ポスト福島の原子力
(GEPR編集部より)
本原稿は2012年5月の日本原子力産業協会の年次総会でバーバラ・ジャッジ氏が行った基調講演要旨の日本語訳である。ジャッジ氏、ならびに同協会の御厚意でGEPRに掲載する。
原子力のメリット、デメリットを公平に並べ、エネルギーの山積する問題に対して「回答そのものではないが、回答の一部である」という意見を述べている。
ジャッジ氏は日本の要人らとの会談で、「日本はエネルギーの分野で他国に命運を委ねるような道を歩むべきではないし、原子力は重要な解決策と私は思う。しかし、日本の将来を決めるのは私ではなく日本国民だ」と話したという。
(本文)
世界人口は今後20〜30年で60億人から90億人に増加すると予測されています。この圧倒的な数字に伴うエネルギー供給の課題に取り組むために、多くの国が直面せざるを得ない3つの問題があります。
- エネルギー・セキュリティ:十分なエネルギーがあるか?
- エネルギー面での自立:そのエネルギー源はどこにあるか?
- 気候変動:人類は子孫に不利益を与える程に、気候を変えているのではないか?
これら3つの問題すべてを解決する唯一のエネルギーが原子力です。
- エネルギー・セキュリティに関して言うと、原子力発電所を建設することとなれば、その国の現在および将来のニーズと事情に適合したものにでき、かつエネルギーを1日24時間供給するベースロード電源を得ることになります。
- エネルギー面での自立に関して言うと、国内に原子力発電所が建設されることとなれば、エネルギーの価格、量、移送に関して他国と取引する必要がなくなります。
- 気候変動に関して言うと、原子力発電に伴うCO2排出はほとんどなく、現在利用可能なクリーン・エネルギーの中でもベストな電源の1つであることはよく知られています。
つまり、原子力がほとんどの国のエネルギー・ミックスに組み込まれるべきであることは、自明のはずです。
しかし福島事故は多くの国々に、原子力発電の導入に向けたステップを再考させることとなりました。福島事故以前は、スリーマイルアイランド(TMI)事故とチェルノブイリ事故が、原子力発電への回帰を再考する際に考慮すべき事故でしたが、事情を知る人々はチェルノブイリが起こるべくして起こった事故であると認識していました。チェルノブイリは、無責任な運転者によって不適切に運営されていた古いテクノロジーの結果でした。
一方TMI事故は、失敗例ではなく成功例です。原子炉に問題が生じたとき、すべてが停止し、誰も死なず、実際に負傷者は一人もいませんでした。
福島事故自体は、40年前の技術と不運な状況によってもたらされた事故です。
たとえ福島事故がなかったとしても、どの国も現時点で原子力発電を設置するかどうかを判断する上で考慮すべき政策課題があります。
- 政治:原子力は政治的なものです。
- 計画立案:福島事故がはっきりと示すように、原子力発電所の適切な立地が最も重要です。
- 技能不足:核科学や物理学に精通したスタッフや原子炉運転技術者が不足しており、この問題に取り組む必要があります。
- 資金確保:原子力発電所は高価であり、融資期間が超長期におよぶため、資金調達が難しい状況です。
- 資器材確保:検討中の原子力発電所がすべて建設されるとなると、特定の鍛造品や重要部品の供給が間に合いません。
- 核拡散:原子力発電所の運転それ自体は核拡散にあたりませんが、フロントエンド(濃縮)とバックエンド(再処理)の部分に関しては、核拡散の問題をはらんでいます。
- 廃棄物:核廃棄物を処分する最善の方法は深地層貯蔵と考えられていますが、処分サイトが選定されて完成するまでは、乾式キャスクによるサイト内貯蔵が実施されるでしょう。
- メディア:原子力についての良いニュースでは新聞が売れません。
- 放射線:放射線への恐怖は非合理的で非科学的なものであるために、それをなくすような教育は困難です。
こうした問題の難しさにもかかわらず、世界の多くの国は原子力計画の継続を選択しています。しかし、福島以前に検討の開始を躊躇していたいくつかの国(特に環境政党の影響力が強い国)ではこの機会を捉えて撤退しています。
中国、インド、トルコ、UAEアブダビ、フィンランド、オランダ、英国などが原子力計画を継続しているのに対して、ドイツ、イタリア、スイス、スウェーデンのような国は撤退しています。
開発途上国は原子力の必要性を認識してその拡大に躊躇していませんが、一方、先進国は慎重であるようです。
私は、原子力は回答そのものではないが、回答の主要な一部であると考えています。世界は多様なエネルギー源を必要としています。われわれには石油、ガス、石炭、再生可能エネルギーが必要であり、原子力が必要です。それら全てがなければ、遅かれ早かれ直面せざるをえなくなる難しいエネルギー問題に対処できなくなるでしょう。
*バーバラ・ジャッジ氏は米英で弁護士として活動。米大手法律事務所で企業の金融取引を手がけ、米証券取引委員会委員、英原子力公社(UKAEA)会長などを務め、現在はUKAEA名誉会長。(英文による経歴)
(2012年8月20日掲載)

関連記事
-
原発の停止により、化石燃料の使用増加で日本の温室効果ガスの削減とエネルギーコストの増加が起こっていることを指摘。再生可能エネルギーの急増の可能性も少なくエネルギー源として「原子力の維持を排除すべきではない」と見解を示す。翻訳は以下の通り。
-
小泉元首相の講演の内容がハフィントンポストに出ている。この問題は、これまで最初から立場が決まっていることが多かったが、彼はまじめに勉強した結果、意見を変えたらしい。それなりに筋は通っているが、ほとんどはよくある錯覚だ。彼は再生可能エネルギーに希望を託しているようだが、「直感の人」だから数字に弱い。
-
今年の10月から消費税率8%を10%に上げると政府が言っている。しかし、原子力発電所(以下原発)を稼働させれば消費増税分の財源は十二分に賄える。原発再稼働の方が財政再建に役立つので、これを先に行うべきではないか。 財務省
-
日米のニュースメディアが報じる気候変動関連の記事に、基本的な差異があるようなので簡単に触れてみたい。日本のメディアの詳細は割愛し、米国の記事に焦点を当ててみる。 1. 脱炭素技術の利用面について まず、日米ともに、再生可
-
いまや科学者たちは、自分たちの研究が社会運動家のお気に召すよう、圧力を受けている。 Rasmussen氏が調査した(論文、紹介記事)。 方法はシンプルだ。1990年から2020年の間に全米科学財団(NSF)の研究賞を受賞
-
「核科学者が解読する北朝鮮核実験 — 技術進化に警戒必要」に関連して、核融合と核分裂のカップリングについて問い合わせがあり、補足する。
-
カナダが熱波に見舞われていて、熱海では豪雨で土砂災害が起きた。さっそく地球温暖化のせいにするコメンテーターや自称有識者が溢れている。 けれども地球の気温はだいだい20年前の水準に戻ったままだ。 図は人工衛星による地球の大
-
ロシアの原子力企業のロスアトム社は2016年に放射性ヨウ素125の小線源の商用販売を開始する。男性において最も多いがんの一つである前立腺がんを治療するためのものだ。日本をはじめとした国外輸出での販売拡大も目指すという。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間