(再掲載)チェルノブイリの遺産(概要の日本語訳)
概要
1986年のチェルノブイリ原子力発電所における事故は、ベラルーシ、ウクライナ、ロシア連邦にまたがる広範な地域に膨大な量の放射性核種が放出される結果となり、原子力発電業界の歴史の中で最も深刻な事故であった。20年経った今、国連諸機関および当該三ヶ国の代表が共同で健康、環境、そして社会経済的な影響について再評価を行った。
最も高い線量の放射線を浴びたのは、事故直後から5日間の間に緊急事態に対応した作業員と現場にいた職員だったが、合計でおよそ1000人いた。その一部の人々は、致死量レベルの放射線を浴びた。そして約60万人が緊急および復旧のための作業員(「精算人」)として登録された。作業中に高線量の放射線に被曝した者もいたが、多数の作業員と、ベラルーシ、ロシア、ウクライナ各国内の「汚染された」と指定された地域にいた住民(500万人超)のうち大多数の全身放射線被曝量は比較的低レベルで、自然由来の放射線による被曝量と比べてもそれほど高くはなかった。当局が行った軽減策は最も汚染のひどい地域から人々を避難させることなどで、放射線被曝量および事故の放射線による健康への影響を大幅に減らした。それでもなお、事故は人類全体におよぶ悲劇であり、環境、公衆衛生、そして社会経済に対し重大な影響を与えた。
放射性ヨウ素を含む放射性降下物を原因とする小児甲状腺がんは、事故がもたらした健康への影響の中で最も大きいものの1つである。事故後数ヶ月のうちに甲状腺が受けた放射線量は、当時子供で、高線量の放射性ヨウ素を含むミルクを飲んだ人々の間で特に高かった。2002年までに、この集団の中では4000件を越える甲状腺がんの症例が見られ、この大部分は放射性ヨウ素を摂取したことに起因する可能性が最も高い。
若年時に被曝した人々の間で甲状腺癌の発生率が著しくに増加した以外に、放射線の影響を最も受けた人々の間で放射線による固形癌や白血病の発生率が増加したとは明確に証明されていない。しかし事故の影響を受けた人々の間では心理的な問題が増加した。放射線の影響についての情報伝達が不十分であったことに加え、後のソビエト連邦の崩壊によって引き起こされた社会混乱および経済不況により悪化した。
チェルノブイリ事故による放射線被曝を原因とする致死的がんの数は、正確に、確実に査定できるものではない。事故とそれに対する反応に誘引されたストレスや不安についても、同様である。放射線のリスクに関する仮定のわずかな違いが、健康への影響に関する予測に大きな違いをもたらす可能性がある。そのため、そうした予測は大変に不確実なものである。国際的な専門家グループが、事故がもたらした今後起こる可能性のある健康への影響のおおよその見積もりを出している。公衆衛生の資源を将来的にどのように割り当てるかという計画を立てるのを支援するためだ。その予測は、最も高い線量の放射線に被曝した人々(精算人、避難者、およびいわゆる「厳戒制限区域」と呼ばれる地区の住民)の間では、チェルノブイリ事故と関連する放射線被曝によるがんの死亡率は最大で数パーセントの増加であろうと指摘している。その増加率とは、これらの人々の間で、他のさまざまな原因によるおそらく10万例ほどのがんによる死亡者数に対して、最終的には事故にある影響が最大で数千例であろうことを意味する。この規模程度の増加を見抜くことは、非常に慎重かつ長期間にわたる疫学的研究をもってしても大変難しい。
1986年以来、事故の影響を受けた環境における放射線レベルは、自然のプロセスやさまざまな対策によって数百分の一まで減少した。そのため「汚染」区域の大部分は、今では居住や経済活動を行っても安全である。しかしチェルノブイリの立入禁止区域およびある特定の限定された地域では、土地利用制限を今後何十年にもわたって続ける必要がある。
当該国政府は事故後の事態に対処するために数多くの効果的な措置を取った。しかし、最近の研究は近年の取り組みの方向性は変更されるべきであると示している。一般市民や緊急作業員の心理的な重荷をなくすだけではなく、事故の影響を受けたベラルーシ、ロシア、そしてウクライナの各国民に対する社会的経済的復興が優先されなくてはならない。ウクライナについては、崩壊したチェルノブイリ4号機の解体と、放射性廃棄物を安全に管理することを含め、チェルノブイリ立入禁止区域を段階的に修正していくことも併せて、優先して検討されるべきであろう。
事故の影響を軽減する過程において蓄積される経験から得た知恵を保存することは必要不可欠である。そして、事故による環境、健康、そして社会への影響のいくつかの側面に焦点を当てた研究を長期的に継続させるべきである。
環境放射線、人の健康、そして社会経済的な側面について取り上げているこの報告書は、これまでで最も包括的な事故の影響の評価を行っている。評価にはベラルーシ、ロシア、ウクライナを含む多くの国から約100名の著名な専門家が貢献した。報告書は、事故の影響下にある3カ国と、8つの国連機関それぞれの権限内での統一見解を表している。
関連記事
-
アゴラ研究所は第5回シンポジウム「遺伝子組み換え作物は危険なのか」を2月29日午後6時30分から、東京都千代田区のイイノホールで開催します。環境、農業問題にも、今後研究の範囲を広げていきます。ぜひご参加ください。重要な問題を一緒に考えましょう。
-
12月14日に投開票が行われる衆議院議員選挙。そこでの各党の選挙公約をエネルギーに焦点を当てて分析してみる。
-
使用済み燃料の再処理を安定的、効率的に行うための「再処理等拠出金法案」の国会審議が行われている。自由化で電力会社が競争環境下に置かれる中で、再処理事業を進める意義は何か。原子力に詳しい有識者と政治家が徹底討論を行った。
-
2015年5月19日、政策研究大学院大学において、国際シンポジウムが開催された。パネリストは世界10カ国以上から集まった原子力プラント技術者や学識者、放射線医学者など、すべて女性だった。
-
脱原発が叫ばれます。福島の原発事故を受けて、原子力発電を新しいエネルギー源に転換することについて、大半の日本国民は同意しています。しかし、その実現可能な道のりを考え、具体的な行動に移さなければ、机上の空論になります。東北芸術工科大学教授で建築家の竹内昌義さんに、「エコハウスの広がりが「脱原発」への第一歩」を寄稿いただきました。竹内さんは、日本では家の断熱効率をこれまで深く考えてこなかったと指摘しています。ヨーロッパ並みの効率を使うことで、エネルギーをより少なく使う社会に変える必要があると、主張しています。
-
フランスの国防安全保障事務局(SGDSN)は「重大な原子力または放射線事故に係る国家対応計画」を発表した(2014年2月3日付)。フランスは原子力事故の国による対応計画をそれまで策定せず、地方レベルの対応にとどまっていた。しかし、日本の3・11福島第一原子力発電所事故を受け、原子力災害に対する国レベルの対応計画(ORSEC 計画)を初めて策定した。
-
国内の原発54基のうち、唯一稼働している北海道電力泊原発3号機が5月5日深夜に発電を停止し、日本は42年ぶりに稼動原発ゼロの状態になりました。これは原発の再稼動が困難になっているためです。
-
政策家の石川和男さんが主宰する霞が関政策総研のネット放送に、菅直人元首相が登場した。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間