福島原発の現状 — 冷静な現場、変わる東電

2014年03月03日 11:00
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東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

(GEPR編集部)東工大の澤田氏が事故を起こした福島原発を2月視察しました。恐怖ばかりが報道により伝わりがちの現場ですが、原子力工学の専門家による観察を紹介します。

1・はじめに

上野から広野まで約2時間半の旅だ。常磐線の終着広野駅は、さりげなく慎ましやかなたたずまいだった。

福島第一原子力発電所に近づくにつれて、広野火力の大型煙突から勢い良く上がる煙が目に入った。広野火力発電所(最大出力440万kw)は、いまその総発電量の全量を首都圏に振向けている。

広野火力は福島第一・第二原子力発電所と同様に3・11の津波で大きな被害を受けた。しかし、その復旧の速さは奇跡的だった。震災から約半年後の2011年7月16日に全ての号機が復旧した。この事実を皆さんはご存知だろうか。特に今その恩恵を被っている首都圏の皆さんはいかがだろうか。

奇跡的な復旧は、東京電力の技術力と不断の努力の賜である。東電が事故によって失ったものは計り知れない。世間が3年前の原発事故やその後の汚染水漏れをもって東電を責めるのにも一理ある。しかし、責める一方で、頑としてあるグッドプラクティス(優良事例)も受け止めるべきだろう。そこから出発するのが私たちの責任のような気がする。

私が時に耳にするのは、広野町にすでに帰還した町民の声だ。やれ「脱原発だ」自然エネルギーだと騒ぐのはいい。しかし、首都圏の方は広野火力のことはあまりご存知ないようですね。無関心さは事故前と変わっていないのでは」と。

そんな広野火力発電所を横目にしながら、福島第一原子力発電所を再訪したのは2月下旬のことだった。汚染水タンクから110トンの汚染水があふれ出た直後の訪問だった。

2.汚染水漏れ

汚染水漏れの原因は、汚染水をタンクに送り込む配管にある弁の仕組みと操作の問題である。弁を誰がどのように操作したかが問題とされている。こういう問題が起こると大手のメディアがすぐさま報じる。これは、いまや汚染水問題くらいしか取りざたすることがないということの裏返しでもある。今回の汚染水漏れに関していえば、実際的な影響はどうなのだろうか。

今回の汚染水漏れに関してなされたことは、次の2点である。
1)漏れた110トンのうち、42トンはバキュームカーですでに回収している。
2)土壌にあふれた分に関しては、重機によって土壌と一緒に回収作業をしている。

もちろん、作業員にこの汚染水漏れによる被ばく障害はない。しかしながら、漏えい水から受ける線量は、ベータ線が50mSv/hでガンマ線が0.15mSv/hと発表されている。

今回の事象を国際原子力事象評価尺度で見るとレベル2の異常事象になる。公衆の被ばくはないが、50mSv/hを超える放射線レベルが運転区域内で測定されているからである。異常が発生した場合、その拡大を防ぎ放射線被ばくの影響を最小限に止めるという考え方を深層防護という。今回の事象では、その深層防護がかなり劣化していることになる。

汚染水タンクの構造自体に弱点があるし、多数あるタンクはどれも満水状態に近い。満水の警報をあえて切って作業を続けるというようなことが半ば常態化していたとすると看過できない。異常発生後の対応が遅れたことも問題である。再発防止策を練るのは当然として、さらなる改善策が求められる。しかし、これははたして東電だけの問題なのだろうか。

今回の汚染水漏れは、事故から3年を前にして痛恨の事態であったが、現地ではそれとは違う、未来につながるものも見て来た。

3.現地で見たもの

〝事故のなかに真実がある、未来がある〟とは、ギリシャの哲学者であるアリストテレスが2000年以上昔に書き遺したことである。今回福島第一原子力発電所の現場を見て、そのアリストテレスの言葉を思い出した。事故が、普段は覆い隠されている非日常的な真実を暴き出してみせてくれる。そこから学び取ることができる。それが未来を開くというのである。

40年前、自動車の座席にはヘッドレストがなかった。30年前の車にはエアバックはなかった。いま車は進路に障害物があれば自動停止する。これらは、すべて事故から学び取って開発され装備された。

福島第一は原子力の未来にむけた厳しくも壮大な実践であり、勝負の場だと思い知った。厳しくはあるが、人が真摯にとりくめば決して冷淡でなく、事故が私たちに教えてくれるものがあると感じた。

1)3号機のオペレーションフロアの変貌

構内をバスで一巡し要所要所を観てまわった。2年前はまだ随所に津波による傷跡が残っており、津波で押し流された車両があちこちに突き刺さり、防潮堤の分厚い壁がばらばらに引きちぎれて倒壊していた。今回、全般的な印象としては、敷地内のそういった破損物が取り除かれ、かなり整然とした様になっていた。

特に刮目したのは、3号機のオペレーションフロアの今の姿だった。前回の訪問時には、水素爆発で吹き飛ばされてひん曲がった鉄骨、大型クレーンの残骸、大きな瓦礫の塊が散乱していて見るも痛々しく無惨だった。それが今はフロア上の瓦礫が全部取り除かれ、真っ平らになっていた。これらは総て遠隔操作の大型クレーンで撤去された。しかも、私が訪れた際は、この遠隔クレーンで使用済み燃料プール中の瓦礫を撤去中であった。その光景から察したのは、3号機の使用済み燃料の取出しもそう遠いことではないということだ。

防潮堤はテトラポットで補修されていた。万万が一、3年前と同じ規模の地震と津波が来たら・・・皆が思い浮かぶ疑問である。

私は、事故当時原子炉に水を注入した移動式ポンプ車を目の前に見た。3台あり、2台が稼働し1台はバッックアップだった。いまは、これらは役目を終えて、復水貯蔵タンクを水源として炉心を冷却している。万々一、津波が来れば、電源とポンプが故障する可能性はある。どちらも高台(海抜35m)に予備がある。問題は非常時の対応手順と訓練だ。非常時の取り替え訓練もよくやっているという。


3号炉の外観
左平成24年(2012年)年2月21日、右平成25年(13年)10月11日

2)凍土壁と遮水壁

地下水の汚染と海への流入(環境汚染)を防ぐ方式は2種類ある。政府のテコ入れでこれから造られる凍土壁方式によるものと、鉄管を敷地内や港湾内に打ち込んで地下水の流れを遮断する遮水壁方式がある。

凍土壁方式は一時メディアでよく取り上げられたので比較的良く知られている。今回予定している規模のものは過去に実例がなく、私が訪問した際には、サイトの山側で実証試験を行っていた。実証試験がうまくいけば、原子炉群を取り囲むように凍土壁が造られる予定だ。凍土壁は地下水が原子炉建家等に流れ込まないようにするものである。同じような機能を果たすものとして、地下水をバイパスさせる方式がある。これは、山側に大型の井戸を12本掘って、そこで水をくみ上げて水質を検査して問題がなければ海に直接流し込む。

すでに井戸は完成していて地元の了解を得る段階にある。これが稼働すれば、今毎日400トンの地下水が損傷した原子炉建家内に流入しているが、その量が300トン程度に減らせる。

そして、注目すべきは、遮水壁である。港湾内の原子炉敷地側にすでにほとんど完成している。鉄塀でできた堰である。堰であるから、汚染水が流れ込むままにしておけばやがて溢れ出る。それを防ぐには、堰に溜まった水をくみ上げて浄化すれば良い。

いずれにしても、多様な方式を組み合わせて、汚染水の発生と海への流失を防止する方策が実際の〝もの〟として造られつつある。

3)アルプス

アルプスは日本の技術が結集され、さまざまな放射性物質を一気に除去する多核種除去装置である。水と同様の化学的性質をもつトリチウム以外の62種類の放射性物質を一気に除去する。事故後、フランスの技術や米国の技術が導入されたが、多核種除去の機能はなく、その稼働性能は必ずしも芳しくなかった。

福島第一事故の状況は前例のないものだったので、既存の技術では巧くいかなかったという解釈でよいのではないか。時間はかかったが、今の性能試験が終われば本格稼働を始めるという。同様機種の最新鋭期の増設も決まっている。


アルプス外観

4)免震重要棟

免震重要棟に入って最初に感じた。おやおや、2年前と空気が違うぞ。あの当時は空気がもっとピリピリしていた。沈鬱な感じもあったなあと。中央にはおもなチームリーダー(所長や班長)にくわえて、規制庁の担当者の席があり、その周辺に関連チームの席がある。それは基本的に2年前と変わらない。

私は、所長の小野明さんらの説明を聞きながら、その部屋で業務についている職員の方々の表情や各人がかもし出す雰囲気を見渡していた。2年前よりも余裕というか自信のようなものが窺えた気がした。

4.これからのこと−—−廃炉が導くもの

廃炉は決して後ろ向きの事業ではない。チェルノブイリに次ぐ事故とされた福島第一原発事故。チェルノブイリとの最大の違いは、福島では解体廃炉を進め、ゆくゆくは更地にしようという点だ。チェルノブイリは全体をコンクリートで埋め固めて〝石棺〟にしている。

チェルノブイリからすれば、福島には大きな違いがあると同時に大きなチャレンジでもある。だからこそ、そこに未来がある。福島第一のチャレンジは、地域への貢献は勿論のこと、世界への貢献に繋がるものである。

TMIもチェルノブイリも炉心溶融を起こしたのは各々1基の原子炉だった。福島第一は3基もある。3基それぞれに少しずつ状態が違う。つまり、3者3様の溶融燃料取出しが待っている。大きなチャレンジであると同時に、異なる3つの実践経験を積むことができる。

逆説的な言い方になるが、これは大きなチャンスである。なぜか!?−−—いま世界の最先端を行く軽水炉には炉心が融けても大丈夫なように溶融燃料を受け止める〝コアキャッチャー〟が装備されようとしている。万一炉心が融けても大丈夫なように・・・ということは炉心溶融を想定しているのだ。

その状況は私たちの福島第一の状況よりは、多少なりともまし(過酷さが軽い)かもしれない。しかし、起こってみないと分からない部分はある。いずれにせよ、放射能が強く、人が容易に近づけない環境で、溶融し固化した燃料の取出しは必須である。そのとき、福島第一の経験とノウハウが間違いなく役立つ。

つまり、福島第一の〝次の過酷事故〟に必ず役立つのである。次の事故は、その時期がいつかは分からない、しかし早晩やって来る。もちろん、そのシビアさの程度も今は分からない。ある時間幅、それは数十年かもしれないし、数百年かもしれない。しかし、ほぼ確実にやってくるものである。自動車事故も飛行機事故も頻度は下がっているように思える。しかし、事故はなくなってはいない。

要は、一旦起こったときにその被害をいかに低く抑えるかである。そこが人智と技術の勝負どころである。原発でいえば、福島第一の経験が人智を与え、技術的な勝負どころを導きださないとならない。

5.おわりに

一度失われた信頼を回復するのは並大抵のことではない。東電はこれまでに約5万人のうち3万5千人が福島の被災地域の復興活動に出向いている。空家の掃除、お墓の手入れ、地域のイベント等への協力である。最初、地域からは来ないでくれといわれ、一方の社員は慣れない活動に乗り気がしない様だった。しかし、やってみて続けてみて、いまでは双方が感謝と達成感を共有しているという。

「社員の目つきが変わって来ました」と、東電福島復興本社の石崎芳行副社長が少しだけはにかんだ。その口を次いででて来たことは「廃炉作業は後ろ向きではないことを実感してほしい」。そこには自治体への貢献と世界への貢献があるという。

浜通りには、国際廃炉研究所のような研究施設をつくることが決まっている。世界から人材を集めて廃炉を進め、研究とともにノウハウやデータを蓄積していくという。そのような研究施設がこれまで浜通りにはひとつもなかった。地元の人から何度も聞いたことだ。

ロバート・ストーン監督の映画『パンドラの約束』がある。この映画に登場する元環境保護主義者は「みんな全体を見ようとせず、原子力の危険な面ばかりを見ている」という警句を発した。部分的な欠点欠陥のみを論ってばかりいては、全体的な動向を見失ってしまう。

それが果たして原発のある浜通りの住民の皆さんが帰還を果たして、未来を創っていくためによき方向なのかどうか。

帰路—−—敷地を出たところにあった〝ありがとうございます。今日の出会いに感謝します〟の看板が印象的だった。

今回の訪問を終えて、汚染水問題を抱えながらも、東京電力が変わりつつあることを実感した。

すでに帰還した人々、これから帰還して来る人々と、なにか新しい公共心を共有出来るのではないだろうか。そこに浜通りの未来があると思う。

(2014年3月3日掲載)

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東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

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