1955年制定の原子力基本法、中曽根康弘演説を読み返す(再掲載)
原子力基本法とは
日本の原子力の利用は1955年(昭和30年)につくられた原子力基本法 を国の諸政策の根拠にする。この法律には、原子力利用の理由、そしてさまざまな目的が書き込まれている。その法案を作成した後の首相である中曽根康弘氏が当時行った衆議院での演説を紹介したい。
同法は原子力の研究・開発・利用を推進して将来に渡るエネルギー資源を確保すること、産業の振興に寄与すること、平和利用に徹することを、原子力利用の目的とする。そして「民主」「自主」「公開」の三原則をかかげた。
「民主」とは政府の独占ではなく、国民の意思に基づいて民主的に政策決定すること。「自主」は、外国から強制されたり、軍事技術が入り込んだり込む余地をつくらないよう自主的な運営をすること。「公開」は、成果を公開して疑惑を招くような秘密はつくらず、国際貢献を果たすことを内容とする。(解説は、kotobank朝日「知恵蔵」記事「原子力基本法」原子力基本法を参考にした)
法律の背景に「無資源」の恐怖があった。
この基本法は自民党成立後、超党派の議員による議員立法で成立し、ほぼ全会一致で認められた。当時、日本学術会議などで科学者たちが、核兵器への転用や技術的な不透明さを懸念していた。
一方で、世界に目を転じると、1953年、米国は「平和のための原子力(Atoms for Peace)」という政策を、アイゼンハワー大統領が主導して打ち出した。原爆を開発し、使用したが、この技術を発電に利用して、米国の原子力産業の育成と外交の道具にしようと試みた。こうした中で、日本の政治家は原発の実現に動いた。
当時の状況を社会党職員として見ていた後藤茂元衆議院議員は、著書『憂国の原子力誕生秘話』(エネルギーフォーラム)で、当時の状況を振り返っている。
社会党は当時、参議院議員であった松前重義氏(1901〜91年)を中心にして、原子力導入に賛成した。松前氏は東海大学の創立者で、技官として逓信省に入り、工学博士でもあった。後藤氏は次のように著書で述べている。
「無資源国の日本が資源を止められたことが無謀な戦争の一因になったことを、当時はどの人も深刻に受け止めていた」
「エネルギーは国家百年の計だという考えが、自民党、社会党を問わず、政治家の頭にあった」
ところが、60—70年代を通じて社会党は反原発に転じる。労働組合が、社会党の支持と人材供給の母体となり、社会運動として「反原発」のスローガンに注目するようになったと、後藤氏は振り返る。
中曽根演説のポイント
原子力基本法の成立時点で、37歳の衆議院議員だった中曽根康弘元首相は法案の作成の中心メンバーだった。自民党内では、主流派の旧自由党系の代議士ではなかった。54年の原子力予算の計上などは一代議士ながら実現させ、1959年には科学技術庁長官に就任した。
演説からうかがう限りでは、中曽根氏は原子力政策での「民主」「自主」「公開」を強く信じ、その実現を願っていたようだ。そして無資源国である日本国力増進の重要な手段と認識していたことがうかがえる。そして、これは多くの議員、そして当時の民意は中曽根氏と認識を同じくしていた。
しかし同時に、原子力技術への無邪気な期待が演説からもうかがえる。福島事故を経験した今となっては、始まりでの認識の甘さが、福島事故につながっているように思える。
法案に織り込まれた理想は、50年が経過して、残念ながら実現したとは言い難い。原子力政策の閉鎖性は、事故以前から筆者も感じ、多くの識者が懸念していた。そして福島原発事故によって、原子力の信頼は地に落ち、回復はとても難しい状況にある。
原子力を再生させるには、今こそその原点にあった理想をもう一度確認するべきではないだろうか。混迷を深めるこの問題で、どの立場の人も、その始まりにあった考えを知るべきであろう。
衆議院・科学技術振興対策特別委員会(1955年(昭和30年)12月13日)
中曽根康弘議員の法案趣旨説明の抜粋
中曽根康弘氏
(1983年の首相時代、Wikipediaより)
法案の提案理由を御説明申し上げます。
これは自由民主党並びに社会党の共同提案になるものでありまして、両党の議員の共同作業によって、全議員の名前をもって国民の前に提出した次第であります。
(中略)(原子力の利用が各国で)進められるということは、われわれの文明に非常なる変化を予想せしめるものであって、われわれとしてもこれを等閑に付することはできないのであります。
そこで、日本に原子力国策を確立する場合において、いかなる点を考慮すべきかといいますと、われわれの考えでは、まず国策の基本を確立するということが第一であります。日本には有能なる科学者があり、技術者があり、技術陣があります。しかし、国策が確立されておらないようでは、有能なる学者はここに集まってきません。そこで、機構的にも予算的にも、国家が、不動の態勢をもって、全国民協力のもとに、この政策を長期的に進めるという態勢を整えることが第一であります。これによって有能なる学者をこの方向に指向させることができるのであります。
第二点は、超党派性をもってこの政策を運用して、政争の圏外に置くということであります。国民の相当数が、日本の原子力政策の推進を冷やかな目で見るということは悲しむべきことであり、絶対避けなければならないのであります。全国民が協力するもとに、超党派的にこの政策を進めるということが、日本の場合は特に重要であるのであります。
第三点は、長期的計画性をもって、しかも日本の個性を生かしたやり方という考え方であります。原子力の問題は、各国においては、三十年計画、五十年計画をもって進めるのでありまして、わが国におきましても、三十年計画、五十年計画程度の雄大なる構想を必要といたします。それと同時に、資源が貧弱で資本力のない日本の国情に適当するような方途を講ずることが必要であります。
(中略)
第四点は、原子力の一番中心の問題は金でもなければ機構でもない。一番中心の問題は、日本に存在する非常に有能なる学者に心から協力してもらうという態勢を作ることであります。具体的に申し上げれば、湯川博士や朝永博士以下、日本の学界には三十前後の非常に優秀なる世界的なる学者が存在いたします。これらの有能なる学者が、国家のために心から研究に精を出してもらうという環境を作ることが、政治家の一番重要なことであります。
そのようなことは、学者の意見を十分取り入れて、この原子力の研究というものが、日本の一部のために行われておらない、一政党の手先でもなければ、財界の手先でもない、全日本国民の運命を開拓するために国民的スケールにおいてこれが行われておるという態勢を作ることが一番大事な点であります。このような点にわれわれは機構その他についても十分配慮した次第であります。
第五点は、国際性を豊かに盛るということであります。原子力の研究は、各国におきましてはみな国際的な協力のもとに行われております。(中略)
第六点は、日本の原子力の問題というものは、広島、長崎の悲劇から出発いたしました。従って、日本国民の間には、この悲しむべき原因から発しまして、原子力に対する非常なる疑いを持っておるのであります。このような国民の誤解を、われわれはしんぼう強く解くという努力をする必要があると思うのであります。広島、長崎の経験から発した国民が、原子力の平和利用や外国のいろいろな申し出に対して疑問を持つのは当然であります。従って、政治家としては、これらの疑問をあくまで克明に解いて、ただすべきものはただして、全国民の心からなる協力を得るという態勢が必要であります。
しかし、すでに、外国においては、原子力はかっては猛獣でありましたけれども、今日は家畜になっておる。遺憾ながら日本国民はまだこれを猛獣だと誤解しておる向きが多いのです。これを家畜であるということを、われわれの努力において十分啓蒙宣伝をいたし、国民的協力の基礎をつちかいたいと思うのであります。
この基本法案を総合的基本法としました理由は、日本の原子力政策の全般的な見通しを国民の各位に与えて、燃料の問題にしても、放射線の防止にしても、原子炉の管理にしても、危険がないように安心を与えるという考慮が第一にあったのであります。日本の原子力政策のホール・ピクチャーを国民に示して、それによって十分なる理解を得るというのが第一の念願でありました。
(中略)
日本の現在の国際的地位は戦争に負けて以来非常に低いのでありますが、しかし、科挙技術の部面は、中立性を保っておりますから、そう外国との間に摩擦が起ることはありません。われわれが国際的地位を回復し、日本の科学技術の水準を上げるということは、原子力や科学によって可能であると思うのであります。(中略)原子力の熱を完全にとらえて原子炉文明というものが出てくれば、一億の人口を養うことば必ずしも不可能ではない、そのようにわれわれは考えます。
(中略)われわれが、雄大な意図をもって、二十年、三十年努力を継続いたしますならば、必ずや日本は世界の水準に追いつくことができ、国民の負託にこたえることができると思うのであります。(了)
(アゴラ研究所フェロー ジャーナリスト 石井孝明)
(2013年10月28日掲載)
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筆者は1960年代後半に大学院(機械工学専攻)を卒業し、重工業メーカーで約30年間にわたり原子力発電所の設計、開発、保守に携わってきた。2004年に第一線を退いてから原子力技術者OBの団体であるエネルギー問題に発言する会(通称:エネルギー会)に入会し、次世代層への技術伝承・人材育成、政策提言、マスコミ報道へ意見、雑誌などへ投稿、シンポジウムの開催など行なってきた。
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