電力供給・温暖化のトンデモ本に要注意! — データや理論をきちんと判断する姿勢が必要に
(GEPR編集部より)GEPRはNPO法人国際環境経済研究所と提携し、相互にコンテンツを共有します。 富士常葉大学総合経営学部教授の山本隆三氏のコラムを提供します。
「トンデモ本」というのを、ご存じだろうか。著者の思い込み、無知などによる、とんでもない話を書いた本の呼び方だ。「日本トンデモ本大賞」というものもあり、20年前の第1回は、「ノストラダムス本」が受賞している。当時、かなりの人が1999年7月に人類は滅亡するという、このトンデモないこじつけの予言を信じていた。2011年は大川隆法氏の『宇宙人との対話』が選定されている。
とんでもない人たちとか、話を集めた『トンデモ本の世界』(宝島社文庫)という本もあり、結構面白い。例えば、昔のアメリカで霊能師と呼ばれた人たちが霊を呼び出す時に使った手品の手口が紹介されていたり、米国では手品として知られていたスプーン曲げが日本には超能力として紹介された話が載っていたりする。比較的最近の話では、「永久機関」が日本のテレビニュースで取り上げられた経緯なども紹介されている。ちなみに、この話には大手商社の技術担当社員が引っ掛かった。エネルギー保存の法則を知らない技術担当がいるのはびっくりだ。
電力供給と温暖化問題に触れた広瀬隆氏の『第二のフクシマ、日本滅亡』(朝日新書)を読み、間違いの多さにトンデモ本とまでは言わないが、それに近いのではと思った。表現の自由があるからといって何を言っても良いわけではないし、数字と理論を間違ったまま議論しているのはトンデモ本に近いのではないか。
本の前半は放射能の話だが、私の専門外なのでここの論評をするつもりはない。私が問題提起したいのは後半の電力供給の部分だ。ここでは、まず感情的な表現が頻出する。東電の役員と社員に対する罵詈雑言が登場する。「犯罪者」、「度を越した極悪人集団の東電」と呼び、企業と働く人をごっちゃにしている。「企業とその利害関係者」という言葉は区別して使う必要がある。少なくとも企業の従業員とその家族に対し、いじめを助長するような呼び方は許されないだろう。原発と東電に関することであれば、どんなことを言っても許されるわけではない。
感情論以外にもデータと理論の間違いが続出している。そのうち重要な 3 点について指摘しておきたい。
電力料金――企業の必要収益率に関するトンデモ話
この本のなかに、東電の総資産額が出てくる。東電が送配変電設備を売却すれば、新たに購入した企業が送配電料金を下げるので、結果として電力料金が大きく下がるとの主張だ。しかし、前提になっている東電の資産額が完全に間違っている。実際の資産額に対して10兆円以上大きい数字が記載されている。見間違いかと思い、何度も見たほどだ。
些細な間違いを指摘しているのではない。数字を間違ったことにより、広瀬氏が投資という企業活動の基本に関わる知識をまったく持っていないことが露見している。企業活動の基本を理解しないまま電気料金という収益の話をすることには無理がある。
広瀬氏が引用した 2010年3月期の東電の有価証券報告書では営業利益は 2500億円、経常利益は1586 億円だ。一方で、広瀬氏によると、東電の発電設備資産額は12兆5325 億円、送配変電設備資産額は15兆9510 億円だ。東電の総資産額は30兆円近いことになっている。
ビジネスに携わっている人であれば、数字を見るだけで、30兆円もの資産を利用し2500億円の利益しかない、そんな低収益の事業を行う企業はどこもないと考えるはずだ。広瀬氏は、実際の資産額の2倍以上になる間違った数字を使って議論しているが、その数字が間違っていると、まったく思わなかったらしい。だが、仮に広瀬氏が数字を間違っていないとしても、送配変電設備の売却により電力料金引き下げが実現する可能性はない。
広瀬氏は、新日鉄や東京ガスなどの企業が東電の送配変電設備を買収して送配電事業を行えば、送配電料金が下がると主張している。この話は、経済理論からすると成立しない。特に、広瀬氏の書いている間違った総資産額を前提にすると、送配電料金は大幅値上げが必要になる。こういう計算だ。
ビジネス世界の常識ではありえない論理
ビジネスの世界で投資を行う際には、割引率法(DCF)あるいは内部収益率法(IRR)が判断基準として用いられる、要は、投資を行った場合に必要な収益額を計算する方法だ。通常の企業であれば、IRRで12〜13%が最低必要な水準だろう。IRRの計算はエクセルの関数を使えば簡単にできる。
100億円を投資し、15年間で全ての投資を回収する前提だと、毎年15億円程度の収益(正確にはキャッシュフロー額と言われ、利益に減価償却費を加え、新規投資額を差し引いたもの)が必要だ。これだけの収益が期待できなければ、収益力が低く、通常のリスク環境では投資する企業はない。この考え方は資産あるいは設備買収時にも適用される。
東電の有価証券報告書によると、送配変電設備の資産額は2011年3月末で5兆1353億円。一方、この資産が生み出しているキャッシュフロー額は有価証券報告書から次のように計算できる。減価償却費3890億円、利益額は資産額に応じて配分されるとすると税前で976億円だ。新規投資額も有価証券報告書から計算でき、2484億円になる。この結果、キャッシュフロー額は 3890億円+976億円-2484億円=2382億円となる。本当は税金も引く必要があるが、税引前の金額でも、5兆円以上の資産が生み出すキャッシュフローとしてはまったく不十分だ。
これだけのキャッシュフローしか生み出さない資産を買収する場合、適切な買収額は1兆5880億円になる。逆に5兆円で資産を購入した場合には、毎年 7000億〜8000億円のキャッシュフローが必要だ。この金額を見込めないのであれば、投資する企業はないだろう。つまり、通常の民間企業であれば、5兆円を出すことはないと考えられる。
では、東電は、なぜ通常の企業が必要とするキャッシュフロー額より低い収益額で経営が成り立つのか。理由は、総括原価主義によりリスクが限定され、低い収益率が許されているからだ。企業の利害関係者もそれに納得していた。
仮に、東電の送配変電設備を5兆円で買収するとすれば、必要なキャッシュフローを得るために、送配電料金を1kW時当たり2円程度値上げする必要がある。あるいは、値上げしない代わりに、2000億円の修繕費を削減し、新規投資も削減するかだ。しかし、その結果は、ニュージーランドで 1998 年に発生した大停電の再来だろう。
大停電は送電線の補修費を削減したために発生した。現状の東電の収益力を基に考えると、自由化された市場で、5兆円を使って設備を買収する企業はない。逆に今の収益力に合わせた設備評価額は先に述べた1兆5580億円だが、その金額で設備を売却すれば、東電の資産内容は大きく毀損され、原発の賠償どころか事業継続に大きな問題を引き起こすことになる。
東電の送配変電設備額が、広瀬氏が挙げている15兆円であれば、必要な収益額はさらに大きくなり、送配電料金は1kW時当たり5円以上の値上げが必要になる。総資産額を見れば、収益額が相対的にあまりに少ないことに気がつくはずだ。東電以外の企業が送配電設備を買収すれば、送配電料金が下がるという主張の根拠は何だろうか。
発電設備に関するとんでもない誤解
広瀬氏は、原発がすべて停止しても、水力や火力発電設備と卸電力からの供給で、夏場の最大電力需要を賄うことができるとの記事を、震災数カ月後に「週刊朝日」に寄稿した。卸電力の供給量のなかに、日本原子力発電の原発からの供給の数字が含まれていることについて、まったく検証していないうえ、設備は常に能力の100%の発電が可能との前提で数字が組み立てられていた。
実は、それは大きな間違いだ。水力発電所は水がなければ発電できない。夏場のピーク時には、貯水式のダムも揚水ダムもフルに活用されているが、流れ込み式の水力発電所は川に流れがなければ発電できない。水力発電所の稼働率は年間を通じても40%を切るレベルだ。揚水設備をフルに活用する夏場のピーク時でも設備能力の70%しか発電できない。しかも、梅雨の後は渇水期に入る。
火力発電所も故障とは無縁でない。特に、原発停止に伴って古い設備を稼働させたために、故障の可能性が高くなっている。国際エネルギー機関(IEA)が 1979 年に先進国での石油火力の新設を原則禁止して以降、日本で新設された石油火力は1基のみ。それ以外の石油火力は老朽化が進んでいる。まったく故障させずに運転するのは難しい。
水力発電も火力発電も、設備があれば100%発電できるわけではないという当たり前の話を、この広瀬氏の意見に対する反論として日経 BP 社の情報サイトに掲載したところ、多くのアクセスを戴いた。
その後、広瀬氏は原発がなくても水力発電、火力発電、卸電力があるから大丈夫という主張ができないと思ったのか、今度の本では話を変えてきた。日本全体では自家発電の設備能力が6000万kW 以上もあるから、能力が5000 万kWしかない原発がすべて停止しても供給可能と主張している。しかし、これはまったく現実を理解していない議論だ。
自家発電は工場などで電気を使うためにつくられている。夏場でも工場は動いている。供給可能な電気が、どれだけあるのだろうか。自家発の電気が余るのは、工場が止まっている夜間だ。しかし、家庭でもオフィスでも、夜間には電気はあまり必要ない。自家発の設備は確かにあるが、電気が必要な昼間に原発の代わりに使えるはずがない。電気は必要な時に必要な量を発電する必要があるという基礎知識があれば、成立しない話だとわかる。
ちなみに、自家発の設備は資源エネルギー庁のデータでは5600万kW程度で、6000万kW以上はない。広瀬氏は、自家発の数字を資源エネルギー庁が隠していると述べているが、同庁のホームページを見れば、自家発の設備能力はすべて掲載されている。いずれにせよ、自家発があるから電力供給が大丈夫というのは誤りと言える。
温暖化問題を全否定する態度は科学的ではない
2000年代中ごろには、欧米で原発の再評価が進み、「原子力ルネサンス」と呼ばれた。この最大の理由は温暖 化問題だった。石油、天然ガス、石炭の化石燃料を使用すれば、温室効果ガスの一つである二酸化炭素(CO2) が発生し、温暖化が進むことが懸念される。このため CO2 を排出しない原発に対する見直しが進んだ。広瀬氏は、原発が見直されるきっかけになった温暖化問題が気に入らないとみえ、CO2は温暖化の原因ではないと主張している。温暖化懐疑論と言われる主張と同じだ。
温暖化の原因についてはさまざまな説があるが、大多数の科学者は CO2 などの温室効果ガスが温暖化を引き起こしているとの立場を取っている。共和党の大統領候補選に立候補していたハンツマン前ユタ州知事は「90%の 医者が、これがガンの原因と言えば、皆信じるのではないか。温暖化も同じことだ。90%の科学者が『温室効果ガスが温暖化の原因』と言っている以上、信じるほかない」と発言し、共和党に多い温暖化懐疑論信奉者からブーイングを浴びたが、この発言が温暖化問題に関する常識的な見方だろう。地球規模の話でもあり、まだ科学的に100%確実ではないが、温暖化の主因はCO2というのが大多数の意見だ。米国では、以前は多くの企業人が温暖化懐疑論を支持していたが、最近では滅法少なくなった。
広瀬氏は「懐疑論を頭から否定するのは科学的な態度ではない」と主張するが、温暖化の原因はCO2ではないと断定するほうが、もっと科学的な態度ではない。広瀬氏は、米国のテレビやラジオの気象予報士の63%が異常気象は自然現象によると主張していることを、温暖化を否定する根拠としている。確かに、米国の気象予報士の多くは、理由は不明だが異常気象は温暖化によるものではないとの立場のようで、そのことが米国でも“不思議な話”として話題になっている。だからと言って、温暖化を否定する根拠になる話ではない。
「温暖化は怖くない」と本当に主張できるのか?
広瀬氏はドイツの世論調査も取り上げ、「温暖化は怖くない」という人の比率が 58%もあり、今や温暖化を信じているのは日本人だけという主張もしている。しかし、「温暖化は怖くない」という意見は、「温暖化が人為的 要因で発生していない」と同じではない。この世論調査から、ドイツ人が温暖化を信じていないと主張するのは無理なのではないか。
実際に、調査大手の米ギャラップ社が 2010 年に世界111カ国で行った世論調査によると、ドイツでは、温暖化が人為的な現象によるという人の比率が 58%、自然現象という人が 18%、両方に起因するという人が20%だった。つまり、我々の活動が温暖化を引き起こしていると考える人の比率は78%ということになる。
確かに、人類の活動が温暖化を引き起こしているという人の比率が最も大きい国は日本であり、82%が「人為的な影響」、5%が「人為的な影響もある」としており、合計で87%が我々の活動が温暖化を引き起こしているとしている。
これに対し、米国では、温暖化が人為的な影響ととらえている人は 35%にとどまっており、47%が自然現象、14%が両方の原因としている。我々の活動が起因して温暖化が進んでいるとの意見は49%に達しており、自然現象により温暖化が発生していると考えている人の比率は気象予報士よりも低い。
ここまで挙げてきたように、世の中に出回っている情報がすべて正しいとは限らない。特に、エネルギー・電 力問題は、正確なデータに基づいて議論することが欠かせない。間違ったデータと思い込みとその場の感情で議論するのは止めて欲しい。エネルギーや電力の問題は、生活と経済がかかった最も重要なテーマの一つであり、 最も冷静な議論が求められている。
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