独ショルツ政権の気候政策に赤信号:憲法裁判所の衝撃判決
ドイツ・憲法裁判所の衝撃判決
11月15日、憲法裁判所(最高裁に相当)の第2法廷で、ドーリス・ケーニヒ裁判長は判決文を読み上げた。それによれば、2021年の2度目の補正予算は違法であり、「そのため、『気候とトランスフォーメーション基金』のために用意されていた資金のうち、600億ユーロが遡及的に減額される」。
気候とトランスフォーメーション基金というのは、ショルツ政権が「エネルギー転換」を実現させるために作った基金で、エネルギー転換こそがドイツ経済を繁栄に導くと主張してきた政府にとっては、極めて重要なプロジェクトだ。
基金で賄われる予定だったのは、住宅の断熱や暖房の交換のための補助金、電気代、ガス代を抑えるための補助金、EV購入の際の補助金、グリーン水素の開発に対する補助金、さらには、エネルギー転換に励む企業への補助金、外国企業を誘致するための補助金等々。簡単に言えば、緑の党のハーベック経済・気候保護相が進めようとしていた無数のバラマキ政策のための軍資金である。
ハーベック氏は、これら虎の子プロジェクトのために、24〜27年で2129億ユーロを必要としており、600億ユーロはそのうちの来年分。当然、使い道もすでに決まっている。ところが憲法裁判所は、その600億ユーロが違憲であり、すでに使ってしまったものは元に戻せと言ったのだから、政府の受けた衝撃は大きかった。
予算が違憲になった理由とは?
では、何が違憲なのか? ドイツでは、基本法(憲法に相当)109条に、国の財政も州の財政も歳入を歳出が超えてはならないという原則が謳われている。さらにそれに加えて2009年、「2016年からの新規借入はGDPの0.35%を超えてはならない」という法律ができた。通称「借金ブレーキ」法である。
例外として債務超過が認められるのは、非常事態の発生時。つまり、天災、戦争、疫病など。なお、こうして調達されたお金は、他の年に回したり、他の目的に付け替えたりすることは固く禁じられている。
ところが、21年12月にできた現在のショルツ政権は、22年になってから、21年の補正予算として、通常の会計を回避する形で、“気候とトランスフォーメーション基金”を後付けで通した。
しかも、その財源は、気候とは全く別の、コロナ制圧のための資金の転用だった。メルケル前政権では、コロナという非常事態のために莫大な借金が認められたのだが、ショルツ政権は、そこで使われずに残っていた600億ユーロを、何食わぬ顔で気候とトランスフォーメーション基金に組み込み、「コロナで減退した投資を活性化するため」と正当化した。しかし、ケーニヒ裁判長はそれを、「コロナと気候に何の関係があるのかが不明」として突っぱねたわけだ。
このコロナ金の“付け替え”は、21年の秋、現在の与党3党(社民党・緑の党・自民党)の連立交渉の場で策定されたという。前メルケル政権では財相を務めていたショルツ氏のこと、このお金について隅から隅まで知り尽くしていたことは間違いない。
財政戦略を阻む二重三重の足かせ
ただ、問題は自民党の党首で、現財相のリントナー氏だ。現政権ができる前の連立交渉には、彼も当然、加わっていたが、彼の公約は一貫して健全財政。「増税なし」「債務超過なし」を主張して当選を果たしたというのに、その彼が最初から気候基金を合法と見せるためのトリックに加わっていたとなると、信用は失われる。『ディ・ヴェルト』紙は、「このトリックはリントナーにとって、与党参入への入場切符だった」と書いているが、いずれにせよ、ショルツ政権のやり方は、最初からあまり真っ当でなかった気がする。
当然、野党であるCDU(キリスト教民主同盟)がそこに目を付け、基金の付け替えは違憲であるとして訴えた。ただ、判決が出た後、びっくりしたのは彼らも同じだった。まさか、この訴えがそのまま認められるなどとは、誰も夢にも思っていなかったからだ。
なぜなら、本当に600億ユーロが消えるとなれば、補助金を当てにして立てられていた計画が、大小ことごとく瓦解する。EVを買うつもりだったのが買えなくなるなどは序の口で、産業の国外逃避、倒産の波、大量の雇用喪失、最終的には重篤な不況の到来さえ危惧される。
一例を挙げれば、旧東独のマクデブルク市で進んでいるインテル社誘致の話。政府はすでに100億ユーロ(約1.5兆円)の援助を約束してしまっており、1万の雇用が見込まれていた。これが今さらキャンセルになれば、どのような波及効果が出るのか想像もつかない。へたをすると、政府さえ吹っ飛ぶかもしれない。
しかも、こういう話はあちこちにあり、最終的にその被害の負担を被る国民の不満が、トリックを企んだ政府ではなく、それを暴いたCDUや、厳格な判決を下したケーニヒ裁判長に向かう可能性は十分にある。また、気候政策は絶対に遂行されなければならないと信じている人たちにとっては、CDUは国益や気候保護を潰す悪者ともなりかねない。ただ、CDUは国民のその気持ちをわかっているのか、いないのか、今なお与党の弱みを突くことに夢中で、他の不正も探し出すと張り切っている。
一方、ショルツ政権としては、とにかくどうにかして緊急にお金を調達し、この破産状態を抜け出さなくてはならない。ただ、できることは限られている。増税はすでに国民にその余裕がなく、支持は取り付けられないだろうし、リントナー財相の「増税なし」の方針にも反する。
手っ取り早いのは、再び何らかの非常事態を宣言し、債務ブレーキを外し、今年と来年のお金を確保することで、そう主張している人はすでに多い。ただ、そのためには、最高裁に違憲と言われないだけの「非常事態」を考え出す必要があり、それが結構難しい。天災は来ないし、疫病もなく、エネルギー危機はウクライナ紛争のせいにするには少々時期が遅すぎる。その上、債務ブレーキの緩和は、これまたリントナー氏の方針に反する。
ちなみに、DIW(ドイツ経済研究所)の長官マルセル・フラッチャー氏の意見はさらに過激で、憲法を改正し、借金ブレーキ自体も取り払い、いつでも自由にお金を調達できるようにすべきという。そうすれば、資金調達にトリックを使う必要もなく、政治の自由裁量権が広がり、未来の投資に繋がる。モノも考えようだ。守れなくなった規則を変えてしまうのは、欧米人の得意技なので、いずれ借金ブレーキが停止、あるいは緩和される可能性は高いような気がする。
ドイツの国益のためにすべきこと
ただ、一番良いのは支出を減らすことだと、私個人としては思っている。「気候とトランスフォーメーション基金」には、CO2削減にも温暖化防止にも役に立たず、国民に多大な負担を強いるだけの施策が山ほどある。これらを一掃するのは、ドイツの国益に資する。必要なのは、国民への丁寧な説明だ。
CDUは政権の奪還を図りたいなら、違憲、違憲とばかり言っておらず、より良い政策を提起すべきだ。気候政策だけでなく、例えば、現在の難民・移民政策には、あまりにも矛盾と無駄が多過ぎる。また、エネルギー価格を下げたいのなら、4月に止めてしまった最後の3基の原発を再稼働する方が、電気代に補助をつけたり、ハーベック経済・気候保護相のいうように風車を10万本に増やしたりするより、ずっと効果が大きい。
現在の政策の多くは、その根がメルケル前政権にあるため、CDUとしては下手に批判すると、それがブーメランのように戻ってくることを恐れているのかもしれないが、ショルツ政権が弱っている今こそ、本質に切り込むチャンスではないか。いずれにせよ、手遅れにならないうちに、現政権の“緑の妄想”を終わらせなければ、ドイツは本当に自滅の道を歩むことになる。
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