原発事故、避難者の現状 ?「仲間はずれを嫌う心理」など
(GEPR編集部より)
福島県で被災した北村俊郎氏は、関係者向けに被災地をめぐる問題をエッセイにしている。そのうち「仲間はずれを嫌う心理」、「復興公営住宅」、「汚染した庭石」の3編を紹介する。補償と除染の問題を現地の人の声から考えたい。避難の長期化で、人々の生活に事故の悪影響がのしかかる。現在の被災者対策は、意義あるものになっているのだろうか。(一部が日本エネルギー会議のホームページで公開されている。)
(以下本文)
仲間はずれを嫌う心理(13年9月15日)
前代未聞の原発事故から二年半を過ぎて、福島の被災者が一番注意していることは仲間はずれにならないことだ。大半が知らない土地で仮の生活をしており、親しく付き合いのできる相手はまだ少ない。そのような状況では、連絡を取り合っている元の町内の人たちとのつながりは、なにより大切なものだ。家族や親戚以外にも従来交流してきた仲間とは、携帯電話やメールなどでよく連絡を取り合っている。仕事上の仲間も大切で、暇にしていると言うと、一緒に仕事をやらないかと声を掛けてくれる。
仲間との会話の中身は、第一原発の状況、放射線の身体への影響、食品の安全、健康状態や持病、車など大きな買い物、除染の進み具合、賠償の結果や見込み、避難先での仕事や受けている支援、仮設や借り上げの期間延長問題、残してきた自宅の状態、高齢な親の面倒や子供の学校、冠婚葬祭(特に亡くなった人)の情報などだ。旅行やスポーツ、趣味の話も多い。
情報交換に熱心な原因は、あらゆることに関して、仲間と同じ境遇であることを確認するためで、自分だけが取り残されていないことを確認したいのが本音。人が旅行をすればしたくなる。新車を買ったと聞くと自分も欲しくなる。賠償金で避難先に家を建てたと聞けば自分たちも、そろそろどこに住んでいくかを考えなくてはと焦る。こうした他人への関心は、以前浜通りに住んでいた頃からも常に持っていが、避難してからは経済的、時間的な余裕もあり、他人への関心は一層大きなものとなっている。
放射線問題と東電の問題に関しては、誰かが抜けがけをしないか、互に監視しているような状況だ。「今のレベルの放射線は問題ない」と異論を唱えれば、即刻仲間はずれが待っている だから、保守的な意見しか言えない。同意を求められ、黙っていると異論を持っていると見られ、その人は元の住民仲間でなく、一風変わった人という評価になる。
「よく、あんなに放射線量の高いところにもどって子育てをしているものだ」「子供のことも考えずに地元野菜を買って食べている」などと陰口を聞きながら暮して行くのは若い母親にとって耐え難い。親しい相手や家族内でも、この手の話題に関しては、絶えず相手の顔色を伺いながら発言するようになる。
自分の考えより、皆がどう考えていて自分はその範囲内にいるのかどうかを様子をみながら生活するのは、戦時中の言論統制の中で暮らすようなものだ。もともと田舎というところは都会と違って、人の噂をなによりも気にするが、開放的な都市部に避難している人も、この呪縛から解き放たれてはいない。
おかしいのは、地元の政治家もこの雰囲気を察知して避難住民から反発を受けないように、あたりさわりのない発言に終始していることだ。また、支援に来たボランティア、あるいは取材に来た人々もそれを感じているのか、言いたいことを言わずにいるように思える。
復興公営住宅(13年8月9日)
復興庁、福島県、富岡町の連名で、「住民意向調査票」が送付されてきた。内容は、これからの生活拠点をどのように考えているか所帯主に尋ねるもの。これまでも何回か行われたアンケート調査だが、今回は「復興公営住宅について」というパンフレットが同封されていることが新しい。
県が考えている復興公営住宅は原発事故で避難している人だけを対象とした公営住宅で、かなり具体化されていることがわかった。現在、仮設住宅や借り上げ住宅などに分散して生活している避難町民に対し、二年後までに3700戸を建設する計画だ。その第一期分として、多くの人々が現在住んでいる、いわき市、郡山市、会津若松市に2LDKと3LDKを500戸(250戸は、いわき市)の鉄筋コンクリート造りのアパートを建設して、提供する。既に工事は始まっていて、早いものでは来年の4月に入居が開始される。
入居基準は決まっていないが、避難している人たちのコミュニティの維持・形成の拠点として考えており、入居にあたっては、市町村単位や親族同士、仮設住宅などで築かれたグループでの入居に配慮するとある。また、高齢者、障害者、子育て世帯などを優先し、バリアフリー化、コミュニティ集会室、エレベータやソーラーパネル設置などもする。家賃は月額7000円から70000円(民間相場に近い)まで、所得に応じて決められるが、避難指示解除後の相当期間までは賠償対象となり実質無料となる。
いたれりつくせりのようだが、3年近くも不自由な生活をし、これからも何年この地にとどまらねばならないかわからない避難者にとっては当然なことと思える。事故当時の富岡町の人口は1万6000人足らずなので、戸数としては妥当なようだが、既に手にした家の賠償金で新たな家を造ろうとする人も増えている。建設にあたっては、コミュニティの維持・形成を意識しているが、それは新たな地に富岡集落を築くことになり、将来、そっくり富岡町に帰還出来ることではない。
既に各地に分散している集落の住民、親戚、友人などを再び集めることは、同窓会を開くようなわけにはいかず、仕事、学校、病院なども関係するので、かなり困難なことだ。仮設住宅とちがって今度は5年、10年と住めるように造られる。高齢者にとっては、不自由さがなくなり、人間関係が安定するメリットもあるが、もう富岡町には帰還する可能性はないと諦めることにもつながりそうだ。
(編集注)(2013年9月28日 福島民報報道、このアンケートの結果)
「戻りたい」12%、3.6ポイント減 富岡の住民意向調査
汚染した庭石(13年8月6日)
東京電力は原発事故で汚染した庭石を買う奇特な人がいると思っているらしい。先日、知人が庭の賠償請求をしたところ、東京電力から庭木や竹垣は賠償するが、庭石は賠償の対象外とするという文書を送られたそうだ。
理由を聞くと「庭石は家や構築物とちがって管理せず放置しておいても価値が減少しないから」とのことだった。一見、理屈が通っているようだが、あきらかに、原子力損害賠償紛争審査会の「原子力損害の範囲の判定等に関する第一次指針」に反している。
指針によれば、「当該財物が本件事故の発生時対象区域内にあり、財物の価値を喪失又は減少させる程度の量の放射性物質に曝露した場合又は、該当しないものの、財物の種類、性質及び取引態様等から、平均的・一般的な人の認識を基準として、本件事故により当該財物の価値の全部又は一部が失われたと認められる場合には、現実に価値を喪失し又は減少した部分及び除染等の追加的費用について損害と認められる」としている。
審査会では、不動産も動産も賠償対象として認めているから、庭石が動かせるものと考えても賠償されるはずだ。石で出来た門柱、石づくりの蔵、建物の基礎などは賠償しているから、庭石だけ外すのは明らかに矛盾している。土地の賠償についても、汚染で不動産取引が成立しないほどに価値が減少しているから賠償しているのではないか。土地が賠償されて庭石が賠償されないのは納得がいかない。
経済産業省の「避難区域の見直しに伴う賠償基準の考え方」には、財物賠償の基本的考え方として「帰還困難区域においては、事故発生前の価値の全額を賠償する」としており、庭石などを賠償対象から除外することは一切書いていない。東京電力の庭石に関する内部基準はこれを逸脱するものだ。
賠償請求に先立って、東京電力が配布した「解説と記入例」には賠償のやり方とともに、それぞれの方式の詳しい説明が書かれている。
それによれば、「建築仕様が特殊な外構、庭木の判定表を用意し、窓口でのご説明を実施させていただきます。特殊な構築物庭木の例として数奇屋門、冠木門、兜門、四脚門、庭園、石積み塀、土塀、築地塀がある」としている。別のページにはイラストを使って説明があり、門や庭園のイラストと説明書きがついている。
それによれば「庭園とは池を中心にして、築山、庭石、草木を配し、四季折々に鑑賞出来る景色が造形されたもの」となっている。イラストの中心となっているのは庭石や石灯篭である。ちなみに東京電力は自宅の庭を庭園として認めている。
ところが、後で配布された「現地評価のご案内」および「現地評価調査票」によれば、「庭木は原則として、樹種・高さに応じた単価に数量を乗じて算定する」「草花・芝および苔については、単価に面積を乗じて算定する」となっており、あたかも山林の植林を評価するような手法を定めており、「解説と記入例」で庭園を芸術作品と考えたのとは、まったく反対の考え方である。
庭石については、鑑定人は庭石を対象外として庭園を鑑定すると書いてある。約束している判定表もいまだに示されていないし、窓口での説明も聞いていない。こんなやり方で評価することを認める鑑定人には、誰も庭は鑑定してほしくないだろう。
東京電力が「庭石は家や構築物とちがって、管理せず放置しておいても価値が減少しないから」としていることについても疑問がある。苔のついた庭石は適当な水分を与えておかないと苔が消えてしまう可能性がある。水分を与えるときも、塩素の入った水道水を大量に与えないなど注意を払って管理していた。また、石についた落ち葉を適当に取らなければならない。草に覆われたり蔦が絡んでしまったりする場合もある。苔むして古びた趣のある石灯篭は日本庭園愛好家の憧れである。
今のところ、東京電力が前向きな対応をすることは期待薄だ。なぜなら理屈で正しくとも、それが多数の人からの抗議でなければ東京電力には圧力とならないし、メディアも取り上げない。国や県も東京電力への指導には力が入らない。理屈としてはかなり無理があると思われることも、大勢の被災者の声となれば、国や県は動く。
庭園と言えるような庭の所有者はそれほど多くはない。紛争解決センターADR)に申立てをするのが、一番早い解決方法だ。しかしその高齢者の知人は「この歳になって東京電力の雇った弁護士相手に争いごとをしていくのは、正直しんどい」ともらしていた。
北村 俊郎(きたむら・としろう)67年、慶應義塾大学経済学部卒業後、日本原子力発電株式会社に入社。本社と東海発電所、敦賀発電所、福井事務所などの現場を交互に勤めあげ、理事社長室長、直営化推進プロジェクト・チームリーダーなどを歴任。主に労働安全、社員教育、地域対応、人事管理、直営工事などに携わった。原子力発電所の安全管理や人材育成について、数多くの現場経験にもとづく報告を国内やIAEA、ICONEなどで行う。近著に「原発推進者の無念–避難所生活で考え直したこと」(平凡社新書)
(2013年9月30日掲載)
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