普及させるほど自然エネルギーはコスト高になる

2022年08月18日 07:00
アバター画像
技術士事務所代表

artJazz/iStock

2021年8月経済産業省は、太陽光、風力、原子力、石炭、液化天然ガスなど電源の2030年における発電コストの精査結果を公表した。この発電コストは、LCOE(Levelized cost of electricity、均等化発電原価)と呼ばれ、発電所を新設した場合の建設や運営にかかるモデル費用である。

分析の結果、太陽光発電の2030年時点のコストが1kWh当たり8.2~11.8円と、原子力より安くなっている。

今回、原子力については安全対策費を上積みした結果、2020年実績の「11.5円以上」よりも増えた。火力(LNG、石炭)は、燃料費やCO2対策費を考慮して上昇傾向であり、洋上風力は2030年時点でなお26.1円であり、他の電源に比べると高い。

このコスト試算について、①送電網への接続費を含んでいない ②風力や太陽光を増やせば発電できない事態に備える石炭火力などのバックアップ電源が必要となるが、そのコストや系統安定化費用も織り込んでいない ③原料コストが不明確などの批判が出されていた。

さて、米国などでも、環境保護主義者、バイデン政権、および一部の州が、低コストで気候変動への対処に役立つとして、風力や太陽光などの再エネへの抜本的なエネルギー転換を推進している。しかし、最近の研究では、すべてのコストを考慮すれば風力や太陽光発電は発電コストが高く、そのような転換は環境的に成立しないことが判明した。

「Journal of Management and Sustainability」6月号に掲載されたラルス・シェミカウ博士らのレポート注1)では、FCOE(Full cost of electricity)の発想を取り入れ、eROI(energy return in energy invested)を議論している。

2021年以降EUなどで起きたエネルギー危機は、電力需要の増加、風力やソーラーによる発電不足、エネルギー原材料の供給不足、地政学的挑戦などによるものであり、価格高騰やエネルギー安全保障問題を引き起こした。そのため、教条的で空想的な「脱炭素」の声もどこへやら、多くの国で石炭火力への回帰や時限的強化が進んでいる。

LCOEは断続性を取り込んでいないので、エネルギーの選択をする場合には不十分な指標である。一方FCOEは、燃料、運転、輸送、貯蔵、バックアップ、排出、リサイクルなど10のコスト要因を挙げ、単位サービス当たりの材料投入量、設備寿命、エネルギー投資収益率の3つの指標で評価するものだ。

再エネについては、電力1テラワットを生産するのに、従来の石炭や天然ガスよりもはるかに多くの物質投入が必要であるという。

1TWに投入すべき原材料 (Other: iron, lead, plastic and silicon, 米国設備利用率に依拠)
出典:DOE 2015, Table10.4, p390

さらに、もう一つの重要な概念であるエネルギー投資収益率(eROI)についても言及している。現代の生活には最低でも5〜7のeROIが必要であるが、太陽光発電や風力発電の場合は2~4と低く、社会全体を支えるには十分な効率でないと指摘する。因みに、原子力と石炭&ガスのeROIは、それぞれ75と30である。

風力発電と太陽光発電の課題は、断続性と低エネルギー密度である。そのため、すべての風車やソーラーパネルには、バックアップ電源や蓄電が必要となりシステムコストが高くなる。世界が100%自然エネルギーに移行すればエネルギー飢餓状態に陥る。

また、著者らは、「風力や太陽光発電は最もエネルギー効率が悪く、材料投入などの対策を考えると、普及させようとする取り組みは成立しないのではないか」と疑問を呈している。

破綻しつつある兆候は、既にEUで散見される。エネルギー政策の策定に当たっては、EUのように再エネに特化するのではなく、我が国が当初から言ってきたエネルギー・ミックスという取り組みが重要である。

エネルギーは地球資源の採掘に始まり、加工、利用となるが、その過程で環境に大いなる負荷を与える。これらのネガティブな影響を最小限にし、在来型のエネルギー資源に対しては、エネルギーと物質効率を向上させる投資を行っていくことが必要である。

注1)Full cost of electricity “FCOE” and energy returns “eROI”, Dr. Lars Shernikau, Prof. William Hayden Smith, Prof. Rosemary Falcon (Vers. 05/2022)

This page as PDF

関連記事

  • 9月末に国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書が発表されることをきっかけに、9月3日に池田信夫さんの「言論アリーナ」に呼んで頂き、澤昭裕さんも交えて地球温暖化の話をさせて頂く機会を得た。(YouTube『地球は本当に温暖化しているのか?』)その内容は別ページでも報告されるが、当日の説明では言い足りなかったり、正確に伝わるか不安であったりする部分もあるため、お伝えしたかった内容の一部を改めて書き下ろしておきたい。
  • 近年における科学・技術の急速な進歩は、人類の発展に大きな寄与をもたらした一方、その危険性をも露わにした。典型的な例は、原子核物理学の進歩から生じた核兵器であり、人間の頭脳の代わりと期待されたコンピュータの発展は、AI兵器
  • IPCC第6次評価報告書(AR6)の第1作業部会(自然科学的根拠)の政策決定者向け要約(SPM)が発表された。マスコミでは不正確なあおりやデータのつまみ食いが多いので、環境省訳を紹介しよう。注目される「2100年までの気
  • ICRP勧告111「原子力事故または放射線緊急事態後における長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用」(社団法人日本アイソトープ協会による日本語訳、原典:英文)という文章がある。これは日本政府の放射線防護対策の作成で参考にされた重要な文章だ。そのポイントをまとめた。
  • GEPRフェロー 諸葛宗男 はじめに 原発の安全対策を強化して再稼働に慎重姿勢を見せていた原子力規制委員会が、昨年12月27日、事故炉と同じ沸騰水型原子炉(BWR)の柏崎・刈羽6,7号機に4年以上の審査を経てようやく適合
  • 今年3月11日、東日本大震災から一年を迎え、深い哀悼の意が東北の人々に寄せられた。しかしながら、今被災者が直面している更なる危機に対して何も行動が取られないのであれば、折角の哀悼の意も多くの意味を持たないことになってしまう。今現在の危機は、あの大津波とは異なり、日本に住む人々が防ぐことのできるものである。
  • 16日に行われた衆議院議員選挙で、自民党が480議席中、294議席を獲得して、民主党から政権が交代します。エネルギー政策では「脱原発」に軸足を切った民主党政権の政策から転換することを期待する向きが多いのですが、実現するのでしょうか。GEPR編集部は問題を整理するため、「政権交代、エネルギー政策は正常化するのか?自民党に残る曖昧さ」をまとめました。
  • アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑