核燃料サイクルの「2018年問題」

2015年02月23日 10:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

(アゴラ版)

六ケ所村の再処理工場を見学したとき印象的だったのは、IAEAの査察官が24時間体制でプルトニウムの貯蔵量を監視していたことだ。プルトニウムは数kgあれば、原爆を1個つくることができるからだ。

核兵器をもたない日本が、なぜ核燃料サイクルにこだわるのかは謎である。2004年に経産省の官僚が書いた「19兆円の請求書」という怪文書でも、「高速増殖炉(FBR)で燃料効率が60倍になる」という話は、90年代後半に六ヶ所村の再処理工場が本格着工する前にだめだとわかっていた。

イギリスは1994年、フランスは1997年にFBRを放棄したが、経産省は「プルサーマルで燃料効率を上げる」という理由に変更して、当初の計画を強行した。その結果、「もんじゅ」が挫折し、にっちもさっちも行かなくなった。

核燃料サイクルについては反原発派がいろいろなホラーストーリーを流しているが、すべてナンセンスだ。たとえ再処理が100%安全だったとしても、それは意味がないのだ。プルサーマルで節約できるウランはたかだか25%で、再処理コストに見合わない。原子力委員会の次の試算でも明らかなように、再処理の収支はマイナスなのだ

図表1・バックエンドのコスト(円/kWh) 出所:原子力委員会

割引率3%で考えても、再処理は直接処分より約1円/kWh高い。これは現在の(かなり甘い)コスト評価で計算しているが、不確実性を勘案すると、怪文書の計算のように19兆円から50兆円かかる。これに対して再処理でMOX燃料をつくって燃料を節約する効果は、ベストの想定でも今後22年で10.5兆円である。

つまりもっとも楽観的に計算しても、8.5兆円の赤字なのだ。最初からキャッシュフローがこれほど巨額のマイナスになるプロジェクトに投資することは、資本主義では考えられない。電力会社も本当はいやだったのだが、面子にこだわる経産省が強行した。村田事務次官の時代に撤退が検討されたようだが、剛腕の村田氏でも既成事実の壁は崩せなかった。

これをくつがえせる唯一のチャンスは民主党政権のときだったが、彼らは「原発ゼロ」という空想的な計画を出し、アメリカから「原発ゼロにするなら再処理をやめろ」といわれて、計画を撤回してしまった。これが大失敗で、このときが外圧を使って再処理をやめるチャンスだった。

学術会議が核廃棄物について提言するなら、この問題を指摘すべきだったが、今田委員長は「廃棄物量を減らすため原子炉における核燃料の燃焼度をあげ、核燃料サイクルを利用することが選択肢の一つになりうる」と、とぼけたことを言っている。社会学者は、採算性という言葉を知らないのだろう。

しかし安倍政権がなし崩しに「原発ゼロ」の方向をとると、また外圧がやってくる。現在の日米原子力協定は2018年7月に有効期限が来るので、どちらかが継続しないと表明すると協定は終了する。日本は核拡散防止条約の例外ではなくなり、プルトニウムの保有は許されなくなるのだ。

1988年に今の原子力協定を締結したときも、米議会には日本が何のためにプルトニウムを保有するのか怪しむ向きが多かった。まして政府が「脱原発」の方針を取ったら、核燃料サイクルそのものの破棄を迫られるだろう。あと3年半というのは、外交ではほとんど余裕のない交渉期間だ。安倍政権は、否応なく態度決定を迫られる。

(2015年2月23日掲載)

This page as PDF

関連記事

  • 2021年8月に出たIPCCの報告の要約に下図がある。過去の地球の平均気温と大気中のCO2濃度を比較したものだ。これを見ると、CO2濃度の高い時期(Early Eocene)に、気温が大変に高くなっているように見える。
  • 小泉進次郎環境相(原子力防災担当相)は、就任後の記者会見で「どうやったら(原発を)残せるかではなく、どうやったらなくせるかを考えたい」と語った。小泉純一郎元首相が反原発運動の先頭に立っているのに対して、今まで進次郎氏は慎
  • 経済産業省で12月12日に再生可能エネルギー主力電源化制度改革小委員会(以下単に「委員会」)が開催され、中間とりまとめ案が提示された(現在パブリックコメント中)。なお「中間とりまとめ」は役所言葉では報告書とほぼ同義と考え
  • 厚生労働省は原発事故後の食品中の放射性物質に係る基準値の設定案を定め、現在意見公募中である。原発事故後に定めたセシウム(134と137の合計値)の暫定基準値は500Bq/kgであった。これを生涯内部被曝線量を100mSv以下にすることを目的として、それぞれ食品により100Bq/kgあるいはそれ以下に下げるという基準を厳格にした案である。私は以下の理由で、これに反対する意見を提出した。
  • 「再エネ拒否データベース(Renewable Rejection Database)」をロバート・ブライスがアップデートして発表した。 Belgian Wind Project Vetoed; Global Total
  • IPCC報告には下記の図1が出ていて、地球の平均気温について観測値(黒太線)とモデル計算値(カラーの細線。赤太線はその平均値)はだいたい過去について一致している、という印象を与える。 けれども、図の左側に書いてある縦軸は
  • (前回:再生可能エネルギーの出力制御はなぜ必要か②) 送電線を増強すれば再生可能エネルギーを拡大できるのか 「同時同量」という言葉は一般にも定着していると思うが、これはコンマ何秒から年単位までのあらゆる時間軸で発電量と需
  • はじめに 東日本大震災から7年経ったのに新潟県ではまだ事故の検証作業を続けている。その原因の一つは事故炉の内部の放射線が高すぎて内部を調べられないことと、事故後発足した原子力規制委員会(以下「規制委」と略す。)が安全審査

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑