「第3のエネルギー危機」が始まる
世界のマーケットでは、こういう情報が飛び交っているようだ。ロイター(−7.1%)や日経(−8%)も含めて、日本の4~6月期の実質GDPはリーマンショック以来の落ち込みというのがコンセンサスだろう。これは単なる駆け込み需要の反動ではなく、本来はもっと早く来るはずだった供給ショックがアベノミクスの偽薬効果で先送りされた結果である。その意味で、これは1970年代の2度の石油危機に続く第3のエネルギー危機とも呼べる。
リーマンと同じく、激しい落ち込みは半年ぐらいで回復すると思われるが、長期的な影響は今回のほうが大きいだろう。第1に、今回は日銀の異次元緩和で大量の過剰流動性があり、その規模は70年代よりはるかに大きい。これが大インフレをもたらすおそれがある。
1973年の「狂乱物価」の主犯はOPECではなく日銀だった。図のように、第4次中東戦争の起こる1973年10月の前から10%を超えるインフレになっており、OPECはパニックの原因になっただけだ。日銀がマネタリーベースを40%以上も増やしたのは、田中内閣の「日本列島改造」と、1971年の「ニクソン・ショック」後の円高を抑えるための調整インフレだった。「インフレのためのインフレ」という意味では異次元緩和と似ている。
おまけに今は国債が大量に発行されているので、インフレが起こると金利上昇で金融機関の経営が破綻する。日銀が巨額の評価損を抱えて債務超過に陥ると、金融危機がコントロールできなくなる。
第2に、リーマンが単純な外需の落ち込みだったのに対して、今回は交易条件の悪化という長期的な条件がある。次の図は70年代以降の交易条件(輸出物価/輸入物価)の推移だが、2000年代以降、ほぼ半減している。これは70年代に匹敵する規模だ。今回のようなショックは、いつ来てもおかしくなかったのである。
70年代の第1の教訓は、記事でも書いたように、需要を追加してはいけないということだ。今回は供給ショックなので、追加緩和や補正予算で需要を無理に増やすと、充満した金余りのガソリンに火をつける。
第2の教訓は、供給のボトルネックを解消することだ。2000年代以降の交易条件の悪化の背景には、エネルギーだけではなく食糧など一次産品の価格上昇がある。この最大の原因は新興国の総需要の拡大である。まずエネルギーの安定供給をはかることが重要だ。
もう一つの(70年代とは違う)条件は、国際競争力の低下である。70年代に輸入物価は大きく上がったが、石油危機で日本の自動車が売れ、輸出物価は上がった。これが交易条件の悪化を防いだ面があるが、今回は輸出が増えない。特に電機製品の輸出物価指数が大きく悪化し、ここ10年で半減した。
こうした動きは自然現象ではなく、1990年代以降の新興国のグローバル化の必然的な結果である。彼らが「世界の工場」になって日本の製造業の雇用を奪う一方で、彼らの需要が世界の一次産品の価格を上昇させる。この流れは、21世紀中は止まらないだろう。
安倍首相の役割は終わった。彼が日本経済の過剰な悲観論を是正したのはよかったが、その実態は何も改善されず、問題は先送りされただけだ。本質的な改革は短期的なアベノミクスの視野をはるかに超え、無内容な「成長戦略」ではどうにもならない。もっと長期的な経済問題に取り組む新しい指導者が必要だ。
(2014年8月4日掲載)
関連記事
-
いろいろ話題を呼んでいるGX実行会議の事務局資料は、今までのエネ庁資料とは違って、政府の戦略が明確に書かれている。 新増設の鍵は「次世代革新炉」 その目玉は、岸田首相が「検討を指示」した原発の新増設である。「新増設」とい
-
ウクライナ戦争以前から始まっていた世界的な脱炭素の流れで原油高になっているのに、CO2排出量の2030年46%削減を掲げている政府が補助金を出して価格抑制に走るというのは理解に苦しみます。 ガソリン価格、172円維持 岸
-
田中 雄三 国際エネルギー機関(IEA)が公表した、世界のCO2排出量を実質ゼロとするIEAロードマップ(以下IEA-NZEと略)は高い関心を集めています。しかし、必要なのは世界のロードマップではなく、日本のロードマップ
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 5月26日、参議院本会議で「2050年までの脱炭素社会の実現」を明記した改正地球温暖化対策推進法(以下「脱炭素社会法」と略記)が、全会一致で可決、成立した。全会一致と言うことは
-
河野太郎衆議院議員(自民党)は電力業界と原子力・エネルギー政策への激しい批判を繰り返す。そして国民的な人気を集める議員だ。その意見に関係者には反論もあるだろう。しかし過激な主張の裏には、「筋を通せ」という、ある程度の正当
-
国際環境経済研究所主席研究員 中島 みき 4月22日の気候変動サミットにおいて、菅総理は、2050年カーボンニュートラルと整合的で野心的な目標として、2030年度の温室効果ガスを2013年度比で46%削減、さらには50%
-
洋上風力発電事業を巡る汚職事件で、受託収賄容疑で衆院議員、秋本真利容疑者が逮捕された。捜査がどこまで及ぶのか、今後の展開が気になるところである。各電源の発電コストについて、いま一度確認しておきたい。 2021年8月経済産
-
政府は2030年までに温室効果ガスを2013年比で26%削減するという目標を決め、安倍首相は6月のG7サミットでこれを発表する予定だが、およそ実現可能とは思われない。結果的には、排出権の購入で莫大な国民負担をもたらした京都議定書の失敗を繰り返すおそれが強い。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間