二兎を追った悲劇 — ドイツの電力自由化と再生可能エネ促進
先ごろドイツの有力紙Die Weltのインターネット版(2013/1/10)に、「忍び寄る電力供給の国有化」と題する記事が掲載された。脱原子力と再生可能エネルギーの大幅拡大という「エネルギー転換」(Energiewende)を果敢に進めるドイツで、なぜ「電力供給の国有化」なのだろうか。
Die Welt紙は「エネルギー転換はコストを度外視すれば成功するだろう。しかし政府が助成や優遇措置により現在の電力市場に介入すればするほど、電力システムは収拾がつかなくなる」と述べている。ドイツの電力システムで今、何が起きているのか。
再エネへの優遇がゆがめる欧州電力市場
ドイツは固定価格買取(FIT)制度により再生可能エネルギーを優遇してきた。さらに「優先給電」という系統利用上のルールも導入し、再生可能エネルギーによって発生した電気を優先的にグリッドに流すこと、すなわち再生可能エネルギーの発電量が増えた分だけ在来の火力発電の発電出力を絞って需給バランスや送電ルートの潮流を調整することを定めた。
ドイツの電気事業は発送電分離されており、発電・小売分野は完全に自由化されている一方、送電系統を保有・運用する送電系統運用会社(TSO: Transmission System Operator)の4社は連邦政府の規制下におかれている。FITによる再生可能エネルギーの買取義務を負っているのもこれらのTSOである。
TSOは送電系統を運用するのが仕事であり、電気を需要家に小売できないので、固定価格で引き取った再生可能エネルギーの電気を電力市場(EEXの電力スポット市場)で小売事業者等にすべて卸売することになる。その結果、電力市場では何が起こるだろうか。図1は2008年と2012年のEEXスポット市場価格・取引量の推移をプロットしたものだが、再生可能エネルギーの増大にしたがって、市場で卸売される電力量が増加するのと同時に、顕著な取引価格の低下が生じていることがわかる。特に2012年の年末になってからの電力取引価格の低下は著しく、ついには負の価格(ネガティブプライス)さえ発生している。
(図1-A・2008年の推移(年間平均ベースロード価格:65.73 EUR/MWh))
(図1-B・2012年の推移(年間平均ベースロード価格:42.60 EUR/MWh)
(赤線:ピーク取引、黒線:ベースロード取引)
【出所】EEX ホームページ
TSOは引き取った再生可能エネルギーの電気を余らせるわけにはいかないので、取引市場でとにかく売りきろうとする。EEXへの売却価格がFITでの買取価格より安くても、差額は、サーチャージとして小売電気事業者に転嫁できるので、EEXの市場価格がどうなろうと、TSOは全く困らない。再生可能エネルギーによる発電量が余剰となるほど何とかして売りきろうとするから、ネガティブ・プライスすら発生することになる。しかし、手厚い政策補助を受けた電源に起因する余剰分の電気が「投げ売り」されて、価格決定を支配するような電力市場は、明らかに歪んでいると言えるだろう。
ガス火力や石炭火力を駆逐しないための苦肉の策
現行のドイツの仕組みでは、再生可能エネルギーが増加するほど、卸電力市場の顕著な価格低下につながるため、在来のガスや石炭火力発電所の収益性は圧迫される。「エネルギー転換」という国策の一環として、火力発電よりも再生可能エネルギーを優遇しているのだから当然の結果でもある。しかし、その帰結として火力発電所が電力市場から駆逐されてしまうとどうなるのだろうか。
図2は50Herz Transmission社というドイツ東部のTSO(2012年の域内最大ピーク需要1,396万kW)が買い取った風力発電の発電量を示したものである(同社エリアに2011年末までに設置された風力発電設備容量1140.8万kWを基準(=100)とする相対値をプロット)。風力発電の電気は不規則に変動し、出力が設備容量の5%にも達しない時間帯が30%程度もある。
このように風力発電の発電量が少ない時間帯には、在来の火力発電によるバックアップやエリア外からの電力輸入によって、電力供給をまかなわなければならない。また、需要と無関係に出力ゼロになることもあるわけであるから、風力発電が増えたからと言って、既存の火力発電設備は廃止できないことになる。つまり、風力発電の優遇によって在来の火力発電が市場から駆逐されてしまえば、風力発電が不調の時期には、その分だけ供給力不足が生じることになる。
(2013年1月1日〜2013年2月16日)
このため、ドイツ政府は2012年末になって、電力不足に備えてTSOが一定量以上の負荷遮断契約(需給ひっ迫時に緊急的に需要を削減する契約)を締結することを法制化した。さらに2013年からは、火力発電所を保有する発電会社に許可なく設備を廃止することを禁じるとともに、系統安定上必要であると認定した火力発電所については5年間の運転継続を命じ、この間の火力発電の維持にかかわる費用を政府が補てんすることを決定している。
加えて2013年6月からは、新鋭のガスコンバインドサイクル火力発電所などの建設に対して、何らかの助成を行うことまで検討しているという。再生可能エネルギーを優遇・助成する措置を進めた結果、皮肉なことに「系統を崩壊させないように」(Die Welt紙)火力発電への助成も行うことが必要になったわけだ。
■発送電分離とFITの帰結は民間による電気事業の終焉?
ドイツの事例は、FITによる再生可能エネルギーへの助成・優遇を始めると、その帰結として火力発電への助成・優遇措置も同時に必要となってくることを示している。ドイツは電気事業の発送電分離と全面自由化を行い、発電事業者は供給義務を負っていない。そのためにか再生可能エネルギーによる電気の投げ売りによって、火力発電設備の収益性が悪化すれば、既存の発電事業者は撤退するだろうし、新規参入などは到底望むべくもない。それを引き止める、あるいは新規参入を何とか呼び込むために政府が介入し、助成・優遇を行わざるを得なくなっているわけだ。
電力取引所であるEEXは政府介入に対する懸念から、「政府・規制当局からの介入が増加するほど、投資家にとっての不確実性が増大することになり、究極的には投資意欲は損なわれる」との声明を発表している(2013年2月)。冒頭紹介した通り、Die Welt紙も政府が市場に介入すればするほど取引価格が歪められて、電力システムはかえって手に負えなくなると警告する。
このような政府の介入は何をもたらすのか。市場価格や火力発電設備の稼働率が低下しても発電事業者に損失が発生しないようにするためには、少なくとも火力発電所の固定費・可変費の合計と市場からの収入の差額を政府が補填する必要がある。そうなれば火力発電事業者にとっても電気が市場で売れさえすればよく、EEXの市場価格は意味を持たなくなっていく。究極的には前述したTSOによる再生可能エネルギーの投げ売りとあいまって、市場価格が頻繁に下限に張り付くような状況が生じる可能性がある。
結果としてEEXの取引価格とは全く無関係に再生可能エネルギー事業者へは固定価格による支払いがおこなわれ、政府が認定した火力発電事業者にはその固定費・可変費(おそらく適正利潤も加えなければ事業者は撤退するだろう)の支払いが行われることになる。これらが電気代や税金にすべて上乗せされるから、電力市場を全面自由化して発送電分離をおこなった競争政策の意味は完全に消失して「元の木阿弥」になるだけのようにも見える。
ところがEEXは国際市場であるから「元の木阿弥」ではすまない。ドイツ国内の事業者により投げ売りされる再生可能エネルギーと火力発電の余剰電力を、欧州諸国がEEXで安く買い叩く構図になるから、こうして発生する国際収支上の損失まで、ドイツ国民が負担することになる可能性がある。
Die Welt紙の「欧州域内電力市場でのドイツの電力供給の忍び寄る国有化は劇的な結果になる。(中略)ドイツの電力輸出はエネルギー転換の発表後の一年間に4倍となったが、国民経済的なメリットは伴っていない」との指摘もうなづける。もっともこれはドイツが周辺諸国の電力システムをあたかも「巨大な蓄電池」として活用しながら、自国内の再生可能エネルギーを増やしてきたツケとも言えるのかもしれないが。
2001年に発生した米国カリフォルニア州の電力危機では、市場設計の欠陥が民間電力会社の経営を半年という短期間で破綻させるに至った。ドイツの電気事業もこのまま補助金漬けの電源のウェイトが拡大していくならば、およそ民間事業とは言えない代物に変貌してしまうのではないか。
送電事業は国営化へ?
再生可能エネルギーを増加させていくためには、送配電系統の強化も欠かせない。ドイツの送配電系統が抱える課題については稿を改めて詳説するが、現状では必要な送電設備投資が順調に進んでいるとは言いがたい。ドイツでは主要なTSO4社のうち2社が、オランダやベルギーの国営TSO(TenneTおよびElia)が出資する子会社となっているが、これらの国では国費を投じてドイツ国内の送電線を建設することは、有権者への説明がつきにくいという。
このためドイツ連邦政府は、TSOの新規設備に対する事業報酬率を引き上げたり、費用発生時点で早期の投資回収を認めたりするなど、投資促進策を講じようとしているが、将来的にはドイツ連邦営のドイツTSO設立というオプションも検討の俎上に上がっているといわれる。
ドイツで今起こっていることは、電力自由化政策と再生可能エネルギー促進政策という、本来矛盾しているものを無理矢理両立させようとした帰結として、再生可能エネルギーだけでなく在来式の火力発電から送配電系統に至るまでの電力システムのすべてが、国の助成措置なしでは成り立たなくなってしまうという事態だ。
もちろん、その国の助成は税金だから、最後は国民がつけを払うことになる。Die Welt紙は「すでに手に負えなくなりつつあるエネルギー転換の結末に対して、メルケル連立政権は責任を負う」と結んでいるが、FITによる再生可能エネルギー導入拡大に加えて、電力市場の全面自由化・発送電分離をこれから始めようとする日本が、そこから何も学ばないとすれば、過失責任どころでは済まされないだろう。
<参考文献>
■Die Welt: “Energieversorgung wird schleichend verstaatlicht” 記事「エネルギー供給、段階的国有化へ」(2013年1月10日)
■ Die Welt: “Energiewende wirft den Klimaschutz zurück” 記事「エネルギー革命は気候変動を送らせるのか」(2013年1月10日)
■Reuters: “UPDATE 1- Germany legislates to help prevent power blackouts”
記事「停電を避けるドイツの法規制」(2012年11月29日)
電力の事業者間取引市場、発電の適正化、容量調整のメカニズムにおけるヨーロッパ委員会への欧州電力取引市場からの回答(2013年2月7日)
■ドイツ連邦経済技術省プレスリリース”Rösler: The Federal Economics Ministry has done its homework for the energy reforms.” ( 2012年12月)
■David Buchan, “The Energiewende : Germany’s gamble”, Oxford Institute for Energy Studiesエネルギー改革—ドイツのギャンブル(2012年6月)
(2013年3月4日掲載)
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