人類の放射能への恐怖は間違っている
シンクタンクのアゴラ研究所(東京)は昨年12月8日に、シンポジウム「持続可能なエネルギー戦略を考える」を、東京工業大学(同)で開催した。そこで行われた基調講演の要旨を紹介する。(紹介記事「アゴラシンポジウム「持続可能なエネルギー戦略を考える」報告」)
信頼の回復をどうするか
文明はエネルギーと社会を構成する信頼を必要とします。残念ながら、福島第一原発事故によって、残念ながらその両方が傷を受けました。
原発事故では3つの原子炉が壊れ、放射性物質を放出しました。しかしながら、それは微量であり、人の健康への影響はほとんどないでしょう。現時点まで放射能の影響による直接の死傷者は出ていないし、これからも出ないと、科学者として私は判断しています。東日本大震災の被害の中心は津波であったのです。
ところが原発事故では不安と恐怖が、世界と日本に広がりました。その多くは、必要のないものでした。福島では避難が長期化することで、避難者に健康被害が広がっています。また福島の放射線防護対策や事故処理では、安全性に配慮して必要以上にコストがかかっている面があります。
リスクの正しい評価を
放射線は私たちの目に見えず、なじみがないように思える存在です。しかし私たちは、宇宙からの放射線を毎日浴びています。生物は長い年月、放射線にさらされ進化してきました。確かに放射線に過剰に当たると人体に悪影響が起こります。しかし保護するメカニズムが体にあるのです。そしてがん治療など医療分野や工業で、放射線は利用されているのです。
こうした科学的事実を考えれば、放射能のリスクは、社会的に過大に評価された面があるのです。これは恐怖という感情が影響しています。それが影響して、バランスの欠いた形でニュースが流れ、人々は影響を受けてしまいます。
国際的な放射性防護基準は、かなり厳しいものです。ICRP(国際放射線防護委員会)は、どんな被ばくでも「合理的に達成可能な限り低い(ALARA:As Low As Reasonably Achievable)」レベルにすることを勧めています。「自然放射線に追加して年間1マイクロシーベルト(mSv)程度」の被ばくに抑えるべきだという内容です。
これは厳しすぎます。一度に大量ではなく少しずつ放射線を浴びた場合に、健康被害は観察されていません。おそらく基準を1000倍程度にしても大丈夫でしょう。
日本では福島事故の後で被ばくの安全基準が厳しくなりました。食品の場合には、「1キログラム当たり100ベクレル」という基準です。ICRPのALARAの基準が採用されています。
ところが実際の数値を考えてみましょう。この基準上限の食品を毎日5トン、3カ月間食べても、CTスキャン1回分にすぎません。放射線の基準を厳しくするほど、社会が負担するコストが増えていくのです。
こうした科学的事実を知れば、過度に危険を警戒することもなくなるはずです。リスクに応じた合理的な対策を行うべきなのです。
私は核物理学を大きく進歩させた物理学者のマリー・キューリー(1867—1934)の言葉を思い出します。「人生において怖れることは何もない。ただ理解すべきことがあるだけだ」。重要な問題について、理解のないまま民主主義に基づく政治が行われることは危険です。
日本人の正しい選択を期待
世界はエネルギーをめぐる問題にあふれています。エネルギー不足、また化石燃料の枯渇の危険、また気候変動の問題があります。大量に発電でき、また温室効果ガスの一つである二酸化炭素(CO2)を排出しない原子力発電は、地球規模の問題を重要な対策になります。原子力を利用しないことは、そうしたエネルギー使用の問題を続けてしまうことになります。
国連(UN)や他の行政機関のバランスを書いた狭い視点の規制のイメージ。今、いくつかの国の有権者がそれを直面している。
(「核の安全のコスト」と書いたシャツを着た重い豚さんが、「高価格」「化石燃料の環境影響」という小さな豚さんをはねとばしている。「ガスと電力価格を今下げろ」と人々が圧力をかける。この状況を「ガス」「オイル」「石炭」という服を着たビジネスマンが高笑いしている)
人類は数万年前、火を発見して利用しました。動物がそうであるように、火を使うことを警戒した人はいたでしょう。確かに火は誤って使えば、けがをしてしまいます。ところが、そうしたグループはその後、暖房、温かい食事などにありつけなかったでしょう。技術革新を手に入れた場合に、理性を使って、適切に用いることのできる人が、豊かさを享受できるのです。原子力でも同じことが言えます。
おそらく紀元前2万5000年に起こった、「火の利用反対党」が直面した現実。「環境を守れ」「火を止めろ」「安全第一」と書いたプラカードを持つ人が、凍えている。
日本は科学技術が進み、人々の教育水準が高いことで、世界の尊敬を集めています。福島事故でも日本の皆さんは、適切な対応をするでしょう。また私は日本の原発の対策を見たいと思いました。中部電力の浜岡原発を見る機会がありました。その防備体制は徹底したものでした。
このような取り組みを考えれば、日本は安全で効果的な原子力の利用をこれからも行えるでしょう。
(2014年1月14日掲載)
関連記事
-
テレビ朝日系列の「報道ステーション」という情報番組が、東日本大震災と福島原発事故から3年となる今年3月11日に「甲状腺がんが原発事故によって広がっている可能性がある」という内容の番組を放送した。事実をゆがめており、人々の不安を煽るひどいものであった。日本全体が慰霊の念を抱く日に合わせて社会を混乱させる情報をばらまく、この番組関係者の思考を一日本人として私は理解できない。
-
小島・農水省の中に、遺伝子組み換え作物の栽培の計画を持っている人がいました。ところが民主党政権が成立して、全部つぶれてしまいました。それがそのまま放置されている状況です。
-
100 mSvの被ばくの相対リスク比が1.005というのは、他のリスクに比べてあまりにも低すぎるのではないか。
-
福島産食品などがむやみに避けられる風評被害は、震災から4年以上たってもなお根深く残り、復興の妨げとなっている。風評被害払しょくを目指す活動は国や県だけでなく、民間でも力を入れている。消費者の安心につながる食事全体での放射線量の調査や、企業間で連携した応援活動など、着実に広がりを見せている。
-
4月30日に、筆者もメンバーとして参加する約束草案検討ワーキングにおいて、日本の温暖化目標の要綱が示され、大筋で了承された。
-
毎日新聞7月17日記事。トルコで16日にクーデタが発生、鎮圧された。トルコはロシア、中東から欧州へのガス、石油のパイプラインが通過しており、その影響は現時点で出ていないものの注視する必要がある。
-
日本で大きく報道されることはなかったが、2012年10月末に米国東海岸に上陸したハリケーン・サンディは、ニューヨーク市を含め合計850万軒という過去最大規模の停電を引き起こした。ニューヨークでも計画停電の実施に加え、ほぼ1カ月間停電の続いた地域があったなど、被害の全貌が明らかになりつつある。
-
原子力を題材にしたドキュメンタリー映画「パンドラの約束(Pandora’s Promise)」を紹介したい。かつて原子力に対して批判的な立場を取った米英の環境派知識人たちが、賛成に転じた軌跡を追っている。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間