原発は「トイレなきマンション」か — 核廃棄物を考える【言論アリーナ】
エネルギーのバーチャルシンクタンク「GEPR」(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)を運営するアゴラ研究所は、インターネット放送「言論アリーナ」という番組を公開している。8月27日は午後8時から1時間にわたって、『原発は「トイレなきマンション」か?-核廃棄物を考える』を放送した。
(映像はサイト右部とYouTube)
原子力委員会の委員長代理である鈴木達治郎氏、元経産官僚で政策家の石川和男氏が出演。モデレーターは、アゴラ研究所の池田信夫所長が務めた。
「トイレなきマンション」論を乗り越える
原子力委員会は国の原子力政策の立案を担う委員会で、核廃棄物処理や核燃料サイクル政策も担当する。鈴木氏は原子力工学の研究者から行政に転じて、現在は原子力委員会で活動する。積極的な情報発信、国民との対話を行っている。
石川氏は、元経産官僚で、資源エネルギー庁で電力・エネルギー計画の立案にかかわりました。現在はシンクタンク研究員などの研究活動をしながら、中立の立場で政策を考える「政策家」として活動。近著の『原発の正しい「やめさせ方」』(PHP新書)では、原発を稼動させ、それによる利益を確保して、柔軟に変化に対応することを訴えている。
「トイレなきマンション」とは30年前以上から繰り返される原子力政策批判の言葉。適切に管理されなければ、人体に悪影響を与えかねない使用済核燃料の処分方法が決まらないことへの疑問だ。
確かに最終処分の方法はなかなか決まらない。しかし、国は無策という訳ではなく、議論と政策の蓄積がある。(記事「【解説】核燃料サイクル政策の現状—全量再処理方策の再検討が始まる」)批判で思考を停止するのではなく、問題を考えて障害を乗り越える道を考えるべきではないだろうか。
汚染水問題の現状
この番組の冒頭で、関心を集める福島第一原発の汚染水問題について、鈴木氏からの報告があった。問題の担当は東京電力であり、原子力委員会はその職務の上で公開情報を集め、関連報告を担当部局から受けるのみという。
現時点(13年8月27日)での状況は次の通りだ。
1・現状は汚染水を止める応急処置に追われている。
2・汚染水の漏洩が複数で起きている。冷却で用いた水などが、原子炉建屋の底、トレンチ(水などの通路)などにたまり、コンクリートなどの割れ目からしみ出しているもよう。また汚染水を構内のタンクに入れて処分方法が決まるまで保管することになっているが、そのタンクから漏れてしまった。そしてこの地域に流れ込む地下水によって、こうした汚染水が海に流失している。ただし全貌は不明だ。
3・漏洩した放射性物質の推定は、トリチウムで42兆ベクレルだ。これは通常の原子力発電でも年間20兆ベクレル出る物質で問題はない。問題はストロンチウムが10兆ベクレル、セシウムが2兆ベクレルという点だ。これらの物質は通常の運転ではほとんど出ない。注意が必要である。
4・現在、汚染水は堤防で外洋から仕切られた湾内にとどまっている。しかし外洋に出て海洋汚染になりかねないためモニタリングを強化している。外洋に汚染水が漏れ出れば、それは拡散されるが量、海流の状況で汚染状況は変わる。これが魚介類などに蓄積され、それを食べるなどの場合には、長期的には人体に影響があるだろう。
5・昨年11月に東電が取りまとめ、原子力委員会が中心となって取りまとめた原発事故収束のためのロードマップで、汚染水と地下水対策も行うことを計画し、実際に対応してきた。遮水壁はつくりつつあったが、まだ建設中で完全ではなかった。
6・昨年時点で危機的状況とされた、使用済核燃料の4号炉からの取り出しなどに、対策が集中して、後回しになった面があるようだ。
7・今後はモニタリング強化、汚染源の特定と漏れを止めること、そして流れ込む地下水を壁などで遮断することになる。
東電の破綻処理が必要 — 池田氏、石川氏
これらの状況を受け、池田氏は「原発事故の責任を東電に引き受けさせ、事故対策も行わせる現在の仕組みがおかしいのではないか」と指摘した。現在は東京電力を存続させ、事故処理、賠償、そして電力の発送電事業を行わせ、原則として賠償に限って国が「原子力損害賠償機構」によって支援を行う。しかし昨年には資金が足りなくなって、国が同機構を通じて資本注入して、事実上東電を国営化した。
しかし、この結果、「責任があいまいになった」(池田氏)。賠償はすべて東電に請求され、そして事故対策もせねばならない。これは働く人の士気を壊しかねない。賠償の支払いも、過重な面がある。さらに事故対策費が賠償する同一企業から出るために、削減されかねない危険をはらむ。
東電の賠償スキームでは、その見直しを1年以内に行うことが決定されている。池田氏は、これを見直して、東電の破綻処理、東電に投融資した金融機関の債権放棄、事業のグッド(電力事業を行う部分)と、バッド(賠償・事故対策を行う部分)の分離をするべきと、提案した。
石川氏もそれに同意。「このままでは、国民負担が増大しかねない。原発の活用も含めて、事故処理と被災者・福島救済のために、東電の処理の見直しが必要だ」と指摘した。
核燃料サイクル、前提条件が変わった
議論は、核燃料サイクルに移った。(前述の解説記事参照)
核燃料の処理には、「全量再処理」、使用済核燃料を処理せず地中に置く「直接処分」、両者の「併用」という方法がある。ただし、いずれを選択した場合も廃棄物は最終的には地中に埋め、処分することになりそうだ。核廃棄物の無害化には数万年が必要になるとされる。そのために人の手を離し隔離するという考えだ。
米国では直接処分が検討されるなど、各国ごとに選択は違う。どの国でも、高レベル放射性廃棄物は原則として自国での処理が原則となっている。そしてフィンランド以外では、その最終処分地は西側主要国では決まっていない。
解説に示したように、日本では高速増殖炉を使うことで、エネルギーを使い続けること、核兵器の原料となるプルトニウムを持たず平和利用を内外に示すことから、全量再処理が計画された。しかし増殖炉開発の遅れなど、その前提条件が崩れている。
霞が関の関係省庁では、2000年ごろ以降は「「核燃料サイクルはうまくいかないのではないか」という雰囲気が流れていた」と、石川氏は指摘した。この政策の前提となる高速増殖炉の実用化が遅々として進まない。もんじゅが1995年にナトリウム漏れ事故を起こして稼動がそれ以来ほとんどできない。1990年代から計画された再処理工場施設も、2000年初頭の稼動計画が遅れている。
民主党政権では12年秋、古川元久国家戦略相が主導して、「エネルギー・環境会議」が「革新的エネルギー・環境戦略」を打ち出した。そこで「原発ゼロ」を掲げたのに、閣議決定をしないという混乱を見せた。そこで核燃料サイクルについて、これまでの政策だった全量再処理からの再検討が盛り込まれた。
それを受けて原子力委員会も、柔軟な対応のため、全量再処理以外の選択肢を検討することを政府に勧告している。(解説参照)
撤退できない政治と行政の問題
しかし、ここで問題がある。サンクコスト(事業投下資金)の回収問題が起こってしまうのだ。これまで、国・電力会社は、もんじゅで1兆円、六ヶ所工場で2兆円の費用を投じた。撤退はこの資金が無駄になる。「政治決断できないという日本の政治、先送りという官僚機構の特徴から考えると、やめるという決断は難しいだろう」と、石川氏は指摘した。そして六ヶ所再処理工場は今年度中の稼動がようやく行われそうな状況で、「それの状況を見極めるべき」という。
急な政策転換は制度の見直しが必要になる。例えば、使用済核燃料は、今の段階では、再処理をすれば将来の燃料に転じるため、会計上は「資産」と見なされている。それが、再処理をやめれば「ゴミ」になってしまう。「どの結論を選ぶにしても準備が必要になる」(鈴木氏)。
池田氏は「もんじゅ」の失敗から、コストの点から安い直接処分も検討すべきと、述べた。ウランの埋蔵量は、21世紀中になくなるとされた40年前の予想より伸びている。またGEPRで紹介されたように海水ウランを取る方法も開発されている(「期待される海水からのウラン捕集研究の現状〜日本の豊かな海の活用法」)。統合型原子炉(IFR)という最新型のプルトニウムを使う高速炉も開発されている。(池田信夫「書評・原子力2・0」)
核燃料サイクルの論拠となった40年前の前提である「ウランがなくなる」「高速増殖炉は近く開発される」が成り立たなくなる以上、再検証が必要になると、池田氏は意見を示した。鈴木氏によれば、高速増殖炉は「50年という期間になれば可能だが、20−30年以内に実用化されそうにない」という。ただし研究は進めるべきと、鈴木氏は強調した。
残る安全保障の議論
池田氏、石川氏は揃って、安全保障からの観点を気にした。「余剰プルトニウムを持たない」という政策はどこまで、守らなければならないのかという疑問だ。鈴木氏は、核テロの懸念が国際的に広がる中で、管理の厳格化は維持すべきだと述べた。
最終処分について、昨年秋に日本学術会議は、「安全の確保ができるかどうか、不確実性が高いので、最終処分法が確認できるまで暫定保管」という意見を示した。(池田信夫氏の解説「放射性廃棄物についての日本学術会議報告への疑問」)
水銀やヒ素などの毒物は管理されず、垂れ流されているのに、プロトニウムなどに過剰に関心を向けるのはおかしいと、池田氏は述べた。「核廃棄物は、過剰な恐怖が人々の意識に定着して、合理的な選択が難しいのではないか」と、冷静に問題に向き合うべきことを指摘した。
石川氏は現在の政策が、電力自由化などを進める一方で、原子力では国の関与が必要な案件が核燃料サイクルを含めてますます強まっていると述べた。「原子力について、どのような方向を進むか、政治の意思決定による再定義が必要だ」と、提言した。
最後の視聴者アンケートでは、「現在の核燃料サイクルを進めるべきか」という質問に「はい」「いいえ」の2つを準備した。すると「いいえ」が73%を占めた。政策の見直しは世論の厳しい視線の点からも、必要になりそうな状況だ。
(アゴラ研究所フェロー 石井孝明)
(2013年9月2日掲載)
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