SAF(持続可能な航空燃料)は本当に「持続可能」な燃料なのか?

2024年09月05日 06:40
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元静岡大学工学部化学バイオ工学科

冒頭に、ちょっと面白い写真を紹介しよう。ご覧のように、トウモロコシがジェット機になって飛んでいる図だ。

要するに、トウモロコシからジェット燃料を作って飛行機を飛ばす構想を描いている。ここには”Jet Fuel from Corn Sounds Sustainable, but Isn’t Much Cleaner”(トウモロコシからの燃料は持続可能なように聞こえるが、それほどクリーンではないよ)との添え書きがあるけれども。

この種の航空燃料は一般にSAFと呼ばれている。SAFはSustainable Aviation Fuelの略で「持続可能な航空燃料」と訳される。

従来のジェット燃料が原油から作られるのに対して、廃食用油、サトウキビなどのバイオマス燃料や都市ゴミ、廃プラスチックを用いて生産される。廃棄物や再生可能エネルギーが原料のため、従来のジェット燃料と比べて約60〜80%のCO2削減効果があるとされる。故に航空分野ではCO2削減に最も効果が高いとされており、世界各国で官民挙げてSAFの利用に取り組んでいる。

ただし、2020年の世界のSAF供給量は約6.3万kLに過ぎず、これは世界のジェット燃料供給量の0.03%にしかならなかった。そこで、このSAFの生産量を飛躍的に高めねばならんということで、我が国の国交省は「2030年に必要なSAF量を外航分を含み170万kLと見込む」としている。なお、この量は2019年のジェット燃料約890万kLの19%に当たる。

これでも全燃料のまだ1/5にしかならないわけだが、2030年と言えばあと6年である。この「見込み」には、果たして見込みがあるのか?

ネットでSAFを調べると、資料は沢山出てくる。例えばJOGMEC(独エネルギー・金属鉱物資源機構)の説明が分かりやすい。これによるとSAFの主な原料と製造方法は次のようになる。

主な原料 製造方法
1)廃食用油 使用後の食用油や植物油などと水素を使って製造(HEFE)
2)第一世代バイオエタノール(コーン、サトウキビ等) コーンやサトウキビを発酵させて作ったアルコールから製造(ATJ)
3)非可食原料(ポンガミア、微細藻類、第二世代エタノール(古紙等)等) 藻や古紙などから油分を取り出し、水素を使ったり、発酵させてアルコールから製造(HEFE、ATJ)
4)ごみ(廃プラスチック等) 原料を蒸し焼きにしてガス化し、炭素1個の分子と水素分子にばらばらにした後、再びつなぎ合わせて液体燃料を製造(ガス化FT合成)
5)二酸化炭素、水素 二酸化炭素と水素を合成して製造。いわゆる「合成燃料(e-Fuel)」(FT合成)

解説には

ごみ(廃プラスチック等)」を除くと、植物の光合成を軽油、または人工的に大気中の存在する二酸化炭素から炭素を取り出してSAFを製造します。いずれも製造方法としては確立されていますが、コストが高すぎたり、実証段階のものが多く、現在最も多く使われているのは廃食用油からつくられたSAFです。

とある。

またそのメリットとして、1)CO2排出削減ができる、2)既存インフラが使える、3)国産原料でつくれる、が挙げられ、デメリットとして製造コストが高いことが挙げられている。

製造コストとして、従来燃料が100円/Lに対しSAFは200〜1600円/Lとの値が示されている。ただし発熱量が示されていないので、正確には同じ熱量当りの価格を比較すべきである。

JETRO(日本貿易振興機構)の地域・分析レポートによると、2024年の航空界の総燃料費は2910億ドル、運用コスト全体の31%を占めるそうだ。つまり燃料価格は彼らにとって重要問題である。それでも高いSAFを使い続ける理由は、もちろん「脱炭素」しかない。むしろ「脱炭素」で強制されていると言っても良い。これがなければ、どこの航空会社もSAFなど使うはずがない。

一方、SAFは2023年に6億L(=60万kL)生産され、2024年にはその約3倍の18億7000万L(=187万kL)に達し、航空燃料需要の0.53%になる見込みと発表されている。国交省の2030年目標値は、世界全体では今年中に達成されそうだ。しかし、価格は高止まりしているようだ。

この高いSAFに頼るのは、航空業界特有の事情もある。航空業界は現在、世界全体のCO2排出量の約2.5%を占めているが、これを減らそうとしても、航空機の電動化はバッテリー重量の制約で事実上困難であり、水素を航空利用するには、空港などでの供給インフラに大きな変更が必要である。それで上記の2)既存インフラが使える、と言うのは大きなメリットなのだ。

しかし現状のSAFは値段が高く、供給量もごく少ない。そこで、中東・アフリカ地域でSAFを生産しようとの目論見が考えられている。しかしこれでは、上記3)国産原料でつくれる、から離れ、他の資源と同様に輸入頼み体制で終始することになる。もっとも、その有望な中東でさえ、課題は山積しているそうだが。

ここで、問題点を整理してみたい。上記5種類のSAFは大別するとA)バイオ燃料系、B)合成燃料系、に分けられる。前者としては上記1)〜3)が相当し、それらはまた、エタノール系と非エタノール系(バイオディーゼル等)に分けられる。エタノール系は第一、第二世代がそれに当たる。廃食用油や微細藻類などからの油分等は、非エタノール系である。

B)合成燃料系としては、上記の4)と5)が該当し、前者は廃棄物原料の利用だが、廃プラは化石燃料由来だし、紙や木くずは木質系バイオマス由来であり、他用途との競合もある。故に入手自体が難しくなる可能性がある。

しかしそれ以上にこの燃料の基本的な問題点は、原料を高温でガス化するための必要エネルギーが大きく、得られた燃料価格を押し上げるだけでなく、エネルギー収支的にも必ずしも有利でない点である。

ガス化したままで使う方がエネルギー的には有利だが、航空機に積むには液体燃料が望ましい。その液体燃料を合成するためにFT法と言うプロセスを用いるが、合成反応自体が吸熱反応なので、その段階でまたエネルギーを使う(多くの場合、熱源は石炭)。そのため、得られた液体燃料のエネルギーまたはCO2収支が不利になってしまう。

この種の液体燃料は、1980年代の石油危機以降かなり熱心に研究されたが、現在でも実用化された例はほとんどないと言う現実がある。どうしても高くつくから。

B)の最後の5)は文字通り今流行のe-Fuelであるが、これは要するに水素を原料としてCO2を還元して炭化水素を作る試みであり、水素が安く大量に入手出来なければ実現できない。これもまた、メタン(CH4)などの気体燃料合成ならまだしも、FT合成で液体燃料製造となると投入エネルギーも大きくなるしコストも上がる。いずれにせよ、水素の入手可能性で大半が決まる。

と言うわけで、SAFとして頼りになるのはA)バイオ燃料系が主体となるのだが、バイオ燃料にも問題は多い。大きく分けて、次の問題がある。

  1. エネルギー・CO2収支の問題:バイオ燃料は「カーボンニュートラル」なのか?
  2. 供給可能量の問題:かつての化石燃料のように供給できるのか?しかも持続可能な形で。
  3. 経済性の問題:熱量当りの価格で化石燃料に対抗できるのか?
  4. 食料その他の用途との競合:コーン、サトウキビなどは無論競合する。その他のバイオ燃料も食用作物と栽培用地を取り合うので、間接的には食料生産と競合する場合が多い。
  5. 生態系保全の問題:真に「持続可能」であるためには、生態系を維持したまま生産できなければならないが、それは可能なのか?あるいは、持続可能な生産力とは?

これらはバイオ燃料をめぐる本質的な問題であるが、マスコミ等では一面的な解説しか行われていない場合が目立つ。

例えば「バイオ燃料は「カーボンニュートラル」であるから、CO2排出削減に役立つ」という誤解。確かに、バイオ燃料中の炭素が大気中CO2から光合成で固定された炭素であることは事実で、その限りでは「カーボンニュートラル」なのだが、実際にはバイオ燃料の製造段階で栽培・輸送・加工などのために種々のエネルギーが外から投入されるので、全体として見ると決して「カーボンニュートラル」ではなくなってしまう。これは過去の数多くの研究で明らかにされている。

例えばバイオエタノールの場合、ブラジルのサトウキビ原料でエタノールの蒸留用燃料にバガス(サトウキビの茎部分)を使えば、エネルギー収支は正(エタノールの発熱量>投入エネルギー)になるが、その他の場合は大抵負になる。エタノールは発酵後の濃度が20%程度しかなく、飲むにはこれでも良いが、燃料に使うにはこれを98%にまで濃縮するための蒸留用エネルギーが必要になるからだ。トウモロコシなどのデンプン材料や紙・木材などの原料では糖化工程も必要で、ここにもエネルギーがかかる。

エタノール以外の燃料作物では、収量が少ないのと栽培で消費するエネルギーが大きいため、多くの場合収支は負になる。つまり多くの場合、バイオ燃料はCO2排出削減どころか、排出増加の可能性が高いのである。

それでも推進された理由は唯一、液体燃料が得られる、と言うのがバイオ燃料生産の口実だった(つまり石油代替燃料として)。

ついでに言うと、サトウキビやトウモロコシ原料のバイオエタノール生産は本来、エネルギー供給が主目的ではなく、これら作物の価格調整が主目的(供給過剰による価格暴落を防ぐため)、つまり農業政策だったのだ。日本のバイオ燃料政策は、この点を完全に見落としたまま、あくまでもエネルギー政策として進められた。

量的な問題としては、以前にも書いたが、日本の油脂及び油脂製品の流れを見ると、事業系・家庭系合わせて生産は年間42〜46万トン、使用後は多くが飼料用に回され、BDF(バイオディーゼル)向けは10%程度、平成22年で2万KLとなっている(なぜか、平成22年=2010年以降の統計数字が見つからない・・)。

かつ、廃食用油からディーゼル燃料を作る際には、約半分に減量してしまう(約半分がグリセリンとなり、大半は廃棄される)点にも問題がある。廃食用油はむしろ、夾雑物だけ除去して、重油代替で使う方がまだマシに思える。

一方、日本の燃料油需要実績は、2019年度で約1億6千万KL(電力用C重油を除く)となっており、ジェット燃料油だけで515万KLに上る。BDF2万KLでは0.4%にも満たない(かつ、BDFの用途の大半は農業トラクター用などで、ジェット燃料などにはほとんど使われない:品質上も種々の問題を抱えているからだ)。しかも、ジェット燃料が日本の運輸部門のエネルギー消費に占める割合は、19年度で5.1%に過ぎない

5.1%のさらに0.4%未満では、とても話になるまい。こんな状況なのに「現在最も多く使われているのは廃食用油からつくられたSAFです。」なのだ。

食料等との競合に関して言えば、世界のバイオ燃料生産は2021年で5000万トンにも上るが、原料の多くはパーム油・大豆油などで、廃食用油は1割程度に過ぎない。すなわち、他に本来的な用途があるのに、いきなり燃料化され燃やされている油脂類が大半なのである。我々は、かなり以前からこれを問題視し反対していた(「幻想のバイオ燃料」その他参照)。

このように、バイオ燃料はディーゼル油・バイオエタノール共に多くの問題を抱えている。化石燃料と比べて量的に少なく、製造工程を含めるとエネルギー収支が不利(→繰り返すが、決して「カーボンニュートラル」ではない!)、かつ価格的にも安くできない(栽培や収集・加工等にコストがかかるから)。また、原料によっては食料需要を圧迫するという倫理的な問題もある。

バイオ燃料推進派は、実際は問題だらけなのに、全てに目を塞いで「バイオ燃料はカーボンニュートラル、脱炭素に役立つ」との呪文を唱えているだけなのだ。

以上から、結論は明らかだ。SAFはA)バイオ燃料系、B)合成燃料系ともに大きな問題を抱えている。

バイオ燃料は上記した種々の問題があり、持続可能性にも疑問がある。基本的に、バイオマス資源に関しては食料用途が優先で、燃料化は最後に回すべきである。

合成燃料系は、エネルギー収支的に正味でCO2削減になるか疑問が多く、実現可能性は水素の入手可能性に大きく依存するので、水素社会に展望が開けない限り頼りにはならないだろう。要するに、SAFは名前の通りのSustainable:持続可能とは言えない燃料なのだ。

しかし、悲観するには及ばない。航空業界は現在、世界全体のCO2排出量の約2.5%を占めているとのことだが、この程度のエネルギーをSAF以外の化石燃料で賄ったとしても、大気中CO2濃度には殆ど影響しないからだ。前稿で述べたように、人類起源のCO2は、毎年約2ppmずつ増えているうちの高々5%、つまり0.1ppm程度に過ぎず、その約2.5%ではもはや測定誤差未満になるだろうから。

燃料費が運用コストの30%を占める航空業界で、無理に高いSAFを使う必要はどこにもない。航空会社は安心して、安価なジェット燃料を使うべきである。

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