再エネ軸にした福島復興=村上敬亮資源エネ庁新エネ課長に聞く(下) — 地方産業革新の起爆剤に
「再生可能エネ、産業革新の準備は整った=村上敬亮資源エネ庁新エネ課長に聞く(上)−手厚い振興策で参入にチャンス」に引き続き、経産省資源エネルギー庁の村上新エネルギー対策課長のインタビューを紹介する。
4・新規参入を政策で支援、参入が次々と
−新しい産業の姿の芽は生まれていますか。
7月1日の施行にあわせ、早速、異業種の企業が、再エネに参入を始めました。7月25日時点での設備認定件数は約2万4000件。このほとんどは住宅用太陽光ですが、中でも、風力2件、水力2件、メガソーラーは100件など、たった1か月で、本格的な発電事業が約100事業、生まれた勘定になっています。また合計すると、既に40万kW程度の発電設備の新設が決まったこととなり、今年予想されている新規導入250万kWの1/5程度を、約1か月で達成してしまった勘定となります。
市場では既に、今までとは違う「非連続な変化」が起こりつつあります。そしてその変化への時代のニーズもあると、改めて実感しました。
−FIT以外には、どんな対策をとっていくのでしょう。
鍵は、ファイナンス。そして、規制緩和/系統整備といった事業環境整備です。
第一に、とにかく、ファイナンスが動くような環境を作らないと、市場では何も始まりません。そのためにはFITの制度設計上、一見細かくみえるような話を一つひとつ丁寧に処理していくことが重要です。例えば、「反社会的勢力であることは契約拒否事由になる」「倒産などのリスクに備え42円という価格を管財人が引き継げるような環境を作る」「資金調達上の工夫のために電力供給債権の譲渡を認める」など、金融側から見た予見可能性の高い事業環境野整備という点を制度的にクリアにしていくことは、とても重要です。
今回の制度設計に当たっても、約5600件頂戴したパブコメに対する回答の中などで、こうした指摘については細かい点であっても極力きめ細かく対応するよう心がけてきました。
この効果は、存外大きいのではないかと思います。各種ファイナンス機関が積極的に後押しても良いと思うような環境ができて、はじめて、今のさまざまな市場の動きにつながっていくように思います。
第二に、規制の合理化も強力に推し進めています。
例えば、新しい事業者が入れやすいよう工夫してみた「屋根貸しモデル」の検討も順調です。工場や店舗、住宅の屋根を発電事業者に貸し、事業者が太陽光パネルを設置して電力会社に売電、貸し手は賃料を得る仕組みです。これなら、自分で屋根にパネルを乗せるだけの資力がない人でも、屋根を貸すことで市場に間接参入できますし、何より、発電事業者の側も、人の住んでいない平地が少ない、この日本で、新たなパネル設置場所の開拓を進められます。
そこで、今回の制度設計に当たっては、これを認めることを前提に、FIT側の詳細なルール設定や、電気事業法の保安規制の実質的な規制緩和などに取り組みました。
このほか、この1年で、工場立地法の適用除外、電気事業法上の保安規制の緩和など、特に太陽光発電をめぐる法律上の障害については、その多くを取り除くことができました。今後、引き続き、例えば風車の立地をうながすため、農林水産省、財務省などのご協力をいただきながら、農地転用、国有林貸付、保安林指定解除などの問題に積極的に取り組んでいきます。地熱分野では、環境省に熱心にご検討いただいて、昨年、自然公園規制が一部緩和されましたし、国交省では、小水力のための水利権問題などにも取り組んでもらっています。
積極果敢に新たなビジネスモデルに挑戦しようと思えるような動きやすい制度環境を、規制緩和などにより徹底して整えていけるかどうか。また系統整備などの基本的な事業環境が整う見通しがあるかどうか。こうした部分を含めて、他の産業分野より魅力ある投資分野に、再生可能エネルギー市場が見えるかどうかが、決定的に重要です。
適切な価格がなければ何も始まりませんが、価格だけでも、新たな投資に向けた動きは加速しない。FITの価格を左の車輪とすれば、規制緩和や系統整備といった事業環境整備が右の車輪。両方がそろって始めて、日本版FIT号は、大きく前に向かって走り出すことになるでしょう。
図表1 グリーン投資減税の対象施設(一部)
5・再エネによる福島復興
−大規模発電は都市以外のところで行われます。地方振興にも役立つのでしょうか。
地域振興。中でも、資源エネルギー庁にとっては、福島の復興に特別な思い入れがあります。福島を「再エネ先駆けの地」とする。県の掲げるその目標の実現に、経済産業省としても最大限協力しようとしています。
そのための取組の一つが、福島県沖における、浮体式洋上風力発電の実証事業。本事業は、あらかじめ、この実証事業が成功すれば、そのまま1GW級というとても大きな規模で事業化することを前提としたAll Japanのチームが、落札しています。
成功した場合に想定している雇用規模は、約4000人。何より、洋上風力を巡る各種産業拠点の集積が自ずと起こるでしょう。洋上風車は小名浜港で組み立て海に運ぶことになりますが、世界一大きい風車を組み立てるため、日本にない、160mクラスの世界最大級クレーンを、小名浜港に設置することになると思います。これもまた、福島県やいわき市を象徴する存在になるかもしれません。
−福島の復興は全国民の支持を集めるでしょうね。ここでは浮体式という斬新なことを行いますが、なぜなのでしょうか。
図表2 福島県沖の風車の形
そもそも、何故、浮体式なのか。世界の今の洋上風力のスタンダードは着床式です。しかし、福島の近海では、十分な風が吹いてなかった。福島でやるなら、沖合に出て浮体式でやるしかなった。しかし、今、その一見不利な条件が、逆に、僕らに大きなチャンスを与えてくれようとしています。というのも、実際、提案されてきた技術を勉強させていただいてみて、とても驚くような結果となったからです。
例えば、変電所の常識を一から変える、浮体式変電所。すなわち揺れる変電所です。これは揺れないのが基本の変電技術を根本から見直すようなプロジェクトとなる。その応用範囲も極めて広い技術となるでしょう。
また、基礎土台工事で止めるのではなくとぐろを巻いたチェーンの自重を中心に固定する高度な浮体管理技術。これも、新日鉄が持つ最先端の鉄鋼素材と、日本のとある中小企業しか持っていない超高耐久性チェーンが活躍することになりました。
加えて、世界の市場をリードする高度な海中電線ケーブル技術。これは電線各社が激しい競争を繰り広げています。このように、本プロジェクトは、蓋を開けてみたら、世界最先端を競う技術のオンパレードとなっていました。
これらの技術は、もし着床式という常識的、かつ、連続的なアプローチのままだったら、いずれも不要の技術。結局日の目を見ず、社内でも商品化まで3〜4番手に眠ったままだったに違いありません。自分は、このプロジェクトを通じて、国が大義名分のあるしっかりした「非連続」な断面を提供することの大切さを、本当に教えていただきました。
−技術の話はよく分かりましたが、それで地域の方の理解は得られるのでしょうか。またエネルギーで疲弊しているところの多い、各地の経済、農業や漁業は再生するのでしょうか。
図表3 福島洋上風力の完成予想図
つい先日、本プロジェクトでも、海域調査の実施が地域の皆さんとの間で合意されましたが、本格的な実証作業開始に向けては、まだまだ超えなければならない気持ちの溝が、たくさん残されているのが実情です。僕らの側の理解はまだまだ、という感じで、毎回が勉強です。
今の経済の仕組みでは、土地や海の価値を守ることは大変難しい。そのことも実感します。漁業、農業を持続可能にするには土地の収益率を高め、維持することが必要ですが、そのためには、長い周期の時間の中で資源を育んでいかなくてはいけない。いわばゆっくり流れる「ゾウさんの時間」の世界です。他方、対する企業活動では、毎年度、一事業年度単位で利潤を最大化しなければならない、いわば早すぎる「ネズミさんの時間」で動いています。
今は、農地や漁業権を守る側も、逆に、ネズミさんの時間に振り回され、自分の立ち位置を図りあぐねているようなところがあります。事業者の側も、また、それを良いことに、経済合理性という名の下、短期の論理を、ややもすれば、そのまま「ゾウさん」の側に突きつけがちです。そのズレと辛さを、まずは地域の目線で、気持ちのレベルからしっかりと理解しないことには、何も始まらないのが実情です。
しかし、道はあるはずです。できれば、補償という形ではなく、地域の方にも直接、事業に参加して欲しい。やり甲斐と働く機会を提供したい。そして、一回限りの補償料交渉ではなく、発電量が増えれば増えるほど、地元に落ちるリターンも増える。そういう構造を何とか作りたい。ゾウの時間とネズミの時間の共存方法を考える。何か方法はあるだろうと感じています。
地域と言えば、もう一点言及しておきたいのが、地域金融機関との関係です。現在、日本の地域金融機関は、全般的に預貸率(預かり金に対して、融資した金額の比率)が低い。借りたお金を必ずしも十分に地域社会に循環させられていません。
しかし、FITは、かなり確実な資金回収を保証する仕組み。このFITが生み出すキャッシュフローから計算すれば、地域金融機関だって、かなり思い切った融資などを地元案件などに対して出来るはずです。こうして、地域の金が自ら地域で更に循環させるきっかけを作れたら、地域の活性化にも、微力ながら役に立てることになるのではないでしょうか。
図表4 再生可能エネルギーをめぐる公的融資の一例
6・競争をつくった後のイノベーションに期待
−再エネでは、新たな企業が参入し、競争が生まれる可能性があります。業界の姿は変わるのでしょうか。
私たちの狙いも、そこにあります。もちろんプロジェクト単体の採算性をみて参入する事業者も大歓迎します。でも、先ほど触れたとおり、「横展開」、つまり他のビジネスと絡めることによって、新しいビジネスを生み出す企業にも、登場して欲しいのです。先ほどのパネル付き屋根は一つの想定例ですが、蓄電できる電気自動車やハブリッド車、蓄電池やHEMS(ホームエネルギー・マネジメントシステム)といった新たな電気機器、オンライン介護をはじめとした各種サービス業との連系など、再エネと相性の良い様々な連携ビジネスがあるはずです。そうして相乗効果の高い市場を広げ合っていければ、最高です。
実は、今、エネルギー分野において、自分がかつて担当してきたIT分野と非常に似たことが起きているのではないかと感じています。
−ITでは何が起きたのでしょうか。
日本のコンピュータ産業は、歴史的に見ると、その一部をNTT、旧電電公社の調達に育ててもらってきました。ただし、そこは、技術的仕様から、発注に使う各種様式まで、すべてNTTの独自仕様に基づく、関係者の限られたクローズ・ステーク(閉鎖系)型の市場でした。さらに、日本のコンピュータ業界は、その独自仕様型の市場と同じ構造の市場を、メガバンク向け勘定系システム市場、JR向け運行管理システム市場など、主要ユーザごとにコピーし、各分野別市場を、主要メーカーが独占・寡占することで、供給側にレントを残すというアプローチをとってきました。
ところが、このやり方は、90年代半ば以降、インターネットとともに始まったオープン・ステーク(開放系)型市場との競争には全く通用しませんでした。最近では、米アップルの市場作りがその典型ですが、プラットホームを積極的に開放することで、さまざまな企業とユーザがそこに集い、ビジネスとサービスの形、さらに供給と需要のプレイヤーがダイナミックに変化させる。今成長しているのは、このオープン・ステーク型の市場であり、そこから思いもかけないジャンプやイノベーションが現れているのが現状です。
巨大企業が独自仕様で調達を行い、それに基づき供給者が仕様を決める。それが長期的取引関係と結びつくとき、ユーザの実情に即した技術の発展が促されることは否定できません。これが典型的な日本型の市場。実際、こうした市場で磨かれてきた日本のコンピュータ技術そのものが、技術レベルとして低いわけでは、決してありません。
ですが問題は、このアプローチのままでは、ある意味、国際的なイノベーションの変化から、全く取り残されてしまうということなのです。結局は、既に定義された「コンピュータ」という機能と、既存ユーザの問題意識の枠から出られないような技術しか、提供できなくなる。大切なことは、その技術に顧客がつくかどうかであり、技術自身の優劣を技術的な観点から語っても意味がありません。オープン・ステーク型のダイナミックな広がりや繋がりに慣れた顧客は、生半可なことでは、クローズ・ステークな市場には戻ってこないだろうということが、問題なのです。
—このITの市場と、エネルギーの市場がどう関係してくるのでしょうか。
このNTT型調達を、電力会社による発電設備や給電管理などの電力事業関連の調達に置き換えてみると、エネルギー、特に電力関連ビジネスは、全く同じ問題を抱えていると、最近感じています。
これまでは、電力市場自体、世界どこにいってもクローズ・ステーク型、すなわち各電力会社独自仕様の市場でしたから、このことが電力市場で、特に大きな問題になることはありませんでした。でも今まさに、スマコミやスマートメータの議論が火をつけようとしているのは、IT市場で起きたような、クローズ・ステーク型の市場から、オープン・ステーク型市場への構造変化です。
ITに続いて、エネルギーでもまた、この波に乗り損ねるのでしょうか。そんなことは絶対に許されません。FITが提供するファイナンス機会と、23円という小売価格に既に満足している消費者。この二つを梃子に組み合わせれば、色々なビジネスが可能性を持ってくるはずです。
FITが、そういう問題への気づきのきっかけになってくれないか。そうなれば言うことはありません。市場自体の構造変化・化学変化と、それを支える新たな市場参入者。この二つをそろえないまま、ただ電力自由化を進めても、せっかくの制度改正が、規制無き独占として、現在の市場体質を更に強く固定して終わってしまう恐れもあるからです。
こうした課題については、もちろん、新規参入者の方ばかりでなく、電力会社の側からも是非、強力な問題提起をいただきたい。新たな変化を自ら引き起こすための提案を行い、今の枠組みを守るのではなく、自分の資産を最大限有効に活かすような形で、電力会社自身も、日本のエネルギーの未来に取り組んでいただければと思っています。
−欧米のFITでは、太陽光パネルメーカーの育成と量産効果による価格の低下への誘導が政策目標とされました。後発の日本は産業育成など、やや方向が違うのですね。
欧米の政策目標をどう見るかは、議論があるところです。少なくとも単純な量産効果というところだけで見ると、太陽光のパネル価格は今、世界的な供給過剰による値引き合戦に陥っており、世界のどの企業にとっても採算の確保が難しい状況にあります。この状況の中、世界の7%にすぎない日本の太陽光パネル市場の国産シェアを守ることだけを考えても、パネル市場の競争戦略上、あまり意味はありません。
FITとは、あくまでも、再生可能エネルギーの導入量を増やすための制度です。特定産業の振興や、儲けていただくこと自体に、本来の目的があるわけではありません。ただし、その実現手段として、新たなビジネスや新たなプレイヤーの発電事業参入起爆剤となれば良いなと考えているということです。何とかして、新たな競争と切磋琢磨が始まるようにしたい。そう目論んでいます。また、それが結果として勝者となった産業の振興にもつながります。
もちろん、結果的に市場が広がれば量産効果も出るし、量産効果が出れば価格も下がるでしょう。そこで十分に価格が下がってくれば、最終的にはFITによる支援も不要な世代の技術やサービスが、遠からず実現するでしょう。
しかし、再三ご説明してきたように、価格の問題は、車の片輪です。地熱を掘ろうとすれば自然公園の中になる。大型ウインドファームを作ろうとすれば、人の住んでいない風況の良い平地がない。もしくは、そういう平地には電力系統がない。このように日本は再エネ振興には難しい側面があります。
日本には、日本にあったやり方で、日本流の事業環境を整備していく。そこで始めて、車の両輪が揃います。
日本には日本の国情にあった再エネ、そしてエネルギーのあり方があると思います。国民の皆さんの持つ豊かな知恵と国の持つ技術、資金のポテンシャルで、「世界に誇れる日本独自の再生可能エネルギーの形」を、つくる種を今植えたい。
もし10年後、再エネが大きく成長できたら、国民の皆さまに今負担いただいているお金が活きてきます。そのために行政ができることはすべて取り組む。総力戦です。
この点、ご理解をいただき、できれば再生可能エネルギービジネスに参加をしていただきたいのです。国民の皆さんのお力をお借りして、再生可能エネルギーを大きく育てよう。まさに、「育エネ」によって、日本は大きく変われるはず。担当課長として、そう考えています。(了)
取材・構成 アゴラ研究所フェロー 石井孝明
(2012年8月6日掲載)
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