【書評】情報に惑わされないための食の安全に関する入門書 ?「「安全な食べもの」ってなんだろう?放射線と食品のリスクを考える」
『「安全な食べもの」ってなんだろう? 放射線と食品のリスクを考える』
畝山智香子(日本評論社)
(GEPR編集部より)GEPRはNPO法人国際環境経済研究所(IEEI)と提携し、相互にコンテンツを共有します。民間有志からなる電力改革研究会のコラムを転載します。
福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質の流出により、食品の放射能汚染がにわかにクローズアップされている。事故から10日あまりたった3月23日に、東京都葛飾区にある金町浄水場で1kgあたり210ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたことが公になるや、首都圏のスーパーマーケットに置いてあったミネラルウォーターがあっという間に売り切れる事態に発展した。
最近では、福島県二本松市の水田で栽培したコメから、1kgあたり500ベクレルを超える放射性セシウムが検出され、メディアに大きく取り上げられている。しかし、1kgあたり210ベクレルの放射性ヨウ素や500ベクレルの放射性セシウムはどの程度の危険性を持っているのか、実はほとんどの方は判断がつかないのではないだろうか。本書は、我々が毎日必ず接している「食べもの」の安全性について、「リスク」という概念を用いて、一般の生活者にもわかりやすく解説したものである。
著者の畝山(うねやま)さんは、国立医薬品食品衛生研究所の安全情報部第三室長で、食の安全に関するエキスパートである。放射性物質に限らず、食品に含まれるさまざまな化学物質が人体に与える影響について情報を収集し、発信してきた。本書の冒頭では、「私たちが毎日食べているものは、もともと安全性が確認されたり保障されたりしているものではなく、未知の、膨大なリスクのかたまりである」という衝撃的な事実が述べられている。しかし同時に、だからといって怖がってばかりいるのではなく、適切に注意し、楽しんで食べるために、正確な知識を身につけることが重要だと指摘している。
関心を集めている放射性物質のリスク(この場合は発がんリスク)については、食品にしばしば含まれている化学物質のリスクと比較することで、それぞれの大小関係を明らかにしている。たとえば、わが国で作られるコメには無機ヒ素が含まれており、毎日食べ続けると20ミリシーベルトの被ばくと同じレベルになる(仮に1kgあたり500ベクレルのコメを毎日食べ続けても、せいぜい1ミリシーベルトである)。この例以外にも、本書では、加熱調理に伴って生成する発がん性物質のベンゾ(a)ピレンや、カビ毒の一種であるアフラトキシンのリスクが、現在注目を集めている食品中の放射性物質に比べてかなり高いことがわかる。
一方、日本人が日常的に被るさまざまなリスクのなかで発がんリスクが最も高いのは喫煙であり、飲酒によるリスクも喫煙の4分の1に達する。本来、こうした身の回りに潜むリスクとの比較抜きに、放射性物質のリスクは語れない。このことについて著者は「食品添加物や残留農薬でがんになるとか、ほんのわずかの被ばくでもがんになるとか脅かしながら、タバコや飲酒についてまったく触れない人がいるとしたら、その人の目的はあなたやあなたの家族のがんリスクを減らすことではない」と指摘する。この一文は、放射性物質の危険性だけをことさらに煽る一部の報道や(自称)専門家たちへの痛烈なメッセージであろう。
今だからこそ、正しい知識を身につけて、冷静に、そして現実的に判断することが重要である。すべての国民に読んでほしい書である。
関連記事
-
これはもう戦争なのか 中華人民共和国政府は、東電福島第一原発から海に放流されたALPS処理水を汚染水と称し、日本産の生鮮海産物のみならず水産加工品の禁輸に踏み切った。それに加えて、24日の放流開始後から福島県や東北圏内の
-
資産運用会社の経営者でありながら、原子力行政の「非科学的」「不公正」な状況を批判してきた森本紀行HCアセットマネジメント社長に寄稿をいただきました。原子力規制委員会は、危険性の許容範囲の議論をするのではなく、不可能な「絶対安全」を事業者に求める行政を行っています。そして政治がこの暴走を放置しています。この現状を考える材料として、この論考は公平かつ適切な論点を提供しています。
-
エネルギー政策について、原発事故以来、「原発を続ける、やめる」という単純な話が、政治家、民間の議論で語られる。しかし発電の一手段である原発の是非は、膨大にあるエネルギーの論点の一つにすぎない。
-
先週、3年半ぶりに福島第一原発を視察した。以前、視察したときは、まだ膨大な地下水を処理するのに精一杯で、作業員もピリピリした感じだったが、今回はほとんどの作業員が防護服をつけないで作業しており、雰囲気も明るくなっていた。
-
4月の日米首脳会談では、炭素税(カーボンプライシング)がテーマになるといわれています。EU(ヨーロッパ連合)は今年前半にも国境炭素税を打ち出す方針で、アメリカのバイデン政権も、4月の気候変動サミットで炭素税を打ち出す可能
-
1月9日放映のNHKスペシャル「2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」は「温暖化で既に災害が激甚化した」と報道した。前回、これは過去の観測データを無視した明白な誤りであることを指摘した。 一方で、
-
アゴラ研究所の運営するエネルギー研究機関GEPRはサイトを更新しました。
-
東日本大震災で発生した災害廃棄物(がれき)の広域処理が進んでいない。現在受け入れているのは東京都と山形県だけで、検討を表明した自治体は、福島第1原発事故に伴う放射性物質が一緒に持ち込まれると懸念する住民の強い反発が生じた。放射能の影響はありえないが、東日本大震災からの復興を遅らせかねない。混乱した現状を紹介する。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間