東京都は海面上昇のみならず地盤沈下にも対策を

2023年01月03日 06:50
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員

gyro/iStock

2022年11月7日、東京都は「現在の沿岸防潮堤を最大で1.4 m嵩上げする」という計画案を公表した。地球温暖化に伴う海面上昇による浸水防護が主な目的であるとされ、メディアでは「全国初の地球温暖化を想定した防潮堤かさ上げ」などと報道された。

しかしながら、計画案を丁寧に読んでみると、日本で起きている海面上昇の実態はよくわかっていないことがわかる。

気象庁によると、1906年からモニタリングしている日本沿岸の海面上昇速度は10 年~20 年または50 年ごとに大きく増減しており、世界平均海面水位に見られるような観測期間を通して一貫した上昇傾向は認められない(図1)。また、東京湾の潮位や日本沿岸の高波の長期的な増減傾向に関する確信度はそれぞれ「中程度または低い」とされている。

このように、東京都は気候変動による影響の不確実性を十分認識している。このため、計画案には「段階的な嵩上げを行う」という方針の下、「将来の知見やモニタリング結果により、外力の長期変化を定期的に確認し、必要に応じ適宜計画天端高(筆者注:堤防の高さ)の見直し等を行う」と慎重な姿勢が示されている。メディアで強調されているほど地球温暖化による海面上昇そのものに対して断定的ではなく、対策も柔軟だ。

図1 1906年~2019年における日本沿岸と世界の海面水位の推移(気象庁、2020に著者が凡例を加筆)。日本沿岸の海面水位に継続的な上昇傾向は見られない。

他方、東京都の計画案では言及されていないが、より重要と思われる問題がある。それは現在も東京で進行している地盤沈下の影響である。

地下水の過剰な汲み上げなどにより地盤が下がる「地盤沈下」は「相対的海面上昇」と理解することができ、実質的に海面上昇と同じ現象である(図2)。

図2 海面上昇と東京都の沿岸における地盤沈下の関係(堅田、2022を改訂)。地盤沈下量:令和4年度第1回地下水対策検討委員会資料、海面上昇量:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書第1作業部会報告書

世界全体の平均海面水位の推計によれば、1901〜2018年の間に地球温暖化によって1年あたり0.173 cm上昇している。これに対して、東京都の低地(江東、墨田、江戸川、葛飾、荒川、大田区など)に設置されたいくつかの地下水位観測井では、2016~2020年の間に最大で1年あたり0.256 cmの沈下(相対的海面上昇)が見られる。

つまり、東京では地盤沈下による相対的海面上昇が地球温暖化による海面上昇を上回る速さで進行しているのではないか、ということだ。

ただし、ほとんどの観測井は沿岸から離れており、計画案の嵩上げ対象である堤防地点での地盤沈下状況は公表されていない。モニタリングがなされているかどうかも不明である。

都民の命を守るためには、東京都は不確実としている地球温暖化による海面上昇に偏ることなく、地盤沈下の現状を評価して必要な対策を講じる必要があるのではないか。

なお、地盤沈下による相対的海面上昇は世界中の沿岸で起きている。日本では地盤沈下は過去の問題と考えられがちであるが、人口増加や経済発展とともに地下水利用が進むアジア各国では現在進行中の喫緊の課題である。

かつて、東京でも1891〜1970年には最大4.5 mもの地盤沈下が起きて、堤防の整備や橋梁の嵩上げなどが実施された。この経験と技術を海外諸国に伝えていくことが、今、日本に求められていることであろう。

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員

関連記事

  • 鈴木達治郎 猿田佐世 [編] 岩波ブックレット 岩波書店/520円(本体) 「なぜ日本は使いもしないプルトニウムをため続けるのか」。 米国のエネルギー政策、原子力関係者に話を聞くと、この質問を筆者らは頻繁に受けるという。
  • 東京都は保有する水力発電所からの電力を平成21年度(2009年)から10年間の長期契約で東京電力に販売しているが、この電力を来年度から入札により販売することにした。3月15日にその入札結果が発表された。(産経新聞3月15日記事「東京都の水力発電、売却先をエフパワーに決定」)
  • サプライヤーへの脱炭素要請は優越的地位の濫用にあたらないか? 企業の脱炭素に向けた取り組みが、自社の企業行動指針に反する可能性があります。2回に分けて述べます。 2050年脱炭素や2030年CO2半減を宣言する日本企業が
  • 夏の電力不足の対策として、政府が苦しまぎれに打ち出した節電ポイントが迷走し、集中砲火を浴びている。「原発を再稼動したら終わりだ」という批判が多いが、問題はそう簡単ではない。原発を動かしても電力危機は終わらないのだ。 電力
  • 北朝鮮が第5回目の核実験を行うらしい。北朝鮮は、これまで一旦ヤルといったら、実行してきた実績がある。有言実行。第5回目の核実験を行うとすると、それはどのようなものになるのだろうか。そしてその狙いは何か。
  • 停電は多くの場合、電気設備の故障に起因して発生する。とはいえ設備が故障すれば必ず停電するわけではない。多くの国では、送電線1回線、変圧器1台、発電機1台などの機器装置の単一故障時に、原則として供給支障が生じないように電力設備を計画することが基本とされている(ただし影響が限定的な供給支障は許容されるケースが多い)。
  • 福島の原発事故では、原発から漏れた放射性物質が私たちの健康にどのような影響を与えるかが問題になっている。内閣府によれば、福島県での住民の年間累積線量の事故による増加分は大半が外部被曝で第1年目5mSv(ミリシーベルト)以下、内部被曝で同1mSv以下とされる。この放射線量では健康被害の可能性はない。
  • アゴラチャンネルにて池田信夫のVlog、『地球温暖化はあと2℃以内』を公開しました。 ☆★☆★ You Tube「アゴラチャンネル」のチャンネル登録をお願いします。 チャンネル登録すると、最新のアゴラチャンネルの投稿をい

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑