「東日本大震災が教えるもの」畑村洋太郎氏講演要旨【アゴラ・シンポ関連】
アゴラ研究所、またその運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクであるGEPR(グローバルエナジー・ポリシー・リサーチ)は9月27日、静岡市内でシンポジウムを開催した。
そこでの畑村洋太郎氏の基調講演「東日本大震災が教えるもの」の要旨を伝える。
畑村氏は、東京大学名誉教授であり、「失敗学」の提唱者としても知られる。政府福島原子力発電所事故調査・検証委員会では委員長として報告をまとめた。災害対策でも、さまざまな提言を行っている。
映像「第1セッション 畑村洋太郎氏基調講演「東日本大震災が教えるもの」討議「東海地震のリスクをどう考えるか」 ~東海地震は本当に起こるのか、震災の経験を含め、その対策を考える~」の最初から40分をまとめた。
また残りの部分は近日報告する。
【内容】
1・はじめに—経験を次の災害に活かすには
きょうは「想定」「全体像」「共有」「平時と有事」「目を覚ませ」という話をします。
多くの人は現象を見て、ああでもない、こうでもないと話します。しかし必要なのは、現象から学び、未来に活かすことです。そうしなければ個々の事実を知っていることは、「知らないよりまし」という意味しかありません。
本当に役立つ学びとは何でしょうか。具体的事例からシナリオを取り出して、そのシナリオを抽象化することです。その抽象化した知恵に、必要な状況に付加して具象化します。そうすると、何をすべきかが見えます。知識が活かされるのです。
東日本大震災、福島原発事故から学ぶには、「何が起こったか」をたくさん知っても、無意味です。事前にどのように災害を想定していたか、準備はどうだったか、対応で成功したこと、足りなかったことを考えるべきです。
こういうことを主張する人が、残念ながら日本にはほとんどいません。根本的に考え方を変え、次の準備に活かさなければなりません。この講演の目的は、皆さんの参考として、災害に向き合う際の考え方を伝えることです。私は、震災以前から津波、また原子力防災を調べ、関係者と話し合ってきました。多くの事前に指摘した問題が、現実になったことを残念に思うのです。
2・「あり得ないと思うことが起こる」—「想定」の際に考えるべきこと
まず「想定」を考えてみましょう。東日本大震災では津波や福島第1原発の事故で「想定外だった」と関係者が言いました。そこには「想定を超えていたから私のせいじゃない」というニュアンスが含まれていました。それに多くの人が怒ったわけです。
想定とは、事前の予測、そしてその対策も含む言葉です。ところが、想定することは、難しい点があります。特に災害では、次のことが起こります。
「あり得ることは起こる」
「あり得ないと思うことが起こる」
「思いつきもしないことさえ起こる」
これらがあることを認めなければなりません。ところが震災や原発事故では、認めませんでした。「原発は安全だ」とか「堤防があるから大丈夫」といった思い込みを、想定としていました。
原子力事故では、関係者のヒアリングで「発生確率が低いということは起こらないことにしていました」という言い訳がありました。これは論理矛盾です。「確率が低い」とは、起こることを前提にしているわけですから。
頻繁に起こることは、関心を集めます。ところがめったに起こらないことを人は考えません。自分たちがあるところにいると、それ以上のことが考えられなくなる。どんなに考えても気づかない領域が残り、災害の時にはそれが大きな影響を与えてしまいます。
3・災害対策で考えるべき「防災」と「減災」
それではどのように、災害対策を行えば良いのでしょうか。事故が起こらないようにする「防災」は必要です。それに加え、災害や事故が起こってしまうことを前提にして、その損害を減らす「減災」という考え、準備が必要なのです。
日本は、「事故は起こるもの」という考えを否定し、「減災」を拒絶します。例えば、静岡で中部電力が浜岡原発を運営しています。同社はオフィシャルに認めていませんが、「想定外のことが起こる」ということを前提に、対策を考えています。これはとても良いことです。しかし、それをやると明確に公表していません。「原発事故はあり得る」と言うと、批判されてしまうからでしょう。
人間は見たくないものは見ないし、そしてみたいものだけを見てしまいます。こういう思考の癖が誰にでもあることを知った上で、減災を考えるべきです。
4・全体像の把握が必要
減災の対策を考える中で必要なのが、「全体像」をとらえることです。
日本では、仕事を細分化して、それぞれの人が、持ち場できちんやっていればうまくいくと考えています。しかし、それがうまくいくとは限りません。
福島原発事故を考えてみましょう。事故前、事故後、「全体像」をとらえる人が一人もいませんでした。この事故は、発電所内で起こったことより、放射性プルームや雨で、放射性物質が拡散したということの影響の方が大きかったのです。
視聴者の方が、ほとんど知らないことを指摘しましょう。今現時点で16万人の方が、避難を続けています。ところが災害関連死という形で、現在亡くなっています。とても悲しいことです。今年3月まで福島県で1700人。しかも1年目1日1人、2年目1.5人、それ以降約2人とペースが増えています。
放射線の健康リスクは、現時点でとても小さいものです。それよりも持続的にストレスを受け続ける方が、健康によくありません。避難でストレスが発生し、それが死者の増加に影響しているのでしょう。避難によって、事前に想定しなかった悪影響が出ているのです。放射線リスクばかりを考え、全体を考えなかったことの悪影響の一つです。
英国では政府主席科学顧問官(the UK Government Chief Scientific Adviser)という制度があります。見識がある人1人が責任を持って、科学的判断、全体像を把握する取り組みを行います。狂牛病騒動で大混乱が起こった反省からつくられた制度です。
福島原発事故の際に、英国の制度は機能しました。顧問のジョン・ベディントン卿が、事故直後に、現在の放射線量では、避難の必要はないと判断して、在日本の英国人に伝達しました。英国人はパニックを起こしませんでした。全体像をとらえ、判断する人が行政にいれば、合理的な政策が行えるのです。
全体像を把握しない今の状況が日本で続けば、次に起こる災害、静岡の場合の東南海地震では、同じ失敗を繰り返しかねないでしょう。
5・「共有」の大切さ、「平時と有事」の違い
次に必要なのが共有です。
災害対策では、関わる人すべてが、価値、全体像、情報、知識、使命(意識や役割)、意図、目的を共有しなければなりません。ここで一番大切なのは価値です。価値の共有とは、「組織にとって一番大切なことは何か。そして、それに基づいて、社会が自分に何を求めているかを問うこと」でしょう。東日本大震災では、残念ながら、そういう国の機関は少なかったのです。
次に必要なのは平時と有事の違いを認識することです。
東日本大震災では、適切に動いた政府組織もありました。自衛隊、国土交通省の東北地方整備局です。いずれも人命救助という価値が徹底し、災害に対応する訓練を重ねていたからです。整備局が行ったことは、まず道路を開通すること。普段から「啓開」の準備をしていたために、だいたい2日で被災地の国道は通行が可能になりました。
こうした機関は、有事対応の準備を平時からしています。そして有事のときには平時の時のやり方をやってはいけないということを、十分理解しています。
6・まとめ−目を覚ませ
私が言ったことと、現実を比べると、さまざまな災害対策には問題があると、見えてくるでしょう。
私は特に、災害に備えるには5つの重要な論点があると思います。
①エネルギーの確保 ②食料の確保、③行政の準備、④法律に心を持たせよ、⑤平時と有事は違う。これらの5点です。
エネルギーと食料は、生存の基本です。そして行政は事前に、「備える」「調べる」という準備だけではなく、「伝える」ということまでやってほしいです。また法律を型通り行うことは、有事の場合には多くの問題が出てしまいます。法律はある価値を実現するためにあります。有事の場合には平時と違う運用をすることが必要でしょう。
そして皆さんの生活や組織の行動に落とすと、次のことが必要になります。
次の地震や天災では何がどのように起こるかを想定してください。そして3つの対策をしましょう。
①備える: 計画、防災策、訓練、減災策
②人を作る: 真のリーダーの育成
③文化を作る: 国民の意識
正しい知識を持つ
危険と正しく向き合う
安全を人任せにしない
備え、人、文化の育成が重なり合って行われることが必要です。
自然災害においては、災害の進行は速く、予め備えていたことしかできないものです。事前に防災対策・減災対策では、災害が進行している段階、災害の後のことも考えることが必要です。
災害の進行中には避難計画の「策定・周知・試行」、その後で次に進むために必要な、復興計画が必要です。土地利用計画などです。さらに生活継続に必要なことも配慮しなければなりません。逃げた後に生活に困ったという話は、たくさんありました。
東海地震は必ず来ます。40年前から来るといわれているのに、来ていません。しかし慣れは危険です。リスクを直視し、起こった時に「想定外」と言うことのないようにしましょう。今から準備をすることが必要です。「目を覚ませ」と呼びかけ、話を終わります。
(編集 石井孝明 ジャーナリスト・アゴラ研究所フェロー)
(2014年10月6日掲載)
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