放射能、福島に健康被害の可能性はない — ニコ生・アゴラ「放射能はそんなに危険?原発のリスクを考える」報告
GEPRを運営するアゴラ研究所は「ニコ生アゴラ」という番組をウェブテレビの「ニコニコ生放送」で月に1回提供している。今年1月19日の第1回放送は「放射能はそんなに危険?原発のリスクを考える」。有識者を集めた1時間半の議論の結論は、「福島に健康被害の可能性はない」だった。
番組は「福島の原発事故で健康にどれくらいのリスクがあり、どのように向き合えばいいのか」について、専門家を招いて討論した。出席者は札幌医科大学の高田純教授(放射線防護学)、横浜国立大学の松田裕之教授(環境リスク学、生態学)、21世紀政策研究所研究主幹・国際環境経済研究所の澤昭裕所長、司会はアゴラ研究所の池田信夫所長だった。
視聴者約3万人、コメント約3万件と盛況となり、問題への社会の高い関心をうかがわせた。最初のアンケートで「あなたは危険厨ですか安全厨ですか」と聞いた。結果は「安全厨」が48.5%、「危険厨」が51.5%と分かれた。「厨」(ちゅう)とは若者の俗語で「その傾向にある」などの意味だ。現在の世論が割れていることが分かる。
高田氏「福島の健康被害の可能性はない」
福島を調査した高田純氏は「福島に健康被害はない」と述べた。これは事故後に行われた日本保健物理学会、日本医学放射線学会 などで公開された他機関の研究者からの報告と一致している。
高田氏は世界の核災害地の調査を続けた科学者で、その研究は著書「世界の放射線被曝地調査」(講談社)「福島 嘘と真実―東日本放射線衛生調査からの報告」(医療科学社)などで紹介されている。話のポイントは以下の通りだ。
「チェルノブイリでは事故直後、1日100 mSv(ミリシーベルト)までの線量を観測。また周辺30キロメートル圏内で最大750mSvの線量を受けた住民もいた。福島で私(高田氏)は4月8日から3日間、福島県内を調査し、事故の原発の門まで行った。3日間の積算量は0.10mSv。また事故1カ月以内に検査した人々66人の甲状腺の放射性ヨウ素による内部被爆線量は、チェルノブイリの被災者の1千分のから1万分の1以下だった。2011年の福島県民の外部被曝線量は10mSv以下、大半の県民は年5mSv以下と評価している」
「放射線のリスクは致死の可能性がある4Sv(瞬時)以上(レベルAとする)、急性放射線障害の危険(レベルB)は1〜3Sv、胎児や健康の被害の可能性がわずかながらあり避けなければならない(レベルC)は0.1〜0.9Sv、自然放射線による年間線量やCTなどの医療検診が(レベルD)が2~10mSv、日常生活以下1mSv以下(レベルE)と、私は分けている。福島では線量の多い人でレベルDだ。福島で健康被害の可能性はないと評価できる」
「チェルノブイリでは事故後に4800人が子供を中心に甲状腺がんになった。その主な理由は放射能に汚染された牛乳を飲んだため。ただし甲状腺がんは適切な治療を行えば致死的な病気にはならず、死者は15人程度だ。福島では汚染された牛乳、農作物の流通がなかったために線量が低く、甲状腺がんの問題は起きない」
「放射性ヨウ素は特に甲状腺に蓄積するが、半減期は8日と短いので今は問題ではない。長く残るセシウム、ストロンチウムが心配されてはいるが、世界の他の核被災地に比べて、問福島では微量なので健康被害の可能性はない。私はチェルノブイリ近郊で採れたキノコを食べたり、またカザフスタンの核実験場で濃縮ウランの粉塵を吸い込んだりして、自らの体を調べた。放射性物質は体内から排出されていく。今でも健康に異常はない」
「昭和40年代に、主に中国の核実験で、日本人は被曝をした。内部被曝を含めて年1mSv〜7mSv程度になった。この核実験による中国西部シルクロード地域の健康被害は甚大だが、日本ではこの被曝で健康被害は観察されていない」
「チェルノブイリでは外部被曝と内部被曝の影響は3対1だったが、福島の場合は10対1であった。日本人は食生活が豊かで、海外を含めいろいろな地域の食材を食べるためだ。これも内部被曝の影響を小さくする」
高田氏は、現在の福島における健康被害の可能性はないことを自らの調査から強調した。
規制強化が生活再建を遅らせる−横国・松田教授、21世紀研・澤氏
しかし事故をめぐる社会的な混乱が人々に被害を与えている。高田氏が知る限り3人が、福島県で自殺をしてしまったという。また政府の失策で家畜を放置したためにその大量死が起き、畜産業の継続が困難になっている。
食品をめぐる規制も、事故後に発生した問題の一つだ。政府4月から食品の放射性物質の規制を年500Bq/kgから100Bq/kgに引き下げて強化する方針だ。これを松田氏は批判した。「この規制で福島の農業が困難になる。国際放射線防護委員会(ICRP)の指針を参考に規制は『害よりも便益が大となる形』で、考えなければならない。賠償金で問題は解決しない。被災者が仕事を通じて生活を再建させる形を考えなければならない」。
また除染でも松田氏は、日本農学会のテクニカルリコメンデーションを参考に、次の指摘をした。「村に一切の放射能がない状態への復元」という実現不可能な除染を望む声を生み、結果的に除染が一向にすすまない状況を生んでいる場合さえある」。
澤氏は以前、経済産業省の行政官だった。「政府はいったん決めたことは、守り続けようとする。規制については農業、水産業をできなくさせるかもしれない。慎重な判断が必要だ。また規制にはさまざまなコストが発生する。岩手、宮城両県の復興も重要だ。国の力が限られる中で、事故対策を他地域や日本の復興全体で考えなければならないが、その視点を忘れがちだ」と話した。
高田氏は大規模な農地の除染が必要となるため、今後の大津波対策のための堤防建設と20キロ圏内の除染事業を合体させ、がれきによる「堤防公園」のアイデアを示した。
情報を提供する努力が足りない—コミュニケーションについて
議論は「コミュニケーションをどのようにするべきか」という点に移った。澤氏は原発事故後にシンポジウムなどで「命とお金、どちらが大事か」と問われるという。もちろん命だが、それを保つためにお金は必要で、「単純な二分論で答えられる問題ではない」と強調した。「専門家が健康被害の可能性は小さいと一致しているのだから、それに基づき社会のコストを考えるべきではないのか。その意思決定の積み上げが丁寧に行われていないように思う」と指摘した。
高田氏は、「民主党政権は専門家の意見を聞かない」と批判をした。東海村の臨界事故(1999年)では当時の自民党の森喜朗総理が事故対策本部長となり号令を発した。各関係学会から専門家が現地に結集。調査と住民との対話を繰り返した。
福島原発事故では、学者の政策決定への参加が少ないという。さらに福島では住民の体内放射能の検診が遅れた。高田氏現地で調査をするごとに、特に母親を中心に、高田氏のところに検査を求める人が殺到したという。「お母さん方が心配するのは当然だ。検査によって安心させなければならなかった」という。
松田氏の研究する環境リスク学は、リスクをできる限り可視化して、その対策の優先度を考えるというものだ。「どのようなリスクもゼロにするには大変なコストがかかる。単純な解決策はないが、信頼できる立場の情報の説明を重ね、可能な限り多様な情報を社会に提供することが必要だ」と指摘した。ただし無理に説得しようという取り組みも、人々に信用されない。「それぞれの意見を尊重し、無理のない形で合意を積み重ねることだ」と話した。
インターネットテレビの特徴ゆえに、番組は視聴者から大量の質問がきて、出席者と対話をした。「批判はあるのか」という問いに、高田氏が答えた。匿名で「御用学者」という批判が殺到、脅迫、中には「死ね」という匿名電話であったという。池田氏は「異常な批判が自由な情報の流通を止めかねない」と警鐘をならした。
またメディア情報が「危険」に偏りがちだという感想が視聴者からあった。池田氏は、「メディアは安全ではなく危ないということを指摘しがち」と指摘した。
最後にまとめとして、「重要なのは、すでに起こった事故の被害を最小化すること。福島に健康被害がないことを前提に復興を考えなければならない」と、池田氏が発言。参加者はその意見に一致した。
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