマゾン著者ページ)
(編集・石井孝明)
(2015年3月16日掲載)
関連記事
-
言論アリーナ「風評被害はどうすればなくなるのか」を公開しました。 ほかの番組はこちらから。 福島第一原発事故から7年たちますが、いまだに構内に貯水された100万トンの水が処理できません。 「風評被害」が理由です。こう
-
小泉純一郎元首相は、使用済核燃料の最終処分地が見つからないことを根拠にして、脱原発の主張を繰り返している。そのことから、かねてからの問題であった最終処分地の選定が大きく問題になっている。これまで、経産大臣認可機関のNUMO(原子力発電環境整備機構)が中心になって自治体への情報提供と、立地の検討を行っているが、一向に進んでいない。
-
12月8日(土)~15日(土)、経団連21世紀政策研究所研究主幹として、ポーランドのカトヴィツエで開催されたCOP24に参加してきた。今回のCOP24の最大の課題はパリ協定の詳細ルールに合意することにあった。厳しい交渉を
-
東日本大震災と原発事故災害に伴う放射能汚染の問題は、真に国際的な問題の一つである。各国政府や国際機関に放射線をめぐる規制措置を勧告する民間団体である国際放射線防護委員会(ICRP)は、今回の原発事故の推移に重大な関心を持って見守り、時機を見て必要な勧告を行ってきた。本稿ではこの間の経緯を振り返りつつ、特に2012年2月25-26日に福島県伊達市で行われた第2回ICRPダイアログセミナーの概要と結論・勧告の方向性について紹介したい。
-
7月14日記事。双葉町長・伊沢史朗さんと福島大准教授(社会福祉論)・丹波史紀さんが、少しずつはじまった帰還準備を解説している。話し合いを建前でなく、本格的に行う取り組みを行っているという。
-
昨年11月、チェルノブイリ原発とウクライナ政変を視察するツアーに参加した。印象に残ったことがある。1986年の原発事故を経験したのにもかかわらず、ウクライナの人々が原発を容認していたことだ。
-
今年5月9-13日、4年に一度開催される放射線防護学の国際会議IRPA(国際放射線防護学会:International Radiation Protection Association)が南アフリカ共和国で開催された。IRPA14ケープタウン会議である。私は福島軽水炉事象の20km圏内の低線量の現実を報告するために、片道30時間をかけて現地へ向かった。福島は国際核事象尺度INESでレベル6であると評価引き下げを提案した私の報告は議長をはじめ参加した専門家たちの賛同を得た。
-
低レベルあるいは中レベルの放射線量、および線量率に害はない。しかし、福島で起こったような事故を誤解することによる市民の健康への影響は、個人にとって、社会そして経済全体にとって危険なものである。放出された放射能によって健康被害がつきつけられるという認識は、過度に慎重な国際的「安全」基準によって強調されてきた。結果的に安心がなくなり、恐怖が広がったことは、人間生活における放射線の物理的影響とは関係がない。最近の国会事故調査委員会(以下事故調)の報告書に述べられている見解に反することだが、これは単に同調査委員会の示した「日本独自の問題」というものではなく、重要な国際的問題であるのだ。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間