停電はなぜ起こる
(GEPR編集部より)GEPRの提携する国際環境経済研究所(IEEI)のコラムを提供します。
私は停電を経験したことが無い。家の中で電気を使いすぎてブレーカーが落ちたことはあるが、電力会社からの電気供給が止まったという経験は、少なくとも記憶にある限り無い。父が自宅療養で人工呼吸器を使っていた頃は、停電は大いなる恐怖であり、常に予備の酸素ボンベを備えていたが、結局父の存命中に停電を経験せずに済んだことに、私は今でも感謝している。
停電を経験したことが無いために、停電がなぜ起こるかの知識、あるいは、停電した場合に何が起こるかの想像力が薄弱である。しかしこれは私に限ったことでもないようで、昨年計画停電が行われた東京に住む息子さんを心配して、大阪のお母さんが段ボール一杯のインスタント食品を送って来られたものの、全て電子レンジで温めなければ食べられないものだった、などというエピソードも聞いた。
日本は諸外国との停電時間を比較しても格段に短く、需要家1軒あたりの年間平均停電時間は16分 (2007年実績)程度と、他の先進国と比較しても格段に短いので、日本人全体が停電に対する想像力も受容力も低下してしまったことは、当然なのかもしれない。

お客さま一軒あたりの年間停電時間の国際比較
(出典)電気事業連合会ホームページ
そもそも停電はなぜ起こるのか。大きく分けて停電の原因には、二つある。
一つは、送電線の事故等により電気の流れる経路が途絶してしまうことによる停電。首都圏にお住まいの方には、平成18年8月14日、旧江戸川にかかる東京電力の送電線(江東線)にクレーン船が接触したことで起きた停電をご記憶の方もいらっしゃるのではないだろうか。
鉄道や株式市場にも影響を与え、139万1千軒の供給支障をもたらした大きな事故ではあったが、影響を受けるエリアは当該系統に限定されており、復旧までに要した時間は3時間ほどだった。実際に断線した電線の補修には3日を要したが、給電所が送電の迂回路を検討し、短時間での再送電に成功したのだ。
送電設備故障による停電は、地域が限定的であり、復旧までの時間は相対的に短いと言える。
もう一つの停電は、需給のアンバランスから来る「系統崩壊」によるものだ。電気は貯蔵できないので、発電量と消費量が常に均等していることが求められ、これが維持できないと電気の周波数が変動する。周波数という言葉は一般的になじみが薄く、西日本では60Hz、東日本では50Hzを基準としており統一されていない、ということくらいしか知られていないが、この周波数が0.2Hz程度変動しただけで一部の機器には影響が出る、電気の品質の重要な一要素である。
平成14年10月の資源・エネルギー庁「系統利用制度WG」に提出された関西電力株式会社の資料によれば、0.2Hz程度以上の周波数変動により、糸を延伸する電動機の回転数が変化し、製品の糸に細いもの、太いもののばらつきがでたという繊維会社の事例が紹介されている。
発電機は上記の例にあるような機器と比較すれば周波数変動に適応できるものの、需要が供給能力を上回り、周波数が1〜2Hz程度低下すると、自らの身を守るために系統から離脱する機能を持っている。タービンが振動で壊れたり、巻き線が過熱して切れる恐れがあるからだ。
これで発電機が離脱すると供給力が失われるため、さらに需給のバランスが悪化して「ドミノ倒し」が起こる。そうした事態を防ぐため、需給がひっ迫してきた際に一部の負荷(需要)を遮断することで全体を守る「系統安定化装置」といった手立ても開発・導入されている。しかし、その機能もうまく働かなければ、広域大停電に至る。万が一、発電機が全て系統から切り離されてしまい、いわゆるブラックアウト(全系崩壊)に至ると、その復旧作業は至難の業だ。
その場合の復旧手順としてはまず、山間地域の自流式(流れ込む川の水による)水力発電所を立ち上げる。これを「種火」として、徐々に近くの発電所を立ち上げていくわけだが、需要と供給をバランスさせながら行う必要があり、首都圏がこうした広域大停電に見舞われた場合、完全復旧までには数日を要する可能性があるという。
そんな事態にならないよう、電力の供給は常に「予備力」をもって運用するものであり、日本の電力会社は8〜10%の予備力確保を指針としている。大飯原子力発電所の3号機、4号機がフルに再稼働しても、一昨年あたりの猛暑であれば、他社からの融通や、昨年レベルの節電行動を織り込んでも予備率はゼロだと予想されている。
今夏の需給見通しに向け、「節電で乗り切れる」という意見が華々しかったのは今年の春。暑くもなく寒くもないあの時期であれば、私も「夏になっても私はエアコンをつけません」と言えた。人は「架空の節電」には協力的なものなのだ。
しかし現実の夏がもうすぐやってくる。電力会社も「でんき予報」などを活用した迅速かつ積極的な情報開示が必要だが、私たち消費者も大規模停電を防ぐために、節電に協力することが求められる。猛暑時の「現実の節電」は熱中症などの危険もあるため、特にお年寄りや小さなお子さんがいるご家庭で無理は禁物だ。私のような健康なだけが取り柄の人間がその分、節電に励まねばと思う。
そのため、我が家は網戸を補修し、蚊取り線香を買い、風鈴も吊るして夏の到来に備えている。秋風が吹くころ「こういう夏の過ごし方も悪くなかったね」と振り返ることができることを切に願いながら。
※停電のメカニズム、日本の停電時間がなぜ短いのかについての詳細は、「日本の停電時間が短いのはなぜか」 を参照頂きたい。
(2012年7月2日掲載)

関連記事
-
福島県では原発事故当時18歳以下だった27万人の甲状腺診断が行われています。今年2月には「75人に甲状腺がんとその疑いを発見」との発表が福島県からありました。子どもの甲状腺がんの発生率は、100万人に1〜2人という報道もあります。どのように考えるべきでしょうか。中川 これは、原発事故の影響によるものではありません。
-
小泉純一郎元首相の支援を受けて、細川護煕元首相が都知事選に出馬する。公約の目玉は「原発ゼロ」。元首相コンビが選挙の台風の目になった。
-
商品先物市場を運営する東京商品取引所(TOCOM)の社長に浜田隆道氏が就任した。経済産業省出身で同社専務から昇格した。「総合エネルギー市場」としての発展を目指すという。抱負を聞いた。
-
事故を起こした東京電力の福島第一原子力発電所を含めて、原子炉の廃炉技術の情報を集積・研究する「国際廃炉研究開発機構」(理事長・山名元京大教授、東京、略称IRID)(設立資料)は9月月27日までの4日間、海外の専門家らによる福島原発事故対策の検証を行った。(紹介記事「「汚染水、環境への影響は小さい」― 福島事故で世界の専門家ら」)
-
アゴラ研究所は日本最大級のインターネット上の言論空間アゴラ、そしてエネルギーのバーチャルシンクタンクであるグローバルエナジー・ポリシーリサーチ(GEPR)を運営している。新しい取り組みとして、インターネット上で、識者が政策を語り合う映像コンテンツ「言論アリーナ」を提供している。その中で、月1回はエネルギー問題を取り上げている。
-
今年7月から実施される「再生可能エネルギー全量買取制度」で、経済産業省の「調達価格等算定委員会」は太陽光発電の買取価格を「1キロワット(kw)時あたり42円」という案を出し、6月1日までパブコメが募集される。これは、最近悪名高くなった電力会社の「総括原価方式」と同様、太陽光の電力事業会社の利ザヤを保証する制度である。この買取価格が適正であれば問題ないが、そうとは言えない状況が世界の太陽電池市場で起きている。
-
世のマスメディアは「シェールガス革命」とか「安いシェールガス」、「新型エネルギー資源」などと呼んで米国のシェールガスやシェールオイルを世界の潮流を変えるものと唱えているが、果たしてそうであろうか?
-
日本経済新聞3月27日記事。東芝の経営危機の主因である米原子力子会社、ウエスチングハウス(WH)が米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請する方針を決めたことが26日わかった。WHは適用申請後の支援先として韓国電力公社グループに協力を要請した。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間