石炭を巡り起きている不都合な真実

2024年09月21日 06:50
アバター画像
国際環境経済研究所主席研究員

CUHRIG/iStock

米国政府のエネルギー情報局(EIA)が、9月4日付で興味深いレポートを発表した。レポートのタイトルは「米国産の火力発電向け石炭輸出は欧州向けが減る一方、アジアとアフリカ向けが急増」である※1)

ここでは米国からの火力発電向用石炭の輸出量が2020年以降増加傾向にあり、特に24年上半期は前年同期比で欧州向け輸出を大きく減らした一方で、アジア、アフリカ地域への輸出がそれを上回る勢いで急増しているという。

図は23年と24年の上半期輸出量の増減を地域別に比較したものであるが、欧州向け輸出量が650万トンから240万トンへと、67%(410万トン)も減少している。その理由として同レポートでは、欧州で24年の春先にかけて比較的温暖だったことと、天然ガス発電・再エネの拡大を挙げている。

一方で、同じ時期に米国からアジアに輸出された燃料炭の量は19%増、量にして400万トン拡大しており、その多くがインドと中国の二か国に輸出されているという。加えて同時期にアフリカ向け輸出も60%増、量にして200万トン増えているので、アジア向けと合わせると欧州向け輸出の減少分を超える輸出拡大となっている。

バイデン大統領が率いる米国は気候変動対策に積極的であり、石炭火力発電や石炭鉱山開発向けの資金の流れを抑えるイニシアチブをEUと共に進めたり、COP28やG7、G20 の場でも、削減対策のとられていない石炭火力発電の新設を止めることを主張してきたアンチ石炭運動の主導国として、英国、フランスなどと足並みをそろえている。

その一方で、米国自身が石炭産出国であり、年間4000~5000万トンもの燃料端を輸出して石炭の販売から経済的裨益を受けている国という二重の顔をもっている。

石炭はどこで発電に使って燃やしてもCO2を出すことに変わりがないので、気候変動対策を第一に考えるなら、自国の炭鉱を閉じ、石炭輸出を止めれば良いようなものだが、実際にはアジア、アフリカでの需要拡大を商機として、米国自身が輸出量を拡大して稼いでいるのである。

ちなみに興味深いことに、EIAのレポートによると急増するアフリカ向け石炭輸出の向け先のほとんどが、エジプトとモロッコの2か国に向けられているということだが、奇しくもこの2か国は過去に国連気候変動枠組み条約の年次総会(COP)のホスト国として、いずれもCOPの議長を務めている※2)(COP27@シャルム・エル・シェイク、COP22&COP7@マラケシュ)。世界のCO2削減に向けた国際交渉の舞台COPにおいて、アフリカを代表して議長国となった2か国が、米国から500万トンもの燃料炭を買っているのである。

国連の気候変動交渉の場では、化石燃料、その中でも最もCO2排出の多い石炭の利用禁止や開発制限といった「きれい事」が語られる裏で、米国は石炭開発を続け、輸出を拡大して稼ぎつづけており、一方、COP議長を務めて気候変動対策をリードした途上国がその米国産石炭輸入の拡大を進めているというのが、現実の世界で起きている「本音」であるという不都合な真実を、このEIAの報告書は語ってくれている。

ちなみに本レポートの前日、9月3日にもEIAは過去のレポートのアップデート版を公表しており※3)、そこでは、現在北米地域(米国、カナダ、メキシコ)において液化天然ガス(LNG)の大規模な輸出基地が続々と建設されており、すでに着工されていて稼働することが確実な10件のプロジェクトだけで、2028年には現状(24年)の輸出容量114億Bcf/dから244憶Bcf/dへと、2倍を超えて急拡大することが確実という。

これらプロジェクトの操業開始が予定されている2028年は、環境派の人たちがCO2の排出量半減が必要と叫ぶ2030年のわずか2年前である。ここでも気候変動問題に関する理想論と現実世界の溝は修復しがたいほど大きく開いてきていることが見て取れる。

※1)U.S. thermal coal exports to Asia and Africa surge as shipments to Europe fall
※2)他にアフリカでCOP議長国を務めたのは南アフリカとケニアだが、南アフリカは石炭産出国であり、一方ケニアには未だ石炭火力発電所は稼働していない。
※3)North America’s LNG export capacity is on track to more than double by 2028

This page as PDF
アバター画像
国際環境経済研究所主席研究員

関連記事

  • ドイツ連邦軍の複数の退役パイロットが、中国人民解放軍で戦闘機部隊の指導に当たっているというニュースが、6月初めに流れた。シュピーゲル誌とZDF(ドイツの公営テレビ)が共同取材で得た情報だといい、これについてはNATOも中
  • いま国家戦略室がパブリックコメントを求めている「エネルギー・環境に関する選択」にコメントしようと思って、関連の資料も含めて読んだが、あまりにもお粗末なのでやめた。ニューズウィークにも書いたように、3つの「シナリオ」は選択肢として体をなしていない。それぞれの選択のメリットとコストが明示されていないからだ。
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 前回書ききれなかった論点を補足したい。現在の日本政府による水素政策の概要は、今年3月に資源エネルギー庁が発表した「今後の水素政策の課題と対応の方向性 中間整理(案)」という資料
  • オーストラリア戦略政策研究所(Australian Strategic Policy Institute, ASPI)の報告「重要技術競争をリードするのは誰か(Who is leading the critical te
  • 福島第一原発事故後、日本のエネルギー事情は根本的に変わりました。その一つが安定供給です。これまではスイッチをつければ電気は自由に使えましたが、これからは電力の不足が原発の停止によって恒常化する可能性があります。
  • 新しい日銀総裁候補は、経済学者の中で「データを基に、論理的に考える」ことを特徴とする、と言う紹介記事を読んで、筆者はビックリした。なぜ、こんなことが学者の「特徴」になるのか? と。 筆者の専門である工学の世界では、データ
  • 企業で環境・CSR業務を担当している筆者は、様々な識者や専門家から「これからは若者たちがつくりあげるSDGs時代だ!」「脱炭素・カーボンニュートラルは未来を生きる次世代のためだ!」といった主張を見聞きしています。また、脱
  • 福島県で被災した北村俊郎氏は、関係者向けに被災地をめぐる問題をエッセイにしている。そのうち3月に公開された「東電宝くじ」「放射能より生活ごみ」の二編を紹介する。補償と除染の問題を現地の人の声から考えたい。現在の被災者対策は、意義あるものになっているのだろうか。以下本文。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事