安易な設立は許されない日本の原子力規制庁 — 専門性の確保が安全と信頼を生む
2012年6月15日に衆議院において原子力規制委員会法案が可決された。独立性の強い行政機関である「三条委員会」にするなど、政府・与党民主党案を見直して自民党および公明党の修正案をほぼ丸呑みする形で法案は成立する見通しだ。本来の政府案よりも改善されていると見てよいが、問題は人選をはじめ実質的な中身を今後どのように構成し、構成員のコンピテンシーの実をたかめていくかである。このコラムでは、福島原発事故のような原子力災害を繰り返さないために、国民の安全を守る適切な原子力規制機関の姿を考察する。
事故はいつも想定外の事態から発生する
福島第一発電所事故は、想定外の事態から発生し、想定外の進展をみせた。これは、スリーマイル島原発事故(1979)、チェルノブイリ原発事故(1986)も同様であった。
1992年7月、スウェーデンのバースベック原子力発電所で炉内の蒸気をコントロールする安全逃し弁が誤って開いた。その結果、噴出した蒸気により断熱材が剥離し、緊急炉心冷却系ポンプの吸い込み側ストレーナーが一部分閉塞した。このような事態の発生と進展は当時のSKI(スウェーデン原子力発電検査機関)が定めた安全審査をはじめ、世界中の安全審査からも想定されていなかった。ここでも「想定外の事態」が発生したのだ。
当時、SKIの長官ジュディス・メリンは、安全審査においてこのような事象の可能性を指摘できなかったことを深刻かつ謙虚に受け止め、スウェーデン政府に国際的な委員会によるSKIの審査能力の査定・評価を強く求めた。そして、SKIの安全審査上の問題点を検討するため、スウェーデン政府は国内外の有識者を招集し、評価委員会を結成した。その結果、「SKIの安全規制審査は適切で品質も高い。しかし手順などで文書化されていないものが多い」との指摘がなされた。その指摘を謙虚に受け止めた結果、SKIは品質マネ―ジメントシステム(QMS)を新たに導入することになる。
規制当局のトップが事態を謙虚に反省し、胸襟を開いて世界に助言を求め、示された勧告を速やかに実施する。かたや日本では、2007年に原子力安全・保安院が、規制体制の一部に限ってIAEA(国際原子力機関)の評価を受けた。しかしながら、その後、受けるべき規制体制の全体にわたる評価を未だに受けていない。日本も立案に寄与してきた〝安全文化〟を自らが蔑ろにしているのだ。世界からは、原子力安全・保安院に対して疑念の目が向けられていたのだ。このツケは実に大きかった。まさにそのようなときに福島第一原発の事故が起こってしまったのである。
日本で2012年中に新設される原子力規制庁では、IAEAの査定・評価を迅速に受け、その結果を速やかに反映すべきだ。それが、国内的にも国際的にも信頼回復の礎になる。
規制における3つの要諦
私は研究者・専門家のグループで、福島第一原発事故の背景に潜む根本原因を深く探り、3つの問題点を指摘した。
①新たな規制課題への取り組みの遅れ。
②すでにある安全規制方針の定期的な見直しの遅れ。
③専門家・有識者が異論を出し合い、検討するプロセスの欠如。
では、いま何を成すべきか。①〜③に沿ってその対策案を示す。
①スリーマイル島原発事故以前から、米国NRC(原子力規制委員会)は安全性を検討すべき課題と規制方針が定まっていない課題を一般問題プログラム(GIP)としてまとめ、安全上の効果や必要なコストなどを考慮して規制対象とすべき優先順位を定めていた。GIPでは、重要な安全問題に対してNRCの技術スタッフや法律担当者によるプロジェクトチームが結成され規制方針を検討する。法律担当者を入れるのは、規制の基盤に法律があるからだ。
そして、検討状況は定期的に米国連邦議会に報告される。人事異動の影響をあまり受けないプロジェクト制による取り組みである。日本でも技術スタッフだけでなく、初期段階から法律担当者が参加する方式は採用すべきだ。そして、この取り組みを確実なものとするためにも国会へ進捗状況を定期的に報告させる必要がある。
②安全規制が常に有効かつ合理的なものであるためには、既存の安全規制の定期的な見直しが鍵になる。NRCの場合は5年ごとに実施している。
日本の原子力規制では、古い規制は残しつつ新たな規制を重ねてきた。屋上屋を重ねるやり方だ。やみくもな規制強化は発電所の現場を疲弊させ、規制指針に対する信頼性の低下、ひいては安全文化の劣化を引き起こす。この点を原子力の安全規制行政に携わるものは、肝に銘じるべきである。規制指針のスクラップアンドビルドを進めるうえでも、定期的な見直しとより合理的な法律・指針への組み直しが必須である。
③すでに運用している規制に対し、職員が異論をもつ場合の検討処理プロセスを決めなければならない。NRCの例を紹介しよう。異論がある者はまず所属部門の局長に書面で申し出て、局長の下に位置する検討委員会で異論の妥当性が諮られる。仮にその検討結果に満足しない場合は、最終的にNRC委員またはNRC運営総局長に異論を再提出し、再度審査を要求できる。また、その審査結果は当人が希望すれば公表される。
原子力の安全性の評価は専門知識を必要とし、かつ専門家の間でも意見が一致しない場合があるが、それでも規制機関は行政上の判断を下さなければならない。このような場合の論議と行政の判断を積み重ねてゆくことで、規制の安定化と透明化が増す。
日本の行政システムは異論を上手に取り込むようになっていない。それは千年以上続く行政風土に根ざしており、安全文化と真っ向から対立している。規制庁は、このような行政風土から分離されなければならない。そのために独立性の強い行政機関である「三条委員会」にするという方法がある。ただし、規制庁に直接的な影響力をもつ、つまりガバナンスを発揮するトップは大臣であってはならない。日本の大臣は往々にしてコンピテンシーに欠ける。また、大臣は政局に影響を受けやすく、短期間にコロコロと替えられる傾向が強い。要するに、規制庁は霞ヶ関および永田町から分離独立していなければならない。
以上は制度面の問題だが、制度を運用するのは人である。いくら良い制度があって、その運用を誤れば失敗に繋がる。次に人の問題を提言する。
コンピテンシーはあるのか
対策を実施するうえで重要な役割を担うのは、規制機関のトップと上級の常勤職員である。彼らはその職務を全うするに十分な専門性を有していなければならない。原子力安全規制を担当する以上、専門知識を有することは必要最低限となる。
しかし、単に知識があるだけでは不十分であり、課題の解決に向けた指導力や管理能力の発揮はもちろんのこと、その〝人間性〟が重要となる。要するにコンピテンシーが求められるのだ。
スウェーデンに倣い、コンピテンシーを下記の五つの視点から評価すべきだ。
①専門性……原子炉物理、熱水力学、安全評価手法などの専門性の発揮。
②個人性……倫理的判断、創造性の発揮、強い責任感。
③社会性……同僚らとの協力、ネットワーク形成能力。
④戦略性……全体的視点から長期的展望で判断する能力。
⑤機能性……複数のことがらをまとめて職務を遂行する能力。
これらは、全ての職員に要求されるものであり、職位が上がるほど、要求されるレベルも高くなる。原子炉物理、熱水力学、安全評価などの知識は必須である。規制庁のトップが専門的な知識を有することは必須である。
さらにその規制機関で重要な責任を追う局長クラスに対しては下記の四つが要求される。
①原子炉安全の分野における豊かな知識および経験……技術面並びに人および組織とのやりとりにおいてゼネラリストとしてのコンピテンシーが要求される。
②政府機関がどのように機能するかについての知識。
③原子炉安全の分野における国際的進展に関する知識。
④科学的・技術的に高度な専門家達のマネージャーおよびリーダーとしての良好な業績。
当然のことだが、これらの能力を全て持ち合わせている人物は稀であり、不足している課題の解決に向けた指導力や管理能力の発揮の向上が、局長就任後の課題として当人に言い渡される。
トップの任期と選任
規制機関の院長の任期も問題となる。規制機関のトップが短期間で交代することは害が大きく、避けねばならない。欧米諸国の規制機関のトップの任期を表に示す。
国 | トップ | 任期 | 人数など |
---|---|---|---|
米国NRC | NRC委員会 | 5年 | 委員は5人.連邦議会の同意のもとで大統領が任命 |
フランスASN | ASN評議会 | 6年 | 評議員は5名。大統領が3名、国民議会議長が1名、上院議会議長が1名を指名。 |
スウエーデンSKI | 長官 | 平均7年 | 最高意思決定機関は、8名からなる理事会。理事長はSKI長官。 |
フィンランドSTUK | 長官 | 終身、ただし67歳まで |
一方、原子力安全・保安院の歴代院長の就任期間は次の通り。
歴代院長 | 就任年月(期間) | |
---|---|---|
初代 | 佐々木宜彦 | 2001年1月(3.5年) |
2代 | 松永和夫 | 2004年6月(1.3年) |
3代 | 広瀬研吉 | 2005年9月(約2年) |
4代 | 薦田康久 | 2007年7月(2年) |
5代 | 寺坂信昭 | 2009年7月(2年) |
6代 | 深野弘行 | 2011年8月 |
このように、院長は約2年ごとに交代しており、欧米諸国との差は歴然としている。
NRCでは、NRR(原子炉規制局)局長などの幹部は、NRC委員長が任命する。2005年の調査によると、過去に退任した4名の局長の在任期間は3〜7年であり、全員が局長就任前に二十年以上の原子力安全分野の業務経験をもっていた。要すれば、日本の規制庁のトップは環境大臣の任命であってはならない。政治に利用される人事であってはならないのだ。
日本の原子力規制庁の上級職員には、的確なコンピテンシーを有する者を任命し、少なくとも5年程度の期間、同じポジションに在任することが必要である。そのためには上級職員の任命権を有するもの(長官もしくは理事会等)の任期を欧米諸国並に5年程度以上とし、上級職員の任命が形式的な人事考課に基づくローテーション人事とならないようにすべきである。
諮問制度に頼るな
原子力行政機関と外部諮問機関との適切な関係性はどうあるべきなのか。
IAEA(国際原子力機関)は規制機関が諮問機関や外部コンサルタントから意見を求める際、その関係性について次のことを要求している。これらはIAEAが推進する安全文化のいわば核心である。
「規制機関は、外部コンサルタントが実施した作業の品質と結果を評価する能力を有する経験豊かな専門家を擁すること」
「規制機関は、外部有識者によってなされた安全評価または事業者によってなされた評価だけに依存してはならない。それゆえに、規制機関は、規制のための審査及び評価を行ったり、または外部有識者によってなされた評価の適切さを評価したりする能力を持つ常勤の職員を持たなければならない」
「諮問機関や専用技術支援組織の助言が規制機関の決定に伴う責任を免除するものではない」
日本の原子力規制行政は、原子力安全委員会や顧問委員会などに大学関係者などの学識経験者を任命し、答申を受けることで規制機関の専門性の不足部分を補ってきた。そこに大きな問題と欠陥がある。つまり、〝原子力ムラ〟といわれるモノカルチャーな癒着構造を生み出し育ててきたのである。
これまで日本の安全審査で用いられてきた審査基準の大半は、諮問機関としての原子力安全委員会が制定したものである。このような国は他にない。
行政上の意思決定の効率化と迅速化、そして責任の所在をはっきりとさせ、国民への説明能力を高めるためにも、原子力規制庁には原子力の安全性に関する豊富な専門知識を有した常勤職員を増強し、原子力行政のプロフェッショナルを育てていく必要がある。
日本では、役所のなかの順送り人事で規制行政に人員が配属されてきた。これは規制にとってもっとも有害である。そのことは福島第一原発事故後の原子力安全・保安院の対応でも露呈した。
せめて、国家公務員試験合格者の中から、規制に携わりたいという希望をもつ者を規制機関に直接雇用すべきだ。それが規制における専門性を維持向上の基本である。他省庁職員として雇用した者を、その希望や意志に反して原子力規制庁に配属してはならない。
また専門的知識を持った即戦力を確保するためには、民間の専門家を雇用することが必要である。国家公務員法36条ではそのような採用が認められており、人事院規則「公務の活性化のために民間の人材を採用する場合の特例」が定められている。
また期限付き採用を認めた「一般職の任期付職員の採用及び給与の特例に関する法律」も定められている。これらの法令に基づき、民間の人材を原子力規制庁に採用することも重要と考える。
ただし、その場合には、国家公務員試験合格者との差別を排し、民間からの採用者も能力主義に基づき管理職に積極的に任命することが、人材の確保と組織の活性化のために欠かせない。
従来、専門性の欠如を補うために、さらにいえばコンピテンシーに期待して、大学等の専門家による諮問制度に、規制の核心を預けてきた。そのことが福島事故を惹起し、事故後の影響をより深刻にした。最早、諮問というもたれ合いかつ癒着の構造に頼ることは許されない。
政治介入を許してはならない
福島第一事故後の経過をみればよくわかることだが、担当大臣の言質がよくぶれる。ポピュリズムと批判される所以である。政府案にしろ自民党公明党案にしろ、原子力規制庁は実質的に環境省にぶら下がるようだ。そのことはすなわち政治の介入や政治利用の可能性を意味し、極めて有害である。
規制庁のトップにどのような人物を置くかはきわめて重要な課題である。過去30年間、シビアアクシデントに関わる規制を実態として等閑にしてきた日本国内の原子力関係の学者および専門家にはどうやらその資格のある者はいない。原子力外の専門家には原子力の専門知識という、求められる最重要コンピテンシーに欠ける。
原子力規制ではわが国は未だ途上国なのである。ではどうするか?
理想を言えば先に挙げた原子力規制先進5カ国のうち、非核国であるスウェーデンおよびフィンランドから人選し招聘するのが最善ではないだろうか。両国とも、スリーマイル後から真摯にシビアアクシデントを含む規制行政全般に独自の創意工夫をしてきた。チェルノブイリでその点はさらに強化された。次善の策として米国がある。もちろん、これは政治的に、また法律上も難しいであろう。であるがトップ、幹部クラスは、これらの国の知見を深く知り、またそれを学ぶ人が就任するべきだ。
同時に、上級職員のみならず多くの職員が欧米規制機関と積極的な人事交流を行い、他国での経験に基づいた異論を戦わせながら、日本の安全文化を創成していかなければならないと考える。
また規制行政の実をあげるためには、原子力規制庁が品質マネージメントシステム(QMS)を制定し実施することが要になる。QMSにより、原子力規制庁の使命が具体的に展開される。使命達成のための活動とそのための人材の育成確保の方針が定められる。そして、実施状況について自己評価と第三者評価が要求され、必要な軌道修正が行われる。規制機関がQMSを構築することは、IAEAの規制組織に関する指針でも要求されている。
原子力安全・保安院は2007年にIAEAの審査を受けた際に、QMSの構築活動の継続を勧告されている。原子力規制庁によるQMSの構築と実施は、日本の原子力安全規制を国際的なレベルに引き上げるための必要条件である。当然のことではあるが、品質マンージメントシステムの実際面での運用が、単なる〝作文作業〟に終始せず、中味のあるものにしなければならない。そのことを、実効力をもって実施できるトップの資質が問われている。それがなければ、日本に限らず原子力を運用する資格はない。
政府案 | 自民党公明党案 | |
---|---|---|
事故時の指示権 | 原子力災害対策本部(本部長は首相) | 原子力規制委員会(委員55名) |
規制庁の位置づけ | 環境省の外局(500人規模)。原子力安全調査委員会(委員5名)を併設 | 原子力規制委員会の事務局(500人規模) |
従属性 | 規制庁は、環境省から規制法案の制定を受任する。規制庁長官は環境大臣が任命 | 原子力規制委員会は環境省所轄の三条委員会。規制法案は規制委員会が独自に起草。法案提出は環境大臣。規制委員会の委員は国会同意人事 |
参考文献:澤田哲生「誰も書かなかった福島原発の真実」第5章 原発復活への4つのカギ (2012 WAC刊)
略歴
澤田 哲生(さわだ てつお)
1957年生まれ。東京工業大学原子炉工学研究所助教。工学博士。京都大学理学部物理科学系卒業後、(株)三菱総合研究所入社、ドイツ・カールスルーへ研究所客員研究員(1989-1991)をへて東工大へ。専門は原子核工学、特に原子力安全、核不拡散、核セキュリティなど。最近の関心は、社会システムとしての原子力が孕む問題群への取り組み、原子力・放射線の初等中等教育。近著は、「誰も語らなかった福島原発の真実」(2012, WAC)。
(2012年6月18日掲載)
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