シェール・ガス革命とその影響

2013年03月04日 14:00
アバター画像
和光大学経済経営学部教授

はじめに

筆者がシェール・ガス革命について論じ始めて、2013年3月で、ちょうど4年になる。米国を震源地としたシェール・ガス革命に関して研究を行っていたエネルギー専門家は、日本でも数人であり、その時点で天然ガス大国米国の復活を予想したエネルギー専門家は皆無であった。このようにいう筆者も、米国におけるシェール・ガス、シェール・オイルの生産量の増加はある程度予想していたものの、筆者の予想をはるかに上回るスピードで、シェール・ガスの生産コストが低下し、生産量が増加した。

2012年時点においては、米国の天然ガス生産量の3割はシェール・ガスが占め、シェール・オイルの生産量も100万b/d(バレル・パー・デイ:1日当たり生産バレル)を超えている。すでに、米国の天然ガス生産量は、2009年にロシアを抜いて世界最大となっており、IEA(国際エネルギー機関)の予測では、2017年にサウジアラビアを抜いて世界最大の原油生産国となり、米国のエネルギー自給は達成されると見込まれている。

世界最大のエネルギー消費国であるとともに、世界最大の石油輸入国である米国が、エネルギー自給を達成するのみならず、LNG(液化天然ガス)輸出国となるならば、米国の最大の輸入品目である石油・天然ガスの輸入量減少に伴う貿易赤字の改善につながる。さらには、中東原油依存脱却によって、中東地域の安全保障を目的とした巨額の軍事費投入削減をもたらすこととなり、財政赤字削減の効果も生じる。

これまで、国際政治は、在来型原油埋蔵量の3分の2が中東地域に集中していることに伴う地政学リスクに翻弄されてきた。しかし、シェール・ガスをはじめとする非在来型(Unconventional)の石油・天然ガスが、米国以外にも多くの国に存在するということなると、国際資源地図を大きく変貌させる可能性を秘めている。

シェール・ガス革命により変貌する世界の資源地図

21世紀に入り10年以上を経過した今も、在来型原油埋蔵量の3分の2は、中東地域に集中する。1970年代の2度にわたる石油ショックを契機としてサウジアラビアを盟主としたOPEC(石油輸出国機構)の石油政策は、原油価格と国際石油情勢に大きな影響を与えてきた。しかし、わずか2年ほど前から米国を震源地として、中東地域の石油・天然ガス埋蔵量をはるかに凌ぐシェール・ガス、シェール・オイルと呼ばれる非在来型天然ガス、非在来型石油の生産が活発となっている。

米国のテキサス州をはじめとした南部の産油州において開発が急速に進んでいるシェール・ガス、シェール・オイルとは、頁岩(けつがん)と呼ばれる硬い岩盤に含まれているメタン(天然ガスの主成分)、軽質原油、コンデンセート(粗製ガソリン)である。従来の油層、天然ガス層とは異なり、水の浸透率が1万分の1程度と極めて低いために、井戸を掘削しても在来型の油田のように自噴せず、経済性がまったくないものとして、エクソンモービルをはじめとしたスーパー・メジャー(超巨大国際石油資本)は、開発を最初から放棄していた。

ところが、チャサピークをはじめとした米国の中堅石油企業は、メジャーのような巨大な資金力、海外の油田開発を行う外交交渉力がないため、米国国内のシェール・ガス田に、これまで既存の油田・ガス田開発で用いられてきた水平掘削(地下1000メートル〜2000メートル程度の場所でシームレス・パイプを水平に折り曲げる技術)、水圧破砕(高圧の水を岩盤にぶつけ、割れ目から石油・天然ガスを取り出す技術)、マイクロ・センシング(微妙な地震波から地下の地質構造を精密に分析する技術)等の技術を精緻に組み合わせて、生産コストの劇的な低下に成功した。

現状では、一番条件の良いスウィート・スポットにおいては、シェール・ガスの生産コストは百万Btu(ブリティッシュ熱量単位)当たり1.5ドルまで低下し、米国は2009年にロシアを抜いて、世界最大の天然ガス生産国となっている(図表1)。


(図表1)米国の天然ガス生産量(単位:10億立方メートル)


出所:BP統計2012年6月

米国ではシェール・オイル革命も始まる

米国の天然ガス価格は、21世紀初頭には百万Btu当たり10ドル〜15ドルで推移していたものが、2012年4月には百万Btu当たり1.8ドル(石油換算1バレル10.8ドル)まで暴落した。今度は天然ガスと比較して割高なシェール・オイル開発に移り、2012年に米国国内において掘削されている井戸の8割以上はシェールオイルを狙ったものとなっている。米国の原油生産量は2008年を底に急速に増加している(図表2)。

米国国内の原油生産量、天然ガス生産量は1970年にピークを迎え、減退の一途を辿り、原油価格は天文学的に高騰するという2008年に米国の投資銀行によって喧伝された資源枯渇論は、原油生産量の増加という事実の前に完全に覆されている。IEA(国際エネルギー機関)は、2012年11月12日の「世界エネルギー見通し」において、2017年までに米国が世界最大の石油・天然ガス生産国となり、米国はエネルギー自給率100%を達成し、エネルギー輸入の必要がなくなると予測している。

シェール・ガス、シェール・オイルの資源としての魅力は、頁岩という石油・天然ガスの根源岩に存在するために、現在分かっている資源量だけでも在来型の天然ガス資源の5倍以上と膨大なことである(図表3)。もはや、米国は250年〜400年にわたって石油・天然ガス資源枯渇の心配をする必要がなくなっている。


(図表3)米国の原油生産量(単位:千b/d)


出所:BP統計2012年6月

(図表3)非在来型天然ガスの資源量(単位:兆立方フィート)

  コール・ベッド・メタン シェール・ガス タイト・サンド・ガス 小計
北米 3,017 3,840 1,371 8,228
中南米 39 2,116 1,293 3,448
西欧 157 509 353 1,019
東欧 118 39 78 235
ロシア 3,957 627 901 5,485
中東 0 2,547 823 3,370
アフリカ 39 274 784 1,097
中国 1,215 3,526 353 5,094
その他 509 2,625 1,450 4,584
世界合計 9,051 16,103 7,406 32,560

出所:米国地質調査所

米国は、これまで日量1000万バレルを超える石油を輸入し、米国にとって最大の輸入品目である。しかし、石油・天然ガスの輸入が必要なくなるとすると、貿易赤字の削減をもたらす好ましい効果が生まれる。さらには中東からの原油輸入が必要なくなるならば、中東原油の安定調達のために、世界の産油地帯であると同時に世界の火薬庫でもあるペルシャ湾の安全保障を目的とした多額の軍事費を中東に費やす必要性が消失し、財政赤字の改善にも寄与する。いわば、双子の赤字の解消につながるといえる。米国では、既に天然ガス生産量の3割程度をシェール・ガスが占め、シェール・オイルの生産量も日量100万バレルを超える水準に達している。

世界に広がるシェール・ガス革命の影響

エネルギー大消費国である米国におけるエネルギー需給の緩和は、国際エネルギー市場に玉突き的な影響を与えている。米国における天然ガス生産量の増加によって、石炭火力発電から天然ガス火力発電への転換が進み、米国への輸出ができなくなったコロンビア産の石炭がアジア大洋州に流入した。日本が発電用の燃料としている豪州ニューカッスル港渡しの一般炭価格は、2013年1月時点で1トン当たり99.4ドルと、最高値の半値近くまで暴落。日本の石炭火力発電の燃料となる一般炭価格も下落して、日本にとって発電コストの低下につながっている。

シェールガスに随伴するプロパンの生産量増加によって、2012年12月時点において、米国のモントベルビュー渡しのプロパン価格は、1トン当たり400ドル程度と、サウジアラビアの国営石油企業であるサウジアラムコが日本に提示するプロパン価格CP(コントラクト・プライス)が1トン当たり1050ドルと比較すると、半値以下となっている。OPECは、2012年11月8日に米国のシェール・ガス生産の増加の影響によって、国際エネルギー需給が緩和し、OPECの原油供給に影響を与えるとしている。

OPECは、2020年から2035年にかけて米国のシェール・オイルの生産量は日量200万バレル〜300万バレル増加すると予測している。OPECは、今後は米国をはじめとしたOECD諸国(先進国)の原油生産量は、2035年には日量500万バレル近く増加すると推定している(図表4)。21世紀半ばにかけてOPEC諸国の国際石油市場におけるプレゼンスは、大幅に低下することは間違いない。


(図表4)OPECによるOECD諸国原油生産量推移(単位:百万b/d)


出所:OPEC世界石油見通し2012年9月

シェール・ガスの一つの強みは、在来型天然ガス、在来型石油と異なり、資源量が膨大であり、シェール・ガスをはじめとした非在来型天然ガス資源は米国以外の国にも幅広く存在することである(図表5)。


(図表5)シェール・ガスの資源量(単位:兆立方フィート)

国名

原始資源量

技術的回収可能資源量

中国 5,101 1,275
アルゼンチン 2,732 774
メキシコ 2,366 681
南アフリカ 1,834 485
カナダ 1,490 388
豪州 1,381 396
リビア 1,147 290
ブラジル 906 226
アルジェリア 812 230
ポーランド 792 187
フランス 720 180

出所:米国エネルギー情報局統計

中国には米国を超えるシェール・ガス埋蔵量があり、その他に欧州諸国にも莫大なシェール・ガスの存在が分かっている。既に中国の四川、貴州等において探鉱・開発が進められており、中国政府は、2020年には年間600億立方メートル〜800億立方メートルのシェール・ガスの生産を行うという意欲的な目標を掲げている。欧州諸国においてもポーランドにおいてシェール・ガスの生産が始まっている(図表6)。


(図表6)米国以外における非在来型石油・天然ガス開発動向

概要

欧州 英国南部でコール・ベッド・メタン開発
欧州 フランス南部でトタールがシェール・ガス部分的開発
欧州 ポーランドでトタールがシェール・ガス開発計画
欧州 ウクライナでシェルがシェール・ガス開発2018年
欧州 ルーマニアでシェブロンがシェール・ガス開発
中国 CNPCがコール・ベッド・メタン開発計画
中国 CNPCとBPがシェール・ガス開発
インド コール・ベッド・メタン開発
豪州 クイーズランド州でシェール・ガス商業生産
インドネシア コール・ベッド・メタン開発

出所:各種新聞報道

しかし、明るい希望をもたらすシェール・ガスではあるものの、今後の開発には多くの課題がある。第1にシェール・ガスの生産には大量の水を注入することから、内陸部におけるシェール・ガスの開発にあたって水をどのように調達するか。第2に地下に注入された水が汚染水として河川を汚染したり、飲料水を汚染する危険が環境保護団体から提起されている。第3に水圧破砕に伴う地盤沈下、地震の発生の危険性も指摘されており、フランスにおいては水圧破砕によるシェール・ガス開発が禁止される状況となっている。第4にシェール・ガスの開発にあたっては、回収率を向上させるために多様な化学物質を注入するが、そうした化学物質の人体への影響も懸念されている。

これまでにも、米国北東部、カナダにおけるシェール・ガス開発では、注入する化学物質のホーム・ページへの公表が求められている。さらに、環境保護団体の影響力が強い米国北東部においては、シェール・ガス開発によって飲料水に火が付くというネガティブ・キャンペーンも行われており(これまでシェール・ガス開発に伴う飲料水汚染の例はない)、今後は、従来にも増して、いかに地球環境保護に留意しながら、シェール・ガス、シェール・オイルの世界的な開発を進めていくか、エネルギーと環境保護の調和が、シェール・ガス開発の分野においても求められているのである。

岩間 剛一(いわま・こういち) 和光大学経済経営学部教授。専攻は資源エネルギー論。東京三菱銀行産業調査部、石油公団(現 石油天然ガス・金属鉱物資源機構)資源エネルギー・チーフ・エコノミストなどを経て現職。著書に『石油がわかれば世界が読める』(共著)(朝日新書)など。

(2013年3月4日掲載)

This page as PDF
アバター画像
和光大学経済経営学部教授

関連記事

  • 福島第一原子力発電所の災害が起きて、日本は将来の原子力エネルギーの役割について再考を迫られている。ところがなぜか、その近くにある女川(おながわ)原発(宮城県)が深刻な事故を起こさなかったことついては、あまり目が向けられていない。2011年3月11日の地震と津波の際に女川で何が起こらなかったのかは、福島で何が起こったかより以上に、重要だ。
  • こうした環境変化に対応して原子力事業を国内に維持するには、個別施策の積み重ねではなく、総合的なパッケージとなる解決策を示す必要がある。その解決策として出した提案の柱の第一は、民間主導でのリプレースが行われることであり、そのための資金調達が可能となる事業環境整備である。
  • 太陽光発電や風力発電のコストに関して我が国ではIEAなどの国際機関の研究報告結果で議論することが多いが、そもそも統計化するタイムラグが大きい事、統計処理の内容が明らかにされないためむしろ実際の入札での価格を見るほうが遥か
  • 石井吉徳
    石井吉徳東大名誉教授のブログ。メタンハドレートの資源化調査をかつて行った石井氏の評価です。「質」が悪い」「利権を生みかねない」と指摘している。一つの見方として紹介。
  • 低線量の電離放射線被曝による発がんリスクについては、議論が分かれる。低線量ではデータが正確ではなく、しばしば矛盾するため、疫学的方法のみでは評価することはできない。
  • 1997年に開催された国連気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、我が国の誇る古都の名前を冠していることもあり、強い思い入れを持っている方もいるだろう。先進国に拘束力ある排出削減義務を負わせた仕組みは、温暖化対策の第一歩としては非常に大きな意義があったと言える。しかし、採択から15年が経って世界経済の牽引役は先進国から新興国に代わり、国際政治の構造も様変わりした。今後世界全体での温室効果ガス排出削減はどのような枠組を志向していくべきなのか。京都議定書第1約束期間を振り返りつつ、今後の展望を考える。
  • 電力自由化は、送電・配電のネットワークを共通インフラとして第三者に開放し、発電・小売部門への新規参入を促す、という形態が一般的な進め方だ。電気の発電・小売事業を行うには、送配電ネットワークの利用が不可欠であるので、規制者は、送配電ネットワークを保有する事業者に「全ての事業者に同条件で送配電ネットワーク利用を可能とすること」を義務付けるとともに、これが貫徹するよう規制を運用することとなる。これがいわゆる発送電分離である。一口に発送電分離と言ってもいくつかの形態があるが、経産省の電力システム改革専門委員会では、以下の4類型に大別している。
  • 今年11月にパリで開かれるCOP21(第21回国連気候変動枠組条約締結国会議)では、各国が気候変動についての対策とCO2の削減目標を出すことになっている。日本もそれに向けて、5月までにはエネルギーミックスを決めることになっているが、あいかわらず「原子力を何%にするか」という問題に論議が集中している。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑