エネルギー需要は2100年に倍増へ=世界的・長期的視野の検討
(エネルギーレビュー誌2014年3月号に掲載)
はじめに
産業革命以降の産業・経済の急速な発展とともに、18世紀初めには約6億人だった世界の人口は、現在72億人まで増加している。この間の化石燃料を中心としたエネルギーの大量消費は、人類に生活の利便さ、快適さ、ゆとりをもたらしたが、同時に、大気汚染、温暖化等の地球規模での環境問題を引き起こし、今やまさに全世界で取り組むべき大きな問題となっている。
世界の人口は、今世紀後半にも100億人を超すとみられ、これにともない、水、食糧と共にエネルギー需要は大幅に増加し、資源問題、環境問題がますます厳しくなることは避けられない状況である。
本小論は、試算に基づき、このような世界的・長期的なエネルギー問題について、いくつかの課題を提起するものである。
1・今世紀末のエネルギー事情
国連は世界人口推計(2012年改訂版)[1]において、現在72億人の世界の人口は、2050年には96億人、2100年には109億人に達するとの予測を公表している。特に開発途上国(非OECD諸国)の人口増加が著しく、アフリカでは、現在世界の約15%(11億人)の人口が2100年には約40%(42億人)に達すると予測されている(図-1)。
人類が幸福で快適な生活を営み、持続可能な社会を構築していくためには、水、食料と共にエネルギーが必要不可欠である。国際エネルギー機関(IEA)の世界エネルギー展望2013年報告(WEO2013)[2]によれば、現在世界人口の18%を占める先進国(OECD諸国)の人々が一次エネルギーの42%を消費しており、開発途上国の人々と比べて一人あたり3.3倍のエネルギーを消費しているとされている(図-2)[3][4]。
先進国におけるエネルギー需要の伸びは、節電や省エネ、エネルギー効率の向上等の努力により抑えることが可能と思われるが、今後、開発途上国では、先進国並みの生活レベルへの向上を目指して一人当たりのエネルギー消費量が増えることは必至であろう。
ここで、WEO2013(2011年データ)と国連の世界人口推計をもとに、以下のような大胆な仮定をして2100年のエネルギー需要を予測してみた。
・先進国の一人あたりの一次エネルギー消費量は、今後も現在と変わらない(増加しない)。
・開発途上国の一人あたりのエネルギー消費量は、現在(2011年)の値から増加し、2100年時点で先進国平均の半分になる(注1)。
これらの仮定の下での試算結果を以下に示す(図-3)。
・2100年の世界全体の一次エネルギー消費量は、現在に比べて倍増する。
特にアフリカでは、一次エネルギー消費量が現在の世界全体の5%から33
%にまで大幅に増加する。さらにインド、中国を加えると、世界のほぼ半分を占めることになる。
・一方、先進国の一次エネルギー消費量は、現在の世界全体の42%から23%に低下する。
すでに近年、開発途上国を巻き込んでエネルギー資源獲得競争が激化し、その結果、エネルギー価格が高騰している。かつての二度のオイルショック(1973年および1979年)やロシアによる欧州諸国への天然ガス供給遮断(2009年)で経験したように、国家間の利益のぶつかりあいや政治的・軍事的な思惑により、エネルギー供給が大きく左右される可能性が今後とも決して低くないことを忘れることはできない。
2・環境保護に必要な視点
IEAの世界エネルギー展望2012年報告(WEO2012)[5]によれば、現在、世界の一次エネルギー源の約80%は化石燃料に依存しており主要なCO2出源となっている。さらに約40%は発電へ利用されているが、その75%が化石燃料による火力発電が占めている(図-4)。
世界各国の有識者らが気候変動に関する科学的知見をとりまとめた政府間パネル(IPCC)の第五次評価報告書(2013年9月)[6][7]においては、「地球温暖化については疑う余地がなく、このまま温室効果ガスの継続的な排出が続けば、今世紀末には平均気温が最大で4・8度上昇し、平均海面水位も最大で82センチ上昇する可能性がある」と警鐘が鳴らされており、エネルギー消費に伴う温室効果ガス排出の問題は、地球規模で対処すべき深刻な課題となっている。
さらに同報告書は、図-5に示すように、各種シナリオを分析・評価した結果として、21世紀末の気温上昇を産業革命前と比して2度以下に抑えるためには、2050年までに全世界のCO2排出量を1990年レベルと比して50%削減、2100年には実質ゼロにすることが求められるとしている。
このような状況を踏まえ、世界(先進国および開発途上国)の政治のリーダー達は、温室効果ガス削減に向け解決策を模索し、国際的な合意を図ろうと努力を重ねている(注2)。
3・エネルギーの選択肢と今後の課題
一次エネルギー源としては、化石燃料を利用する化石エネルギー(石炭、石油・シェ-ルオイル、天然ガス、シェ-ルガス、メタンハイドレ-ド)、非化石燃料を利用する原子力エネルギーと再生可能エネルギー(太陽光、太陽熱、風力、水力、バイオマス、地熱等)がある。
一方、一次エネルギーの利用先は図-4に示すように、主として電気(発電)、輸送用燃料、熱の三種類に区分される。これら以外にも燃焼時にCO2を排出しない水素利用などもあるが、水素は一次エネルギーではなく、一次エネルギーあるいは二次エネルギーである電気を使って生み出された二次エネルギーないし三次エネルギーと言えるので、ここでは特に言及していない。
利用先に対してエネルギー源を見ると、発電利用については、前記三つのエネルギー源が適用可能であるが、輸送に関しては化石燃料(一次エネルギー)あるいは電気、水素等の二次、三次エネルギーが主流になると考えられる。ここでは一次エネルギー源に焦点を当て、上記三タイプの中から、将来のエネルギー需要とCO2対策に着目して検討する。
(1)化石エネルギー
化石燃料を燃やす火力発電は、大規模かつ安定供給が可能であり、産業革命以降の産業・経済の発展を支えてきた。一方、発電過程等で大量のCO2が生成されるため、環境保護の観点からその排出量を極力抑制することが必要である。
その方策として、石炭から石油、天然ガスへと炭素含有量の少ない化石燃料へと転換が進められてきたが、資源量及びその入手の容易さ、経済性の観点から石炭はその重要性を未だ失っていない。このため発電所の排気(煙)中からCO2を回収、貯留する技術開発(その典型はCCS:Carbon Capture & Storage)が国内外で進められている。温暖化防止に有効となるほどの膨大な量のCO2を安全に処理することは、そのために大量のエネルギーを必要とし、容易なことと思われない。シェ-ルガス、メタンハイドレ-ト等新しい資源の活用も考えられているが、CO2発生源という点では従来の化石燃料と同じ問題を抱えている。
(2)原子力エネルギー
原子力発電は、燃料物量が圧倒的に少ないことによる輸送・備蓄の容易さや、ほとんどCO2排出のないこと、さらに経済性も火力に比べ遜色のないこと等の特長を生かすと共に、エネルギー資源の拡大・多様化の観点から、先進国が先鞭をつけ、発展途上国も着々とそのウェ-トを高めてきた。
そのような中、三年前に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故は全世界に衝撃を与えた。世界各国は、この過酷事故を教訓とした安全基準の再評価等を実施し、必要に応じて安全対策を講じた上で、自国の原子力プログラムを着実に進めることとしている。
国際原子力機関(IAEA)の世界の原子力発電炉2013年版[8]によれば、2012年12月末現在、運転中の発電用原子炉は計437基、建設中が67基、計画中が102基で、うち開発途上国がそれぞれ100基、54基、70基となっており、新設における開発途上国のウェートが高くなっていることが分かる。
原子力エネルギー利用でのもう一つの大きな課題は、高レベル廃棄物の処分であるが、政府が前面に立ち、これまで以上に社会的・国民的な合意を得なければならない。
(3)再生可能エネルギー
再生可能エネルギーは、ほとんどCO2排出のない技術であるため、今後積極的な利用拡大が望まれる。その中で、水力、バイオマス、地熱は安定電源として有望視されているが、利用可能量に限りがある。一方、太陽光、太陽熱、風力は、気候や昼夜(日照)の影響が大きく、年間を通じて相当量のエネルギーが得られても必要な時に必要な量を生み出すことができないという欠点があり、安定電源としてはその能力の数%以下しか期待できない(注3)。
従って、これらの再生可能エネルギーを大規模に安定電源として活用するためには、火力発電・揚水(水力)発電等のバックアップ電源との併用や、大容量蓄電技術が必要になる。大容量蓄電技術は、長年にわたり研究開発が実施されてきたが、実用可能な技術の開発には相当な困難を乗り越えなくてはならないであろう。現在、再生可能エネルギーの開発に極めて積極的なドイツでも、次のような問題が生じていることは注意すべきである。
・風力、太陽光発電の内、安定電源と見なせる割合は、風力発電が7%、太陽光発電が0%[9][10]であるため、ピ-ク需要量と同等のバックアップ電源(安定電源)が必要となり、皮肉にも石炭火力を増設しているのが現状である[11]。
・大容量の風力・太陽光発電設備に対応するため、長距離送電線の新規建設が必要となるが、住民の反対運動等のため計画通り進展しない例がある[12]。
以上、エネルギー技術の大まかな特性と課題を示した。今後は、今世紀末までの世界全体の長期的なエネルギー需要量と利用可能なエネルギー資源量の見通しや環境問題を考えた上で各国ごとの国情を考慮し、各種エネルギーのバランスのとれた組み合わせを構築していく必要がある。そのため、幅広いさまざまな分野の専門家が結集し、それぞれのエネルギーの現状、将来、長所、短所、特殊性について冷静に検討を加え、公正、中立、科学的な基礎データや新知見の収集、今後の研究開発計画等を含めた長期的な全体像の構築が欠かせない。健全で責任ある政策論議は、このような科学的パッケージをもとにして、初めて可能となるのではないだろうか。まさに、技術先進国、経済大国日本の重要な国際的役割と考える。
4・日本の特殊事情
エネルギー資源が乏しいわが国のエネルギーの自給率は4%(福島第一原子力発電所事故前の時点では原子力を含めても19%)と低く、一次エネルギー源のほとんどを輸入に頼っている。また、島国であるため、欧州のような国を超えたパイプラインによるガス供給や電力ネットワ-クがなく、他国とのエネルギーの融通がしにくい地政学的事情により、エネルギー安全保障に特段の配慮が必要となる。
わが国は、福島第一原子力発電所事故によって甚大な被害を受け、その復旧に手間取っていること等のため嫌原子力のム-ドが蔓延ししている。地震国であることと相まって原子力発電所すべてが危険なものであるかのような世論が形成された(注4)。いったん失われた信頼を取り戻すのは容易なことではないが、関係者の真摯な反省と行動に加え、世界最高水準の安全性の実現を根気強く追究していく姿勢が望まれるところである。
5・おわりに
世界の人口は現在の72億人から今世紀後半に100億人の大台に達するとの予想が国連から出されているが、この人口増に伴うエネルギー需要の増大が大きな課題である。
本小論では、今世紀末に、開発途上国一人あたりのエネルギー需要が先進国の半分程度まで伸びるとの仮定を立てて試算を行い、人口増加は40%でありながら、世界全体の必要エネルギー量はほぼ2倍になるとの結果を得た。節電・省エネ等により先進国のエネルギー使用量を抑えても、現在貧困層を多数抱えている開発途上国の経済発展の寄与が圧倒的だからである。これだけ大量のエネルギーをいかにして賄うかも難しい課題であるが、それに加えてCO2の排出をゼロに近づけるという難題も解決しなくてはならない。
エネルギー資源は、水、食料と共に既に世界規模の争奪戦が繰り広げられており、今後はさらに拍車がかかると予想される。必要なエネルギーをいかに安定かつ確実に確保するかは、先進国、途上国を問わず、世界的、長期的な視野に立って、資源と環境の連立方程式の解を世界レベルで求めなくてはならないであろう。
執筆に当たり、澤口祐介、佐賀山豊、佐藤浩司、田中治邦の諸氏のご協力に謝意を表す。
(注1)開発途上国の中で、2011年時点で一人あたりのエネルギー消費量が先進国平均の2分の1を超えているロシア、東欧及び中東については、それらの値のまま2100年まで継続(不変)する。
(注2)2009年のG8サミット(イタリアのラクイラ)において、世界全体の温室効果ガス排出量を2050年までに少なくとも50%削減するとの2008年の洞爺湖サミットで合意した目標を再確認するとともに、この一部として、先進国全体として2050年までに80%またはそれ以上削減するとの目標が支持された。また、地球の平均気温上昇を産業革命以前に比して2度以内に抑えるべきとの認識でも一致した[13]。
2010年の第16回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP16、メキシコのカンクン)では、「地球の平均気温上昇を産業革命以前に比して2度未満とするためには、地球全体のCO2排出量の大幅な削減が求められ、この長期目標達成に向けて締約国は緊急の行動をとる」ことが国際的に合意された[14]。
(注3)国際エネルギー機関(IEA)のWEO2013では、電力のピ-ク需要時に確実に使える電源を「安定電源」と定義している。例えば、欧州では、風力発電の5〜10%、太陽光発電の0〜5%を安定電源としている[2]。ドイツの「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」では、風力発電は設備容量の7%、太陽光発電は、その利用可能性が非常に変動するため、安定電源として含めることはできないとしている[10]。
(注4)3・11の東北地方太平洋沖地震時に宮城県女川町にある東北電力女川原子力発電所は、福島第一原子力発電所と同程度の津波に襲われ、一部損傷は受けたものの安全に停止すると共に、大きな被害を受けた女川町の人々の避難所としても重要な役割を果たしたが、一部のマスコミにしか取り上げられていない。
参考文献
[1]World Population Prospects:The 2012 Revision, United Nations (2013)
[2]World Energy Outlook 2013, OECD/IEA (2013)
[3]Energy Balances of OECD Countries:2013 Edition, OECD/IEA(2013)
[4]Energy Balances of Non-OECD Countries:2013 edition, OECD/IEA (2013)
[5]World Energy Outlook 2012, OECD/IEA (2012)
[6]Climate Change 2013:The Physical Science Basis, Working GroupI Contribution to the IPCC Fifth Assessment Report, IPCC (2013)
[7]「IPCC第5次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2013:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(暫定訳)」、気象庁(平成25年9月27日)
[8]Nuclear Power Reactors in the World, Reference Data Series No.2, 2013 Edition, IAEA
(June 2013)
[9]「ドイツの2050年電力計画を検証する」、小野章昌、日本エネルギー会議、2012年9月
[10]「ドイツのエネルギー転換-未来のための共同事業」、ドイツ政府資料、安全なエネルギー供給に関する倫理委員会へ提供、2011年5月、経産省資料
[11]「再生エネは原子力の代わりにはならない」小野章昌、エネルギーレビュー、2013年10月
[12]「ドイツの電力事情〜理想像か虚像か」、国際環境経済研究所・竹内純子、2012年9月
[13]「ラクイラ・サミット、G8首脳宣言(気候変動、開発・アフリカ)(主要なポイント)」、外務省ホ-ムページ、2009年(平成21年)7月
[14]「COP16の結果について」、経済産業省、2011年(平成23年)2月
(2014年6月9日掲載)
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