福島原発事故、人手不足の解消のために・その2 下請け構造の光と影
(全3回)「その1作業下請け問題」より続く
原発における多層構造の請負体制は日本独自のものであるが、原発導入が始まって以来続けられているには、それなりの理由がある。この体制は、電力会社、原子炉メーカー、工事会社、下請企業、作業者、さらには地元経済界にとって、それぞれ都合が良く、また居心地の良いものであったため、この体制は関係者に強く支持されてきた。
しかし、物事には常に光と影がつきまとう。この体制には明らかに問題があり、まして原発の安全にマイナスの影響が出るようでは、このまま続けるわけにはいかない。この体制を支えてきた企業、人材など基盤となるものが劣化してくれば、それを続けることに疑問が生じてくる。安全だけでなく、コスト的にも魅力がなくなれば、国民経済の観点からも見直す必要があるだろう。
1. 光(長所)
原発の運営において、メンテナンスに多層構造の請負体制を採用している一番の理由は人集めにある。原発は通常、年に平均二ヶ月の定期検査、あるいは故障修理のため短い停止期間がある。この期間に運転中の必要人員にプラスしてピーク時最大約1000人が必要となる。
これを電力会社や原子炉メーカー社内で調達する、いわゆる直営体制でやれば、かなりの過剰な人数を雇わねばならなくなる。これを補填してくれるのが、原子炉メーカーなどを頂点とした多層構造の企業群なのだ。もし、少ない人数しかいなければ、定期検査や修理に日数がかかり、出力100万キロの原発で1日1億円稼ぐといわれる運転日数が大幅に減ることになる。
次にこの請負体制は被ばくの問題を解決してくれる。直営体制でやった場合、作業者が被ばく限度に達すればもう後がない。多層構造の請負体制であれば、ほぼ際限なく外部から交代要員を探してくることが出来る。諸外国の原発では直営体制が多いが、その場合、他の原発と人材面でアライアンスをしたり、定期検査時の作業量を抑えるために運転中にも点検修理をしたり、機器の開放点検を減らすなどの努力をしている。
原発はさまざまな技術の集積であり、各専門分野の人材が必要となるが、請負体制であれば、必要な人材を確保するのが容易である。
人件費の面でも、多層構造の請負体制はメリットがある。現場作業は、熟練技能者と作業補助者の組み合わせで行われるが、多層構造にしておけば末端で一番数が多い補助者に、単価が安い未熟練労働者を活用でき、必要がなくなればその時点で契約を打ち切ることが可能である。さらに請負であるから直営体制のように加齢に伴う賃金増加もない。
請負体制によれば、電力会社社員の負担が軽減され、現場に出ることなく工事が進み、官庁対応、地元対応、本社対応に時間を使うことが出来る。電力会社社員の被ばくや労働災害のリスクを請負が肩代わりしてくれる効果もある。電力会社の子会社も元請となることで、技術力が十分でなくても管理的業務を中心に成立することが出来る。
地元の中小零細企業は、この多層構造があるから原発に参入出来る。地元の旅館、タクシー、観光業者も、多層構造の請負体制であるから、外部からの人の出入りが多く、売上が確保出来る。
2. 影(短所)
多層構造の請負体制の最大の短所は経済性が劣ることではなく、組織内部の指示命令系統の複雑さ、情報伝達の質と速さの問題によって原発の安全が脅かされ、改善が進まない点だ。元請系列による縦割りもあり、すべてにおいて責任があいまいになる。請負企業は契約期間が終了すれば、現場から去って他の現場に行くので直営体制であれば当然に行われる教育訓練、技術技能の伝承、蓄積がなされにくい。
この体制が長く続くことにより、電力会社の管理能力が低下し始める。電力会社内には、現場の状況に精通した社員が少なくなり、仕様書の作成、現場での検査、見積の査定、規制当局向けの資料作成に当たって、原子炉メーカーなど請負企業の力を必要とするようになる。
下請企業は利益を確保するために、自らの業務の一部を下請化することで、より低賃金の未熟練労働者が使おうとするなど、あらゆる面でコストの引き下げを試みる。仕事を減らす業務改善より仕事量の確保が優先され、環境や条件が悪くても、我慢することになる。悪い情報は中間で抑えられ、電力会社まで伝わりにくくなる。
多層構造では、電力会社の支払った人件費の一部を中間の企業が利益としがちで、末端の作業員に電力会社が見積もった賃金や手当が行き渡らない。社会保険の保険料は、しばしば社会保険事務所に納められず、企業の利益と本人の手取りと化す。このように、末端の零細企業が利益を確保するために賃金支払、社会保険、労働条件などについて法の抵触や違法行為が発生しやすいが、零細企業には労働組合もなく違法が摘発されにくい。また、間に反社会的勢力が入り込みやすい。
被ばくの多い作業に対しても、人数を増やすいわゆる人海戦術で乗りきるため、被ばく低減の工夫、改善がなされにくい。これにより全体の被ばく量は多いままとなる。被ばく限度に近づくと、第一線の作業者を交代させるため、使い捨てとなり経験の蓄積が起こらない。
多層化、縦割が進めば、組織内の情報共有化、連絡調整のために多大な労力が必要となり、そのための経費が余計に掛かるようになる。また、下請に出すことで企業や作業者も一つの仕事しかしなくなり能力も低下するため、より多くの人数が必要となる。
多層構造の末端に位置する零細企業が、すぐに雇用できる人材は、技能、経
験、適性、持続性において、原発ですぐに働くには問題のある場合が多い。採用にあたって経歴、人物などについて電力会社は直接確認出来ないため、その後の健康管理フォローやテロ対策などがやりにくい。電力会社や元請企業は末端作業者の初歩的教育の繰り返し、現場での指導、監視などに力を入れざるを得ない。結局、請負体制の利点であった経済性も失われ、全体の被ばくも増える結果となってしまう。
事故対応、災害対応においても、実務から遠ざかっている電力会社の社員には対応能力は期待出来ない。そのため、請負企業の自主的協力に依存しなくてはならないが、事故時対応についてまで契約に含めていることはなく、事故対応に必要な要員が常に確保されているとは言えない。
3. 前提条件の劣化と改善の動き
多層構造の請負体制が光を放つ条件として、戦後の経済成長を支えてきた優秀な人材と技術力を持った中小零細企業の存在があった。それらは原発が盛んに建設された時代とも重なっており、原発の建設、運営を下支えしてきた。電力会社やメーカーにおいても、この世代は開発当初の試練を経て、現場の状況もよく解っており、多層構造の請負の管理をこなすことができた。
今世紀に入ると、団塊の世代とよばれた世代が中心となったが、その団塊の世代も引退するようになった近年では、少子化による若年層の減少、大学進学率の上昇、経験を積める原発建設機会の減少などが、次第に多層構造の請負体制の足元を揺るがすようになっている。
加えて、長年この体制を続けてきた結果として、電力会社やメーカーの社員の能力低下や体制の短所によって現場の改善が進まず、体制維持のための多層の各段階における利益確保の動きによって、コスト面でも次第に苦しくなってきている。福島第一原発の事故によって、電力会社社員が現場実務をこなせないために事故対応に問題があることなども明らかになった。多層構造を構成しているメーカーや工事会社も、人材確保と技術技能の伝承に危機感を持つようになっている。
各電力会社もこの10年で、メンテナンスを多層構造の請負体制に依存することに問題意識を持つようになり、一部では、管理能力を取り戻すため、メンテナンスにおける原子炉メーカーのシェアを減らしての自社直営部分の確保、子会社を中心にしてその下の階層をシンプルにすること、あるいは全国共通の技能者の民間資格制度などが試みられてきた。
従来、多層構造の請負体制優位の陰に、規制当局の多重構造の請負体制の問題点に対する認識の低さ、原発での労働法令違反に対する労働基準監督行政の甘さ、電力会社や元請企業の及び腰の指導、原子炉メーカーや元請の既得権へのこだわり、メーカーの電力会社に対する技術力優位、個人事業主や中小零細企業に対する優遇税制、それにこの体制を維持するための費用の出処である電気事業に与えられた地域独占、総括原価方式があった。
現在、これらについても批判の声があがって見直しの動きがあり、福島第一原発の事故や電力自由化を契機に、今後、多層構造の請負体制からの脱却、あるいは見直しが一層進むものと思われる。
次回は福島第一原発の廃炉に適した体制について。
(2014年4月7日)
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