IPCC報告の論点61:積雪面積は減っていない

2023年05月14日 06:50
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

borchee/iStock

シンクタンク「クリンテル」がIPCC報告書を批判的に精査した結果をまとめた論文を2023年4月に発表した。その中から、まだこの連載で取り上げていなかった論点を紹介しよう。

IPCCでは北半球の4月の積雪面積(Snow Cover Extent, SCE)が減少したというグラフが強調されている。地球温暖化によって積雪が減ったという訳だ。

ところがクリンテルは、春においては積雪面積は減少したが、秋と冬にはむしろ増加してきたので、IPCCのように4月の結果だけを強調するのは不適切だとしている。下図がそれを示すもの。

この観測データセットはラットガーズ・グローバル・スノー研究所によるものであり、この分野ではもっとも著名なデータセットだ。

IPCCは、「このデータセットを含めた複数のデータを分析した結果として年間の全ての季節において積雪面積の現象が見られた」と結論している。だがクリンテルは「分析過程が不透明で結果を再現できない」と批判している。

またIPCCは「気候モデルによるシミュレーションも全ての季節において積雪面積の減少を示した」としている。だがクリンテルは「これは観測データと合っていないのではないか」と指摘している。

さて、北半球がここ数十年で温暖化したのは確かだが、積雪面積が減らないということはなぜ起きるのだろうか?

積雪量は、気温だけではなく、水分の供給量にも依存する。北極圏は(南極圏もそうだが)降水量は砂漠なみに少ない。このため、気象が変化して水分が流れ込むようになると、積雪は多くなる。下記は降水量のマップで、極域の降水量は砂漠なみに年間250ミリ以下の場所が多いことが分かる。

地球温暖化によって水分が流れ込む量が増え、秋や冬の降雪が増加したのかもしれない。

だが単なる自然変動の可能性もある。前述のラットガーズ・スノー研究所のデータセットは1967年から2022年までの56年間のものだが、北半球の気候は大西洋数十年規模振動(AMO)という周期約60年の長期的な自然変動に大きく影響を受けることが知られている。例えば米国のハリケーンの強度は相関が大きい。下記はAMO指数の時系列を示すものだ。

最後に1972年以降の北半球の積雪面積を見てみると、大きな季節変動があるのに対して、長期的な変動は殆ど見て取ることが出来ない。

気温が上昇したら単純に積雪面積が減る、という訳ではないことが分かる。

【関連記事】
IPCC報告の論点①:不吉な被害予測はゴミ箱行きに
IPCC報告の論点②:太陽活動の変化は無視できない
IPCC報告の論点③:熱すぎるモデル予測はゴミ箱行きに
IPCC報告の論点④:海はモデル計算以上にCO2を吸収する
IPCC報告の論点⑤:山火事で昔は寒かったのではないか
IPCC報告の論点⑥:温暖化で大雨は激甚化していない
IPCC報告の論点⑦:大雨は過去の再現も出来ていない
IPCC報告の論点⑧:大雨の増減は場所によりけり
IPCC報告の論点⑨:公害対策で日射が増えて雨も増えた
IPCC報告の論点⑩:猛暑増大以上に酷寒減少という朗報
IPCC報告の論点⑪:モデルは北極も南極も熱すぎる
IPCC報告の論点⑫:モデルは大気の気温が熱すぎる
IPCC報告の論点⑬:モデルはアフリカの旱魃を再現できない
IPCC報告の論点⑭:モデルはエルニーニョが長すぎる
IPCC報告の論点⑮:100年規模の気候変動を再現できない
IPCC報告の論点⑯:京都の桜が早く咲く理由は何か
IPCC報告の論点⑰:脱炭素で海面上昇はあまり減らない
IPCC報告の論点⑱:気温は本当に上がるのだろうか
IPCC報告の論点⑲:僅かに気温が上がって問題があるか?
IPCC報告の論点⑳:人類は滅びず温暖化で寿命が伸びた
IPCC報告の論点㉑:書きぶりは怖ろしげだが実態は違う
IPCC報告の論点㉒:ハリケーンが温暖化で激甚化はウソ
IPCC報告の論点㉓: ホッケースティックはやはり嘘だ
IPCC報告の論点㉔:地域の気候は大きく変化してきた
IPCC報告の論点㉕:日本の気候は大きく変化してきた
IPCC報告の論点㉖:CO2だけで気温が決まっていた筈が無い
IPCC報告の論点㉗:温暖化は海洋の振動で起きているのか
IPCC報告の論点㉘:やはりモデル予測は熱すぎた
IPCC報告の論点㉙:縄文時代の北極海に氷はあったのか
IPCC報告の論点㉚:脱炭素で本当にCO2は一定になるのか
IPCC報告の論点㉛:太陽活動変化が地球の気温に影響した
IPCC報告の論点㉜:都市熱を取除くと地球温暖化は半分になる
IPCC報告の論点㉝:CO2に温室効果があるのは本当です
IPCC報告の論点㉞:海氷は本当に減っているのか
IPCC報告の論点㉟:欧州の旱魃は自然変動の範囲内
IPCC報告の論点㊱:自然吸収が増えてCO2濃度は上がらない
IPCC報告の論点㊲:これは酷い。海面の自然変動を隠蔽
IPCC報告の論点㊳:ハリケーンと台風は逆・激甚化
IPCC報告の論点㊴:大雨はむしろ減っているのではないか
IPCC報告の論点㊵:温暖化した地球の風景も悪くない
IPCC報告の論点㊶:CO2濃度は昔はもっと高かった
IPCC報告の論点㊷:メタンによる温暖化はもう飽和状態
IPCC報告の論点㊸:CO2ゼロは不要。半減で温暖化は止まる
IPCC報告の論点㊹:アメダスで温暖化影響など分からない
IPCC報告の論点㊺:温暖化予測の捏造方法の解説
IPCC報告の論点㊻:日本の大雨は増えているか検定
IPCC報告の論点㊼:縄文時代には氷河が後退していた
IPCC報告の論点㊽:環境影響は観測の統計を示すべきだ
IPCC報告の論点㊾:要約にあった唯一のナマの観測の統計がこれ
IPCC報告の論点㊿:この「山火事激増」の図は酷い
IPCC報告の論点51:気候変動で食料生産が減っている?
IPCC報告の論点52:生態系のナマの観測の統計を示すべきだ
IPCC報告の論点53:気候変動で病気は増えるのか?
IPCC報告の論点54:これは朗報 CO2でアフリカの森が拡大
IPCC報告の論点55:予測における適応の扱いが不適切だ(前編)
IPCC報告の論点56:予測における排出量が多すぎる(後編)
IPCC報告の論点57:縄文時代はロシア沿海州も温暖だった
IPCC報告の論点58:観測の統計ではサンゴ礁は復活している
IPCC報告の論点60:グレートバリアリーフは更に拡大中

キヤノングローバル戦略研究所_杉山 大志』のチャンネル登録をお願いします。

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 厚生労働省は原発事故後の食品中の放射性物質に係る基準値の設定案を定め、現在意見公募中である。原発事故後に定めたセシウム(134と137の合計値)の暫定基準値は500Bq/kgであった。これを生涯内部被曝線量を100mSv以下にすることを目的として、それぞれ食品により100Bq/kgあるいはそれ以下に下げるという基準を厳格にした案である。私は以下の理由で、これに反対する意見を提出した。
  • 電力需給が逼迫している。各地の電力使用率は95%~99%という綱渡りになり、大手電力会社が新電力に卸し売りする日本卸電力取引所(JEPX)のシステム価格は、11日には200円/kWhを超えた。小売料金は20円/kWh前後
  • 丸川珠代環境相は、除染の基準が「年間1ミリシーベルト以下」となっている点について、「何の科学的根拠もなく時の環境相(=民主党の細野豪志氏)が決めた」と発言したことを批判され、撤回と謝罪をしました。しかし、この発言は大きく間違っていません。除染をめぐるタブーの存在は危険です。
  • 国際エネルギー機関(IEA)は、毎年、主要国の電源別発電電力量を発表している。この2008年実績から、いくつかの主要国を抜粋してまとめたのが下の図だ。現在、日本人の多くが「できれば避けたいと思っている」であろう順に、下から、原子力、石炭、石油、天然ガス、水力、その他(風力、太陽光発電等)とした。また、“先進国”と“途上国”に分けたうえで、それぞれ原子力発電と石炭火力発電を加算し、依存度の高い順に左から並べた。
  • 以前、CO2による海洋酸性化研究の捏造疑惑について書いた。 これを告発したクラークらは、この分野で何が起きてきたかを調べて、環境危機が煽られて消滅する構図があったことを明らかにした。 下図は、「CO2が原因の海洋酸性化に
  • 広島高裁の伊方3号機運転差止判決に対する違和感 去る12月13日、広島高等裁判所が愛媛県にある伊方原子力発電所3号機について「阿蘇山が噴火した場合の火砕流が原発に到達する可能性が小さいとは言えない」と指摘し、運転の停止を
  • 発送電分離、地域独占を柱とする電力システム改革の見直しが検討されています。6月の国会では、審議未了によって廃案になりましたが、安倍内閣は再提出の意向です。しかし、実施によって、メリットはあるのでしょうか。
  • 東日本大震災と福島原発事故から4年が経過した。その対応では日本社会の強み、素晴らしさを示す一方で、社会に内在する問題も明らかにした。一つはデマ、流言飛語による社会混乱だ。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑