原爆の被害者調査からみた低線量被曝の影響 — 可能性の少ない健康被害

2012年01月16日 10:00
アバター画像
経済ジャーナリスト

広島、長崎の被爆者の医療調査は、各国の医療、放射能対策の政策に利用されている。これは50年にわたり約28万人の調査を行った。ここまで大規模な放射線についての医療調査は類例がない。

オックスフォード大学名誉教授のW・アリソン氏の著書「放射能と理性」[1]、また放射線影響研究所(広島市)の論文[2]を参考に、原爆の生存者の間では低線量の被曝による健康被害がほぼ観察されていないという事実を紹介する。

調査の背景

放射線衛生研究所(RERF)の調査によって、次のような事実が把握されている。原爆が投下されたときに、広島と長崎の人口は合計42万9000人だった。熱と放射線の影響で、即座に10万3000人以上が死亡した。爆発直後の情報は欠落が多いが、1950年以降は生存者28万3000人の医療記録が存在している。

記録で判明した人のうち1950年から2000年までにがんで亡くなったのは原爆投下時の全人口比7.9%、がん死亡者の中で放射線由来のがんで亡くなったと推定される人は0.4%とされている。これは、以前に考えられていたものよりも、かなり低い割合だ。RERFは約8万7000人の被曝量を推定している。行動データ、その後の検査などから、推計した。

またRERFはLNT仮説と被曝しなかった日本人の死亡データを参考に放射線の被爆線量による、白血病、固形がんの発症予測も行っている。LNT仮説(しきい値なし直線(Linear No Threshold:LNT)仮説)とは、「放射線はたとえ僅かな線量であっても有害であり、がんにかかりやすくなる度合いは、浴びた放射線量に比例して高くなる」というものだ。

被爆者の調査結果

図の1と2は原爆生存者のうち、1950年から2000年までに白血病とがんで死亡した人の数だ。白血病では200ミリシーベルト(mSv)、がんでは100mSv以上で死亡者数は予想値よりも実際の数の方が多い。それ以下の水準の被曝では放射線の増加による健康被害は観察できない。

この結果は、低線量被曝における健康被害の可能性が少ないこと、被曝のしきい値(それを境にしてある現象が増える数値)は100mSv程度と推定されることの参考情報として、各国の政策決定者、医療関係者は受け止めている。

福島第一原発事故では、それによって一般市民が100mSv以上の被曝を受けた報告はない。被爆者の情報から考えると、この事故による健康被害の可能性は少ない。

脚注:
[1] ウェイド・アリソン「放射能と理性−なぜ100ミリシーベルトなのか」徳間書店、2011年
[2] Dale L. Preston, et al. ’Effect of Recent Changes in Atomic Bomb Survivor Dosimetry on Cancer Mortality Risk Estimates’ RADIATION RESEARCH 162, 377–389, 2004.

(図表1)原爆の生存者のうち1950年から2000年までに白血病で死亡した人の数

被爆線量のレンジ(mSv) 生存者数(人) 死亡者数(実際) (予測)
5未満 37403 92 84.9
5-100 30387 69 72.1
100-200 5841 14 14.5
200-500 6304 27 15.6
500-1000 3963 20 9.5
1000-2000 1972 39 4.9
2000超 737 25 1.6
合計 86955 296 203
アリソン「放射能と理性」などから編集部作成
(図表2)原爆の生存者のうち1950年から2000年までにがんで死亡した人の数

被爆線量のレンジ(mSv) 生存者数(人) 死亡者数(実際) (予測)
5未満 38507 4270 4282
5-100 29960 3387 3313
100-200 5949 732 691
200-500 6380 815 736
500-1000 3426 483 378
1000-2000 1764 326 191
2000超 625 114 56
合計 86611 10127 9647
アリソン「放射能と理性」などから編集部作成

This page as PDF

関連記事

  • 資産運用会社の大手ブラックロックは、投資先に脱炭素を求めている。これに対し、化石燃料に経済を依存するウェストバージニア州が叛旗を翻した。 すなわち、”ウェストバージニアのエネルギーやアメリカの資本主義よりも、
  • SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)については、多くの日本企業から「うちのビジネスとどう関連するのか」「何から手を付ければよいのか」などといった感想が出ています。こう
  • 過去10年のエネルギー政策においては、京都議定書のエネルギー起源CO2排出削減の約束水準が大前提の数量制約として君臨してきたと言える。当該約束水準の下では、エネルギー政策の選択肢は「負担の大きい省エネ・新エネ」か「リスクのある原子力発電」か「海外排出権購入」かという3択であった。
  • 米国ワイオミング州のチェリ・スタインメッツ上院議員が、『Make CO2 Great Again(CO2を再び偉大にする)』法案を提出したと報じられた。 ワイオミング州では ワイオミング州は長い間、経済の基盤として石炭に
  • リスク情報伝達の視点から注目した事例がある。それ は「イタリアにおいて複数の地震学者が、地震に対する警告の失敗により有罪判決を受けた」との報道(2012年 10月)である。
  • 7月25日付けのGPERに池田信夫所長の「地球温暖化を止めることができるのか」という論考が掲載されたが、筆者も多くの点で同感である。 今年の夏は実に暑い。「この猛暑は地球温暖化が原因だ。温暖化対策は待ったなしだ」という論
  • アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。 今週のアップデート 1)英国のEU離脱、エネルギー・気候変動対策にどのような影響を与えるのか 英国のEU離脱について、さまざまな問
  • 5月25〜27日にドイツでG7気候・エネルギー大臣会合が開催される。これに先立ち、5月22日の日経新聞に「「脱石炭」孤立深まる日本 G7、米独が歩み寄り-「全廃」削除要求は1カ国-」との記事が掲載された。 議長国のドイツ

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑