福島原発、汚染水は健康への影響なし
不必要な騒ぎをする前に
東京電力福島第一原発の事故処理で、汚染水問題が騒がれている。このコラムで私は問題を考えるための図を2つ示し、以下の結論を示したい。
「現在の海洋汚染は深刻なものではない。放射性物質の海水の濃度は、1960年代の核実験が繰り返された時期より少なく、飲料水の放射性物質の基準値より低いところが大半だ。警戒はするべきだが、健康を懸念して騒ぐ必要はない」
汚染水が社会にリスクを与えるとしたら、海洋の放射性物質による汚染、それによる海洋生物の汚染、それを食べることによる健康被害という順番による影響が考えられるだろう。それ以外のリスクは想定できない。しかし、そうした経緯で病気になる可能性は現時点で極小だ。
この事実を考えた上で、この対策を考えるべきであろう。2020年に東京での五輪開催が決まった。招致活動では汚染水がたびたび言及され、その封じ込めが国際公約化してしまった。「原発の港湾の0・3平方キロメートルの中に完全に汚染水はブロックしている」と、安倍首相は招致をうながす演説で強調した。
しかし「流失ゼロ」は大変なコストと手間がかかる。必要な情報を吟味し、対策の検討が必要ではないだろうか。
海洋汚染の現状
図表1は宮城県、福島県、茨城県での一番警戒すべき核物質セシウム137の海水濃度を示したものだ。左軸に1リットル当たりベクレルの量を示し、右軸に時間を示した。(出典「福島県沖合を中心にした海洋放射能汚染の現状」、海洋と生物、2013年6月号掲載)公益財団法人海洋生物研究所などの調査だ。観測点は、福島沖30キロ前後から円系に広がっており、大体同一点の30カ所以上という
図からは以下の事実が読み取れる。
1の1・事故直後に、放射性物質の海水の濃度は一時数10〜100ベクレル・リットル(Bq/L)前後まで跳ね上がった。(10の2乗のところ)一部の海水面では194Bq/Lまで観察された。
それまでは、0・001-0・003Bq/L前後だった。事故直後には、通常値から比べると大変大きな上昇があった。しかし、その減少のスピードも早い。海水で薄められるためだ。
1の2・海水の濃度は半年後、1Bq/L前後、1年後0・01Bq/L前後まで下がっている。2013年の調査でも緩やかに下がり続けている。表には記されていないが、2013年に入っての濃度の分布は0・01Bq/L以下という。
1の3・濃度減少のペースが途中で緩やかになっている。
1と2から水素爆発による放射性物質の放出の後で、それと同レベルの規模の放出はないことが推定できる。この減少は、海によるセシウムの拡散のためであろう。
3で減少ペースが緩やかになっているということは、おそらく何らかの形で新たな放射性物質の流入が起こっているのだろう。その経路の一つが今騒がれている地下水であろうと、専門家は前から言っていた。漏洩は今に始まったことではなく、事故直後から起こっているらしい。これはなぜか広く知られていない。
ただし、この数値を見れば、この水を取り込むことによる人間への健康被害の可能性は極小である。飲料水の放射性物質の基準は10Bq/Lだ。現在の海水はそれ以下になっている。
過去の海洋汚染との比較
次にこの現状を過去との比較で検討することが必要になる。米国の学術誌掲載の論文「 ‘Cesium, iodine and tritium in NW Pacific waters ; a comparison of the Fukushima impact with global fallout‘ Biogeosciences, 10, 5481-5496, 2013.」(要旨)に掲載の図表2を紹介する。これは北西太平洋の海水の放射性物質セシウム137の濃度の推移だ。
この図から言えることは次の事実だ。
2の1・大気圏内の核実験が禁止されたのは1963年だ。放射性物質の濃度は(中国は1980年まで内陸部で実施)1960年ごろ最大で0・1Bq/L(100mBq/L)前後だった。(図表の目盛りはmBq/L、1mBq=0・001Bq)核実験がされなくなったことで、濃度は緩やかに下がり続けている。
ちなみに、70年代の中国の核実験、86年のチェルノブイリ原発事故の際には、その濃度が上昇していることが読み取れる。
2の2・福島原発事故前の2010年ごろは0・001-0・003Bq/Lで推移している。
今の福島沖の海水の核物質の濃度は、1970年代と同じ程度だ。この時期に海産物、また海の利用によって、ガンなどの健康被害が広がったという報告はない。だから汚染水問題で健康被害が起こる可能性は極小であると私は考えている。
ちなみに余談ながら、福島原発事故による海洋汚染で、テロ国家としてアメリカなどの太平洋諸国に損害賠償をされると主張する人々がいた。
人工の核物質の放出量は、ほぼ推定できる。福島原発事故で太平洋に流れ出た核物質は、太平洋全体に占めるそれの1〜2%にすぎない。残りは核保有国が北半球で行った核実験やチェルノブイリ原発事故、規制前の1960年代に行った放射性物質の海洋投棄によるものだ。他国が日本の事故を非難できる立場にはない。この問題が騒がれる可能性はないであろう。
巨額の対策に意味があるのか
もちろん汚染水問題では、核物質の自然への流失はできるだけ避けなければならないし、また海産物への影響も注視しなければならない。
調査結果は、2013年時点で、福島沖の海産物の放射線量は事故前よりやや高い。しかし食品の放射性物質基準(1キロ当たり100Bq)を下回り、食べても安全という。ただし出荷はまだ制限されている。水産物を食べ、ガンなどの放射能が影響した病気が増えることはないだろう。
これらの事実を考えると、汚染水問題で健康被害が起こる可能性は極小である。そのために騒ぐ必要はないと私は考える。
それなのに汚染水を完全遮断しようという計画が出ている。国は遮水壁などの対策費に470億円も支出する。また除去に使った水をタンクにためているが、いくつかのものから水が漏れているという。それらの建て替えも検討している。
こうした巨額の対策費用の支出の意味はあるのだろうか。水を海に流したとしても健康被害は起きないはずだ。2011年3月でさえ福島の海は危機的な状況にはならなかった。管理した形で少しずつ汚染水を海に排出すれば、海洋汚染は人体に影響のない程度にとどまるだろう。今は原則として汚染水をすべて溜め込んだり、地下水をすべて遮断しようとしたりしているから、問題解決が難しくなっているのだ。
福島県によれば、県内漁港の水揚げ高は2010年に約100億円だ。海を汚すことは心情的、倫理的には許されない。しかしカネだけで考えれば、水を流して補償をした方が、総対策費用は安くすむ。こうした負担は東電が国営化している以上、国民全員の負担になってしまう。政治の決断が必要なのだ。
原発事故対策では、世論の恐怖感に押されて、過重な支出が行われることだらけだ。科学的事実を検証した上で、冷静に問題を考えることが必要であるはずだ。今回の汚染水問題も、そうするべきであると、私は考えている。感情に流されてはいけない。
そして最後に残念なことを述べたい。情報を提供する重要な道具であるメディアの問題だ。日本で海洋の放射性物質の拡散、漁業への影響について、詳細なデータを持っているのは、海洋生物研究所、放射線医学総合研究所など、数研究機関に限られる。この海洋と水産物の放射能調査は、日本のメディアではほとんど知られず、訪問取材もニューヨークタイムズ、私以外にはわずかという。
日本のメディアの記者の多くには文献調査をした上で、取材をするという知的な活動が乏しい。まず現場に飛び込む、記者クラブ配布の資料を読むという頭を使わない単純行動をする。だから放射能と原発をめぐる記事が、感情先行で恐怖感を煽り、質の低いものが多いのだろう。
(このコラムは前半のデータ部分のご教示は、海洋生物研究所日下部正志博士のご協力・御教示をいただいた。感謝を申し上げる。その解釈と後半の対策意見は石井個人のものであり、博士のご見解ではない。)
(2013年9月9日掲載)
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