「御用学者」を追放したらどうなったか?
「反知性主義」の広がりが原子力で
福島原発事故以降、「御用学者」という言葉がはやった。バズワード(意味の曖昧なイメージの強い言葉)だが、「政府べったりで金と権勢欲のために人々を苦しめる悪徳学者」という意味らしい。今は消えたが2012年ごろまで「御用学者リスト」(写真)がネット上にあった。卑劣にも、発表者は匿名で名前を羅列した。それを引用し攻撃を加える幼稚な輩もいた。(消されたが小規模に再開されている。匿名のまま・リンク)
私も大物ではないのに「御用ジャーナリスト」として名前があがった。私は原発を活用すべきという意見だ。また2011年から原発事故問題で福島に健康被害はないと繰り返した。そのためか今でも罵倒される。私は反骨心をたたえられる記者という職業で、性格もあるのだろうが、批判には逆に闘志がわいた。
ところが、ここに掲載された組織、学者に聞くとショックを受けたそうだ。そういう知的エリートは、程度の低い人にののしられる経験がないため、ネットの罵声に恐怖を覚えたらしい。これをはじめとした感情的な反発に、専門家は沈黙してしまった。それが理性的な意見を潰し、福島のパニックを長引かせた一因だ。はやりの言葉を使えば「反知性主義」が原子力・放射能問題で広がった。
そして原子力規制の分野では「御用学者」を排除した結果、大変な状況になっている。これはあまり一般に知られていない。
規制委は批判をまったく受け付けず
規制委員会では、活断層の判定問題が混乱している。規制委の新規則では活断層が原子炉の下にあったら使えないとする。工学的対応は可能なので、この規則も問題だ。
規制委は有識者会合をつくり、そこに集めた地質学者に活断層の存在の判定を委ねた。日本原電敦賀発電所2号機では、13年初頭にそれが原子炉の下にあるとした。同原子炉は廃炉に追い込まれそうな状態だ。(詳細は私の解説を参照。14年6月「敦賀原発の活断層判定、再考が必要」、15年1月「原子力規制委員会の活断層審査の混乱を批判する」)
この学者の選定には問題がある。規制委員会は12年9月の発足直後に、活断層調査になぜかよく分からない情熱を示した島崎邦彦委員(現在退任)の要請で、関係学会から推薦を求めた。そこで「これまで国の規制にかかわらなかった人」という条件を付けた。「御用学者」批判を避けるためだろう。
呼ばれなかったある学者は人選に次のように述べた。「地質学は地震国日本で行政の防災活動と密接にかかわる以上、国と関係のない学者は何か問題のある人、もしくは政治活動家の可能性が多い」。
これが地質学会全体の意見か、そして事実かは分からない。しかし非御用学者の主導した活断層の判定問題は現在、混乱中だ。日本原電は猛反発している。このままでは行政訴訟になりかねないだろう。
ピア・レビューという、新しい視点から専門家が再評価する取り組みが学術論文などで行われる。そこでは修正もされる。今回規制委は2回ピア・レビューを行った。そこでは専門家から判定に疑問が噴出した。「科学的でも技術的でもないですよね。それはもう明らかに何らかの別の判断が入っている」(国の研究機関の研究者)「(資料の不備を指摘して)現場でちゃんとチェックされたんですか」(京大名誉教授)などの批判があった。ところが規制委はこれを参考にしないという。
日本原電は海外の2チームに調査を委託。いずれも「原電の主張が正しい」「日本では専門家と事業者の対話が必要だ」とした。調査メンバーで、活断層研究の世界的権威である英国シェフィールド大学のニール・チャップマン教授は、地球物理学研究では世界の中心的な学会誌である米国地球物理学連合学会誌「EOS」95号(14年1月発行)に、同趣旨の論文を掲載した。ところが規制委はこれも無視した。
ある研究者は、「チャップマン教授は言外に、日本の規制委員会は無能、判定を下した学者はおかしいと言っている。こんな論文を書かれたら、私なら学者生命が終わるので、蒼くなって反論をするか意見を修正する。『日本ガラパゴス』にいる活動家は、自分のおかしさに気づかないし、学者生命に関心がないのだろう」と嘆いていた。
「穴掘りおじさん隊」の正体
なぜ頑迷な判断をするのか。規制委の有識者会合に参加した地質学者たちの政治信条が影響している可能性がある。「御用学者」と騒ぐ人のように、レッテルを貼って人を批判したくないのだが、事実を示そう。
敦賀の判定にはかかわらなかったが、別の認定にかかわる東洋大教授のW氏は反原発派の集会に参加。活動家の小出裕章氏と共著を出していた。そこには「六ケ所再処理施設に津波が襲い施設が壊れる」という趣旨の文章があって筆者は吹き出した。筆者は現地にいったが、再処理工場は高台につくられ標高は50メートル程度あり、海から3キロほど離れ、地盤も堅固で、そんな事故は起こりそうもない。現地を見ないで書いているのか、想像力が大きすぎるのか。
敦賀の判定の座長の名古屋大教授S氏の名前をネット検索すると、社民党の福島みずほ氏の勉強会、懇談会、集会に頻繁に呼ばれ、原発の危険性を福島事故前から強調していた反原発派だ。敦賀判定メンバーの学芸大准教授F氏の名前を検索すると「高校無償化措置を朝鮮学校に適用することを求める大学教授の要請書」「会見に反対する大学人ネットワーク呼びかけ人」「教育基本法改正案の廃案を求める声明」などに署名している。左翼的な政治活動の好きそうな人だ。
彼らの政治信条が、理性的に行うべき地質学上の判断をゆがめている可能性が高い。彼らは活断層調査で、原発周りに巨大な穴を電力会社に掘らせ、全国を見回っている。電力業界内では「穴掘りおじさん隊」と呼ばれている。電力会社は彼らが活動家であると知って、この言葉の裏には敵意と軽蔑を込めているようだ。理性的に話し合うべき事業者と行政が感情的な対立状態になっている。
「反プルトニウム」の政治信条
実は田中俊一規制委員会委員長にも疑惑がある。旧原燃で左派色の強い組合活動をしていたという週刊誌報道があった。これよりも問題は、彼が原子力の研究者のコミュニティで、昔から「反プルトニウム」を公言していたことだ。各国の物理学者の間では、反核・平和運動に熱心な人たちが、核兵器の原料になるプルトニウムの利用に反対してきた。そして日本政府はプルトニウムの利用を行う核燃料サイクル政策を採用している。それを以前から、止めようとしていた。
田中氏は発言を見るとしっかりした見識を示すこともあるのだが、原発の再稼動で混乱を放置している。「おかしな人ではないはずだ」と、そのちぐはぐな行動を不思議がる関係者が多い。
原子力政策の知識のある人には分かるのだが、田中氏の意向なのか、核燃料サイクル政策を妨げる、細かい決定が次々と行われている。六ケ所再処理施設の安全基準見直し、もんじゅの急な検査などだ。そして田中氏は電力会社と非常に対立的だ。彼の政治信条が、判断をゆがめている可能性があると、筆者は思う。
「御用学者」批判を超えて
「御用」という変な言葉に、人々が2011年から今まで人々が踊っている。その悪影響が原子力規制の分野で、醜い形で現れている。「御用」を追い出したら、政治色の強い人が入ってきた。さらに感情で動く政治家が民主党政権下でこの問題に介入したために、さらに混乱を広げた。
確かに原子力の専門家は福島原発事故で失敗した。それは批判されるべきだ。そして日本のような高度な産業化社会では、専門家が産業界と結びつくし、経済的利益で社会的に重要な判断がゆがめられる危険は常にある。原子力では癒着と形容できるものもあっただろう。だからといって排除という行為は、紹介した実例を見れば、新たな混乱を生んでいる。
原子力で起こった問題は専門性が進む現代社会で、どの分野でも起こりかねない問題だ。知識を持つ層と一般人の乖離が深まると、さまざまな危険がある。専門家は実は無能である可能性がある。しかし、専門家の否定をすれば、ポピュリズムが意思決定に入り込み、それが反知性主義や政治活動に毒され、これも適切な判断をゆがめるかもしれない。
私たちは今、こうした問題を原子力規制で体験している。数人の地質学者の問題の多い判定で日本原電はこのままなら倒産に追い込まれかねない。原発は1プラントの工事費は約2000億円。それが潰されれば、国の行為である以上、国が責任を負う。その負担は国民の税金だ。そして代替電源が必要になる。結局、一部の反原発活動家が満足するだけで、国民の誰もが損をする。
当たり前の事を述べるが、解決法は「御用学者」と叫んで、専門家を排除することではない。検証と修正の仕組みをつくることだ。それには情報の公開、そして批判を受け止める仕組みの整備と、社会全体の知性と判断力の向上が必要だ。
そもそも私が述べたように、日本の原子力規制行政が、左派色の強い一部の人の政治信条でゆがめられているという事実は、右派の人、いやどの立場の人も当然、問題視するはずだ。しかし、この情報はあまり知られていない。だから是正の動きが強まらないのだ。情報の流通を自由に、そして質の高いものにすることが必要な理由はここにある。
感情を可能な限り遠ざけ、理性的に未来を選択することを、私たちは忘れていないだろうか。
(2015年3月9日掲載)
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