失敗した電力自由化の「巻き戻し」が必要だ
電力危機の話で、わかりにくいのは「なぜ発電所が足りないのか」という問題である。原発が再稼動できないからだ、というのは正しくない。もちろん再稼動したほうがいいが、火力発電設備は十分ある。それが毎年400万kWも廃止されるから、足りなくなるのだ。
なぜ、まだ使える発電所が廃止されるのか。それは稼働率が落ちて、採算がとれなくなるからだ。これについてたそがれ電力氏の説明がわかりやすいので、紹介しておこう。
しかし、東日本大震災によって「既存電力システムの限界」が語られるようになり地域独占・供給義務・総括原価の3点セットは解体され電力の全面自由化がなされた。この際、小売電気事業者に対して自分の客の需要に見合うだけの供給力確保を義務付けたものの、これがザルだったのが不幸の始まり。
— たそがれ電力 (@Twilightepco) June 12, 2022
総括原価主義のときは電力不足は起こらなかった
昔の総括原価主義のときは、発電と送電が垂直統合されていたので、供給責任は地域独占の電力会社(旧一電)が負っていた。だが3・11で総括原価主義をやめ、発送電分離することになり、発電部門と送電部門の間に卸電力市場が介在し、オークションで電力を配分することになった。

資源エネルギー庁の資料
これに新電力が700社以上も参入したが、その大部分は単なるリセール業者だったので、供給責任を負わなかった。中には自前の発電設備をもつ業者もいたが、そのほとんどは不安定な再エネだったので、大手電力(旧一電)はそのバックアップをさせられた。
おまけに送電会社(広域機関)は固定価格買い取り(FIT)で再エネの電力の全量買い取りを義務づけられたので、火力の稼働率が落ちて採算がとれなくなった。
更なる不幸は、FIT制度が導入され不安定かつ格安の電気が大量に市場供給されたこと。0.01円の電気が市場にあふれたことで、火力は再エネのバックアップに留まることが増え稼働率が低下し採算性が悪化したために、価格競争力のない火力は次々に閉鎖、投資回収のめどが立たないので新規投資も行われない pic.twitter.com/dK6CHBiSWr
— たそがれ電力 (@Twilightepco) June 12, 2022
再エネが格安になるのは、発電できないときのバックアップのコスト(統合費用)を負担しないからだ。再エネの電力はFITでほぼ100%買い取ってもらえるが、火力は稼働率が落ち、固定費が回収できなくなった。
このシステムが変わらない限り、原発を再稼動して供給が増えると、卸電力価格が下がって火力が廃止され、かえって調整力が落ちてしまう。最大の問題は、電力自由化の制度設計の欠陥なのだ。
誰も電力インフラに投資しなくなった
電力オークションで想定していた発電所は火力であり、価格に応じて出力をコントロールできることが前提だったが、2010年代に電力自由化で参入してきた新電力の再エネは、天気まかせなので価格でコントロールできない。これが同じ社内なら火力と連携して運用できるが、卸電力市場を介していると、全体の供給量がコントロールできない。
新電力が電力供給の責任を負わないフリーライダーになり、それを補完する電力インフラのコストを誰も負担しないコモンズの悲劇が起こったのだ。長期的な設備投資のインセンティブを無視し、毎日のフロー電力需給だけを事後的に均衡させたため、誰も電力インフラに投資しなくなった。
それでも2020年までは大手電力が事実上の供給責任を負っていたが、完全に発送電分離してからは大手電力も資本の論理に従い、稼働率の落ちた火力を廃止した。それまでエネ庁は、総括原価方式のときの感覚で「最後は大手電力が尻ぬぐいしてくれるだろう」と考えていたが、そうは行かなくなった。
そこでエネ庁は、古い火力をバックアップとして温存するコストをすべての電力会社が負担する容量市場を提案したが、河野太郎氏を初めとする再エネ族議員が「再エネ業者のコスト負担になる」と反対している。
さすがに国もこうした状況を座視していた訳ではなく、国全体で必要な供給力を確保するために「容量市場」という市場を新たに導入することにしたが、導入が24年なので今すぐの解決策にはならないこと、一部新電力や政治勢力が容量市場に反対していることから、容量市場で万事解決と楽観視はできない。
— たそがれ電力 (@Twilightepco) June 12, 2022
日本の電力自由化は最悪の組み合わせだった
2010年代の電力システム改革は、設備投資を効率化して電気料金を下げるという目的を達成できず、料金は上がり、供給は不安定になった。電力自由化は失敗だったと断定してよい。その原因は
- 発送電分離
- 原発の全面停止
- 再エネFIT
- 脱炭素化
という4つの異質な要素を最悪の形で組み合わせたため、火力が減り、原発が動かず、再エネの賦課金が毎年3.8兆円に達し、脱炭素化のために2030年までに石炭火力を100基廃止する。この自殺的なエネルギー政策を是正する方法は次の4つである。
もちろん昔の総括原価方式に戻すことはできないが、固定費の大きい電力設備で、再エネとそのバックアップの火力という補完的な生産要素を市場で組み合わせると非効率になることは、経済学でわかっていた。大手電力が再エネ業者を買収し、供給責任を負う体制を再構築すべきだ。
電力自由化の最大の失敗は、再エネには固定価格のFITで利益を保証する一方、火力の価格は卸電力市場で限界費用ベースで決めたため、固定費を回収できなくなったことだ。価格メカニズムをゆがめるFITは一時凍結し、卸電力市場も閉鎖して再検討すべきだ。
脱炭素化は不要不急であり、電力危機が終わってから考えればよい。いま必要なのは、エネルギー問題について優先順位をつけ、制度設計を見直すことだ。最優先の問題は100年後の地球の気温ではなく、国民の生命・財産を守り、日本の製造業を守ることである。
この問題はとてもややこしいが、7月11日のシンポジウムでは、電力自由化の問題点をみなさんと一緒に考えたい。

関連記事
-
3・11の福島原子力事故は、日本のみならず世界の原子力市場に多大なる影響を及ぼした。日本では、原子力安全のみならず原子力行政そのものへの信頼が失墜した。原子力に従事してきた専門家として、また政府の一員として、深く反省するとともに、被災者・避難を余儀なくされている方たちに深くお詫び申し上げたい。
-
前回、改正省エネ法やカーボンクレジット市場開設、東京都のとんでもない条例改正案などによって企業が炭素クレジットによるカーボンオフセットを強制される地盤ができつつあり、2023年がグリーンウォッシュ元年になるかもしれないこ
-
前回に続き、2024年6月に米下院司法委員会が公表した気候カルテルに関する調査報告書についてお届けします。 (前回:気候カルテルの構図はまるで下請け孫請けいじめ) 今回は、司法委員会の調査に対して気候カルテルが逃げ回って
-
規制委の審査には、効率性だけでなく科学的、技術的な視点を欠くとの声も多い。中でも原発敷地内破砕帯などを調べた有識者会合は、多くの異論があるなか「活断層」との判断を下している。この問題について追及を続ける浜野喜史議員に聞く。
-
福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質の流出により、食品の放射能汚染がにわかにクローズアップされている。事故から10日あまりたった3月23日に、東京都葛飾区にある金町浄水場で1kgあたり210ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたことが公になるや、首都圏のスーパーマーケットに置いてあったミネラルウォーターがあっという間に売り切れる事態に発展した。
-
東京都の「2030年カーボンハーフ」の資料を見て愕然としたことがある。 工場のエネルギー消費が激減している。そして、都はこれを更に激減させようとしている。 該当する部分は、下図の「産業部門」。CO2排出量は、2000年に
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 以前から指摘しているように、人為的温暖化説には科学的根拠が幾重にも無いのに、なぜこんなにも「脱炭素」に熱中するのか筆者には理解しがたいが、兎にも角にも、この世は「脱炭素」一色、
-
大型原子力発電所100基新設 政府は第7次エネルギー基本計画の策定を始めた。 前回の第6次エネルギー基本計画策定後には、さる業界紙に求められて、「原子力政策の180度の転換が必要—原子力発電所の新設に舵を切るべし」と指摘
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間