生活のための放射線講座(下) — 日常生活の被ばく量の計測、分析で必要なこと
生活における放射線をどのように計測するべきか
ベクレルという量からは、直接、健康影響を考えることはできない。放射線による健康影響を評価するのが、実効線量(シーベルト)である。この実効線量を求めることにより、放射線による影響を家庭でも考えることができるようになる。内部被ばくを評価する場合、食べた時、吸入したときでは、影響が異なるため、異なる評価となる。放射性物質の種類によっても、影響が異なり、年齢によっても評価は異なる。
食品中の放射能濃度(ベクレル/kg、ベクレル/リットル)がわかると、換算係数(シーベルト/ベクレル)を使って、放射線の影響度合い(シーベルト)を計算できる。
放射性のセシウム137の換算係数は、大人で、0.013マイクロシーベルト/ベクレル、乳児(0.021)、幼児(0.0097)、少年(0.010)、青年(0.013)である(ICRP Publication 72、あるいは、緊急被ばく医療ポケットブック)。
原発事故とは無関係に、食品中に含まれる自然の放射性物質からうける内部被ばくの平均は、年間410マイクロシーベルトである(低線量放射線と健康影響、独立行政法人 放射線医学総合研究所 編著、医療科学社、2007年)。
各所で1時間あたりの空間放射線量率が発表されているが、この値に24時間を乗じ、365日を乗じて、1年間における外部被ばく量という評価をするのは誤った使い方である。空間放射線量率(シーベルト)は、その場所にいたときの単位時間あたりの被ばく量を意味するからであり、生活や活動場所の状況によっても放射線による被ばく量は変化する。
個人の外部被ばく量は、ポケット線量計で、一定期間の計測を行い、評価しなければいけない。比較的低いとされる茨城県水戸と、ホットスポットとよばれる千葉県流山では、ポケット線量計の値は、ほぼ同じである。おそらく、通常の生活は、屋内が圧倒的に多いからであろう。
しかし、局所的に明らかに高い、まさにホットスポットを除染しないでいいというわけではない。可能であるのならば、自治体が、ポケット線量計を貸し出したりすれば、住民の状況をより把握しやすくなる。
生活における放射性物質の現状
2011年3月下旬以降、茨城県を主に、岩手県、宮城県、山形県、福島県の農作物、水産加工物等、約1500以上の対象の放射線量の計測を行なってきた。
2011年4月には、放射性ヨウ素131の降下が認められた農作物もあったが、全てに検出された訳ではなかった。ハウス栽培でも検出されたり、露地物で検出されなかったりであった。
そして、5月以降、放射性ヨウ素131は、ほぼ完全に検出されなくなった。放射性セシウムについては、当初、根からの吸収が心配された作物がいくつかあったが、稲、葉物野菜、根菜類のほとんどから検出されていないのが現状である。福島をはじめ他の地域の方々におうかがいしても、その傾向は同じである。データは、相当低いところを読もうと努力をしているが検出できない。
放射性物質の農作物や魚への移行は、複雑であり、いろいろな要因が絡んでいる。また、農地、漁場のことは、農家や漁業者にしか微細な変化は気づかないこともある。今後、注意深い周到な調査・研究を農家や漁業者とともに行なう必要である。
農地は、定期的に放射性セシウムの濃度を測りながら、管理することが重要であるが、農地における除染に、微生物を活用することが、時折、きこえてくる。しかし、「放射性物質の除去」と「放射線量の低減」を微生物が行なうことはない。すべての生き物は、核反応に関わることができないからだ。
2012年4月から、厚生労働省による規制で野菜、肉、魚等の食品中における放射性セシウムの規制値が、100ベクレル/kgになろうとしている。500 ベクレル/kgの時は、割と気楽に検査ができたが、100ベクレル/kgになると、装置の性能を知り、検査機器、検査器具などの汚染がないように気を使う必要がある。
また、ケースバイケースで、分析時間を変化させたりすることなどの臨機応変な計測姿勢も必要となる。なによりも、分析結果の取扱において、計測数値±誤差をもって、どのくらいの信頼度で検査を行なっているかを意識することが必要である。この計測の信頼性については、消費者も意識することが必要である。
リスクコミュニケーションで必要な「共に考える」取り組み
計測は、数値データを出すだけではなく、計測精度も含めて、その数値の持つ意味を考え、どの程度の放射能レベルなのかを把握し、伝えることも大切である。100ベクレル/kgとは、おおよそバナナ1kgあたりに含まれる放射性カリウムからの放射能とほぼ等しいのである。正直言って、だまされたような感があるが、計測をしてみると、納得のできる事実である。
計測支援をする中、気づいたことは、計測値を伝えることだけでなく、生産者、消費者と一緒に測りながら、共に「考える」ということの大切さであり、自分の見解を強調することなく、市民の皆さんに具体的判断材料をご提供することの重要性であった。
残念ながら、原発事故以来、各所において放射能に対しての説明が不足したり、誤解された情報が伝達され、社会に困惑が隠せない状況がある。この問題はリスクコミュニケーションの失敗にあるのではないだろうか。さまざまな理由が考えられるが、情報の一方的伝達と説明不足がその一因であると考えられる。市民には理解できないとか判断できないなどと、最初から考えてはいけない。きめ細やかな説明が必要である。未だに、原子炉をなぜ水で冷却するのかの説明もされていないのである。
この一年間の体験を振り返ると、情報の提供者が、受け手と共に考えること、また市民一人ひとりが考えるための材料を提供することで、人々は事実を受け止め、落ち着きを取り戻している。コミュニケーションを再構築するためには、発信の方法を「共に考える」形に変えていくとよいのではないだろうか。
高妻孝光(こうづま・たかみつ)
2012年3月19日掲載
(英語版)(アラビア語版)(ギリシャ語版)
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