ウクライナ戦争で苦境に陥るバイデン政権のエネルギー政策

2022年03月28日 06:50
アバター画像
東京大学大学院教授

Bluberries/iStock

バイデン政権にとって昨年来のエネルギー価格高騰は頭痛の種であり、ウクライナ戦争は状況を更に悪化させている。

脱炭素をかかげるバイデン政権は国内石油・天然ガス生産の拡大とエネルギー独立をかかげるトランプ政権とは対照的に、発足直後からキーストーンパイプラインの認可取消し、石油・天然ガス掘削に関する環境規制の強化、連邦所有地におけるフラッキングのモラトリアムなど、化石燃料を敵視するような政策を推進してきた。

しかし昨年秋以降の世界的なエネルギー価格の上昇によるガソリン価格の高騰は、こうしたバイデン政権の政策への国民の反発をとみに強めることになっている。

バイデン大統領はガソリン価格の上昇の原因をプーチン大統領のウクライナ侵略に帰するコメントをたびたび行っているが、野党共和党や保守系のフォックスニュースは「ガソリン価格の高騰はウクライナ侵略よりもずっと前から進行していた。これはバイデン政権が国内の石油・ガス生産を抑制し、グリーン政策を推進してきたことによるものだ」と批判している。

確かに米国のガソリン平均小売価格動向をみるとバイデン政権発足当初は2.5ドル/ガロンを下回っていたものが昨年末時点で既に3.5ドル/ガロンに上昇している。

バイデン政権はガソリン価格高騰を抑制するため、戦略国家備蓄の放出やOPECプラスへの増産要請等を行ってきたが奏功せず、2月末にはロシアのウクライナ侵略により、ガソリン価格は更に4ドルを超えることとなった。

グランホルムエネルギー長官は米国の石油・ガス産業に対して増産を要請しているが、化石燃料を敵視してきたバイデン政権に対する産業界の目は冷たい。3月初め、バイデン政権はロシア産石油、天然ガスの輸入を禁止したが、その穴を埋めるため、これまで制裁対象としてきたヴェネズエラからの輸入拡大やイラン核合意によるイラン原油の国際市場復帰を企図している。これも共和党から激しい攻撃を受けている。

こうした中、米国の調査機関ラスムッセンが3月初めに行った意識調査の結果は極めて興味深い。その概要は以下の通りである。

70% Favor Increased U.S. Oil and Gas Production

  • 有権者の70%は輸入石油・ガスへの依存を低下させるため、米国政府は国内石油・ガス生産を推進すべきだと考えており、「そうではない」との回答は18%にとどまっている。党派別に見ると共和党支持層の87%、民主党支持層の55%、無党派層の70%が国内石油・ガス生産拡大を支持している。
  • 52%の有権者は脱炭素、化石燃料生産抑制を掲げるバイデン政権の政策がトランプ時代よりも悪いと考えており、バイデン政権の政策の方が良いという回答(33%)を大きく上回っている。党派別に見ると民主党支持層の59%がバイデン政権の政策の方がよいと考えているのに対し、共和党支持層の78%、無党派層の56%はトランプ政権の政策よりも悪いと感じている。バイデン政権のエネルギー政策への評価を年齢別に見ると40以下ではポジティブ、ネガティブが分かれるのに対し、年齢層があがるほどネガティブな評価が強い。年収別に見ると10万ドル以下の有権者の間ではネガティブな評価が多数であり、20万ドル以上の有権者の間ではポジティブな評価の方が高い。
  • 88%の有権者はエネルギー政策が今年の中間選挙の重要マターであると考えており、60%は「極めて重要である」と考えている。党派別に見るとエネルギー政策が中間選挙において「極めて重要」と答えたのは共和党支持層の71%、民主党支持層の60%、無党派層の60%である。

民主党の左派プログレッシブはウクライナ戦争前からバイデン政権に対し「気候緊急事態(climate emergency)」を宣言することを強く求めてきた。共和党やフォックスニュースでは「左翼社会主義者はコロナ緊急事態が終わったら、気候緊急事態を導入し、社会主義的政策を行おうとしている」とこれに強く反対している。ウクライナ戦争により温暖化への関心が低下することに対する危機感が強いのだろう。

ジョン・ケリー気候特使はロシアのウクライナ侵略の際、「戦争でCO2が沢山出る。戦争で温暖化対策がおろそかになることが心配だ。自分はプーチンが気候変動対策の取り組みに協力し続けてくれると期待している」と発言して保守派のマルコ・ルビオ上院議員等から冷笑された。

しかし、上記の調査結果をみる限り、米国民が気候変動対応よりもエネルギー価格引き下げに関心を有していることは明らかだ。またバイデン政権のエネルギー政策に対する支持が年収20万ドル以上の高所得層で高いことは、気候変動がリッチ・エリートのアジェンダであることも示唆している。

今秋の中間選挙は7ヵ月後に迫っている。ウクライナ戦争によって、エネルギー価格高騰が沈静化せず、エネルギー政策が重要なイシューになるとすれば、バイデン政権にとって大いに不利な材料になる。

上下両院で多数を失うこととなれば、昨年の気候サミットでバイデン政権が掲げた2030年50-52%減目標の裏づけとなる国内エネルギー温暖化政策の実施が極めて難しくなる可能性が高い。これがCOP26で盛り上がった脱炭素化へのモメンタムにどのような影響を与えるかを注目したい。

This page as PDF

関連記事

  • 有馬純 東京大学公共政策大学院教授 2月16日、外務省「気候変動に関する有識者会合」が河野外務大臣に「エネルギーに関する提言」を提出した。提言を一読し、多くの疑問を感じたのでそのいくつかを述べてみたい。 再エネは手段であ
  • 原子力規制委員会は、運転開始から40年が経過した日本原子力発電の敦賀1号機、関西電力の美浜1・2号機、中国電力の島根1号機、九州電力の玄海1号機の5基を廃炉にすることを認可した。新規制基準に適合するには多額のコストがかか
  • 化石賞 日本はCOP26でも岸田首相が早々に化石賞を受賞して、日本の温暖化ガス排出量削減対策に批判が浴びせられた。とりわけ石炭火力発電に対して。しかし、日本の石炭火力技術は世界の最先端にある。この技術を世界の先進国のみな
  • 細川護煕元総理が脱原発を第一の政策に掲げ、先に「即時原発ゼロ」を主張した小泉純一郎元総理の応援を受け、東京都知事選に立候補を表明した。誠に奇異な感じを受けたのは筆者だけではないだろう。心ある国民の多くが、何かおかしいと感じている筈である。とはいえ、この選挙では二人の元総理が絡むために、国民が原子力を考える際に、影響は大きいと言わざるを得ない。
  • 気候科学の第一人者であるMITのリチャード・リンゼン博士は、地球温暖化対策については “何もしない “べきで、何かするならば、自然災害に対する”強靭性 “の強化に焦点を当て
  • プーチンにウクライナ侵攻の力を与えたのは、高止まりする石油価格だった。 理由は2つ。まず、ロシアは巨大な産油国であり、経済も財政も石油の輸出に頼っている。石油価格が高いことで、戦争をする経済的余裕が生まれた。 のみならず
  • 世界的なエネルギー危機を受けて、これまでCO2排出が多いとして攻撃されてきた石炭の復活が起きている。 ここ数日だけでも、続々とニュースが入ってくる。 インドは、2030年末までに石炭火力発電設備を約4分の1拡大する計画だ
  • CO2濃度が過去最高の420ppmに達し産業革命前(1850年ごろ)の280ppmの1.5倍に達した、というニュースが流れた: 世界のCO2濃度、産業革命前の1.5倍で過去最高に…世界気象機関「我々はいまだに間違った方向

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑