危機に瀕する米国の送電網
![](https://agora-web.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/2023-02-iStock-1429696742_280758-660x371.jpg)
Vertigo3d/iStock
2月26日付のウォールストリートジャーナル紙の社説は再エネ導入策による米国の電力網不安定化のリスクを指摘している。これは2月に発表された米国PJMの報告書を踏まえたものであり、我が国にも様々な示唆をあたえるものである。
PJMは米国最大の電力市場運営者および独立系統運用機関であり、制御エリアは東海岸のペンシルバニア、ニュージャージー、メリーランド、デラウェア、バージニア、オハイオ、ウエストバージニアなど各州と、ワシントンD.C.にわたる。社説の主要なポイントは以下のとおりである。
- PJMの報告書は6500万人を擁する東海岸13州の2030年までの電力需給を予測しているが、最も目を引く結論は再生可能エネルギー開発よりも早いペースで化石燃料火力が退役し、エネルギー需給インバランスをもたらし、電力不足や停電が生ずるリスクが高まるというものである。
- PJMには化石燃料火力が多数存在するため、余剰発電分を中西部、北西部の送電網に輸出している。中西部や中部諸州において風力発電が停滞した際、PJMが余剰発電分を供給することにより、需給ギャップを埋めることができた。
- このため、PJMの石炭火力や天然ガス火力が退役し、余剰発電容量が低下すれば、周辺地域の電力需給安定にも悪影響を及ぼす。PJMの報告書では3000万世帯で電気を灯すことが可能な40ギガワット分が2030年までに退役するリスクがあると警鐘を鳴らしている。これはPJMの現在の全発電設備容量の21%に相当する。
- 報告書は、こうした化石燃料火力の退役が「政策によって引き起こされた」と指摘している。例えば環境保護庁(EPA)の規制強化により、5ギガワットの化石燃料火力が閉鎖を余儀なくされる。また電力会社のESGコミットメントにより、石炭火力の閉鎖が加速している。イリノイ、ニュージャージー州の温暖化政策により8.9ギガワットの化石燃料火力が退役する見込みである。これらの州は隣接州に電力供給を依存するつもりなのだろうか?
- 多くの州は野心的な再エネ導入目標を設定しており、昨年9月にバイデン大統領が署名し成立したインフレ抑制法により、風力、太陽、バッテリーに巨額な補助金が支給される。しかし報告書は「許認可手続きの煩雑さ等により、これまでの再エネプロジェクトの完工率は5%に過ぎない」と指摘している。楽観的なケースでも2030年までに導入される風力、太陽、バッテリーの設備容量は21ギガワット程度であり、退役する化石燃料火力の設備容量の半分程度である。しかもデータセンターや政府のEVや電気暖房推進政策により、電力需要は更に増大する。
- PJM報告書は口をつぐんでいるが、リベラル左翼のグリーンエネルギー転換が経済成長や生活水準向上と両立し得ないことは明らかだ。再エネは24時間365日、信頼性をもって電気を供給することができないからだ。プログレッシブは石炭火力、ガス火力を閉鎖すべきだとのキャンペーンを行っているが、これは不可避的に停電をもたらす。
- 昨年12月の北極爆風の際にはPJMは企業、家庭に電力消費節減を命令し、更に発電事業者のいくつかが石油火力を稼働させたことでる輪番停電を回避することができた。しかしこうした化石燃料火力が退役したらどうするのか?
- PJMにおける電力不足は米国全体にも波及する可能性がある。政府はサイバー攻撃やグリッドへの物理的攻撃のリスクに警鐘を鳴らしているが、気候政策がもたらす電力危機リスクの加速についてはどうなのか?
ウォールストリートジャーナルは従前から現実的な視点から理念的な温暖化政策、温暖化外交に警鐘を鳴らしてきた。
米国議会では民主党がグリーン政策をプッシュする一方、共和党はそれを厳しくけん制している。下院で共和党が多数をとったことにより、エネルギー温暖化政策と関連の深い環境・天然資源委員会、エネルギー商業委員会、科学・宇宙委員会の委員長ポストは全て共和党にかわった。
ブルース・ウェスターマン環境・天然資源委員長は性急な電気自動車導入には慎重であり、国内化石燃料生産を重視している。ケイシー・マクモリスエネルギー商業委員長は中国製パネル、電気自動車への依存を増大させるとの理由でインフレ抑制法案に反対票を投じた。
米国ではエネルギー温暖化政策についてチェック機能が働いているといえる。日経新聞をはじめとする大多数のメディア、与野党が金太郎飴のように「再エネ主力電源化」に「右へ倣え」状態にある我が国に比べてうらやましい限りである。
山本七平が「空気の研究」で喝破したように、国全体が脱炭素という同調圧力に流され、現実的な観点からの異論を封ずるような雰囲気が蔓延していることはどう考えても健全ではない。我が国にウォールストリートジャーナル、共和党のような役割を果たすメディア、政党は存在しないのか?
![This page as PDF](https://www.gepr.org/wp-content/plugins/wp-mpdf/pdf.png)
関連記事
-
アゴラ研究所の運営するネット放送「言論アリーナ」。11月29日放送分は「政治の失敗のツケを新電力に回す経産省」というテーマで、今行われている東電福島事故の処理、電力・原子力再編問題を取り上げた。
-
我が国の2030年度の温室効果ガスの削減目標について、2050年カーボンニュートラルと整合的で、野心的な目標として、2013年度から46%削減を目指すこと、さらに、50%の高みに向け、挑戦を続けていきます。トップレベルの
-
世界はカーボンニュートラル実現に向けて動き出している。一昨年、英グラスゴーで開催されたCOP26終了時点で、期限付きでカーボンニュートラル宣言を掲げた国・地域は154にのぼり、これらを合わせると世界のGDPの約90%を占
-
太陽光発電の導入は強制労働への加担のおそれ 前回、サプライヤーへの脱炭素要請が自社の行動指針注1)で禁じている優越的地位の濫用にあたる可能性があることを述べました。 (前回:企業の脱炭素は自社の企業行動指針に反する①)
-
欧州の非鉄金属産業のCEO47名は、欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長、欧州議会のロベルタ・メッツォーラ議長、欧州理事会のチャールズ・ミシェル議長に宛てて、深刻化する欧州のエネルギー危機「存亡の危機」につ
-
電気が足りません。 電力緊急事態 理由その1 寒波による電力需要増大 理由は二つ。 まず寒波で電力需要が伸びていること。この寒さですし、日本海側は雪が積もり、太陽光の多くが何日間も(何週間も)“戦力外”です。 こうしたk
-
提携する国際環境経済研究所(IEEI)の竹内純子さんが、温暖化防止策の枠組みを決めるCOP19(気候変動枠組条約第19回会議、ワルシャワ、11月11?23日)に参加しました。その報告の一部を紹介します。
-
菅首相が「2050年にカーボンニュートラル」(CO2排出実質ゼロ)という目標を打ち出したのを受けて、自動車についても「脱ガソリン車」の流れが強まってきた。政府は年内に「2030年代なかばまでに電動車以外の新車販売禁止」と
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間