欧州エネルギー危機とグリーンフレーション
欧州のエネルギー環境関係者とエネルギー転換について話をすると、判で押したように「気候変動に対応するためにはグリーンエネルギーが必要だ。再生可能エネルギーを中心にエネルギー転換を行えば産業界も家庭部門も低廉なエネルギー価格を享受でき、かつ対外エネルギー依存を下げることにより、エネルギー安全保障にも貢献する」とのコメントが返ってきた。
しかし昨年秋以来のエネルギー危機に直面し、欧州中央銀行の中には「エネルギー転換は必要ではあるが、インフレ的である」との声も出始めている。ブレントは90ドル/バレルを超え、100ドル超えも時間の問題だ。欧州の電力・ガス価格は2010-20年平均の5-10倍になっている。
欧州中央銀行理事会メンバーであり、ドイツの著名なエコノミストであるイザベル・シュナーベルは「グリーンフレーションは現実に起きており、一過性のものではなく、今後更に悪化する」と警鐘をならしている。

shotbydave/iStock
現在のエネルギー危機はコロナ危機からの世界経済の回復に伴う化石燃料需要の増大に供給が追い付いていないことが根本的な原因だ。化石燃料供給の不足は2014年~2016年の石油価格低下により石油ガス上流投資が低下し、2016年以降の価格回復によって若干持ち直したものの、コロナ危機による化石燃料需要の大幅低迷により、再び上流投資が大きく低下したことによるものだ。
エネルギーアナリストの大場紀章氏は「世界同時多発エネルギー危機―スケープゴートになった脱炭素政策―注1)」の中で、脱炭素トレンドは上流投資低迷よりも後の話であり、現在の生産量伸び悩みには影響していないと指摘している注2)。
しかし「グリーンフレーションは今後、悪化する」というシュナーベルの指摘は、過去の石油価格低迷による上流投資停滞だけでは説明できない。
環境原理主義者たちは、温暖化防止を理由に化石燃料企業、化石燃料企業への融資・付保を行う金融・保険業界したりする金融を指弾してきた。環境NGOは石油・ガス投資を行う金融機関トップ12を「汚れた12行(dirty dozen)」として毎年、晒しものにしてきた注3)。グレタ・トウーンベリ等の環境活動家は化石燃料企業が環境殺人(ecocide)を犯しているとして欧州刑事裁判所に提訴すべきだと叫んでいる注4)。COP26では日本を除くG7諸国等20数か国が「化石燃料部門に対する公的融資を即刻とりやめる」との共同声明に名前を連ねた注5)。
要するに「化石燃料投資は愚かで罪悪である」との論調を作り上げてきたのは脱炭素トレンドである。このような状況下で化石燃料価格が足元で上昇しても新規投資が増大しなくても驚くに当たらない。
これまでの投資低迷は過去の石油価格低下や需給ファンダメンタルズやコロナといった外的要因が大きかった。しかし今回は人為的な政策によって引き起こされたものだ。シュナーベルは「パリ協定の目標を達成するためには化石燃料価格は高水準でとどまるのみならず、今後も上昇し続ける必要がある」と述べている。
こんなことは分かりきったことである。IPCCの1.5℃特別報告書では1.5℃目標を達成するためには2℃目標を追求する場合に比して3-4倍の炭素コストがかかることを示している。その水準には幅があるが2030年時点で数百ドル~1000ドル以上にのぼる。
「脱炭素化によってエネルギーコストが下がりエネルギー安全保障も強化される」というのは再エネコストやバッテリーコストが十分に低下した将来時点での「あらまほしき姿」を語っているに過ぎない。確かに再エネもバッテリーも遮二無二導入すれば規模の経済性によりコストは下がるだろう。しかしその果実を享受するまでに間は高いエネルギーコストに耐えなければならない。
ドイツを筆頭に脱炭素化エネルギー転換を語る人たちは、途中段階のいばらの道についてほとんど語ってこなかった。そもそもコストアップを伴わずに脱炭素化ができるのであれば、途上国を含め、放っておいても脱炭素化が進むはずである。そうなってこなかったのは短中期的に脱炭素化の道筋が経済的負担を伴うからだ。
シュナーベルは「現時点で再エネは世界のエネルギー需要増を満たすには不十分である。再エネの力不足、化石燃料投資の低迷、欧州排出量取引市場における炭素価格の上昇により、我々はエネルギー転換の途上において非常に高いエネルギーコストに直面するリスクがある」と語っている。
欧州中央銀行はこれまで化石燃料投資が座礁資産化し、金融システムの安定を損なうという文脈のみで物事を語ってきた。欧州中央銀行の理事会メンバーが脱炭素化に伴うエネルギー転換の意図せざる結果(エネルギーコスト上昇)について語り始めたのは興味深い。
ただしシュナーベルのような考え方が欧州の主流かといえばそうではない。COP26期間中にドイツの専門家と話をする機会があったが「現下のエネルギー危機の原因のいくぶんかは行き過ぎだグリーン政策にあるのではないか」と訊いたところ、「その逆だ。もっと早く再エネへのエネルギー転換をしていればこんなことにはならなかった」との答えが返ってきた。
環境原理主義者たちにつける薬はない。
注1)https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/06177/
注2)https://www.washingtonpost.com/business/energy/greenflation-is-very-real-and-sorryits-not-transitory/2022/01/10/
注3)https://www.bankingonclimatechaos.org/wp-content/uploads/2021/10/Banking-on-Climate-Chaos-2021.pdf
注4)https://www.abc.net.au/news/2021-02-13/will-ecocide-become-an-international-crime/13136912
注5)https://ukcop26.org/statement-on-international-public-support-for-the-clean-energy-transition/

関連記事
-
前々回、前回と、企業のカーボンニュートラル宣言がESGのG(ガバナンス)、S(社会性)に反することを指摘しました。今回は世代間の問題について考えます。 2030年CO2半減目標は将来世代への足枷になる 自助努力で100%
-
トヨタ自動車が、ようやく電気自動車(EV)に本腰を入れ始めた。今までも試作車はつくっており、技術は十分あるが、「トヨタ車として十分な品質が保証できない」という理由で消極的だった。それが今年の東京モーターショーでは次世代の
-
河野太郎衆議院議員(自民党)は電力業界と原子力・エネルギー政策への激しい批判を繰り返す。そして国民的な人気を集める議員だ。その意見に関係者には反論もあるだろう。しかし過激な主張の裏には、「筋を通せ」という、ある程度の正当
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク「GEPR」(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
「エネルギー資源小国の日本では、国策で開発したナトリウム冷却高速炉の技術を次代に継承して実用化させなければならない。それには高速増殖原型炉『もんじゅ』を運転して、技術力を維持しなければならない。軽水炉の運転で生ずるプルトニウムと劣化ウランを減らすためにも、ナトリウム冷却高速炉の実用化が必要だ」
-
自由化された電力市場では、夏場あるいは冬場の稼働率が高い時にしか利用されない発電設備を建設する投資家はいなくなり、結果老朽化が進み設備が廃棄されるにつれ、やがて設備が不足する事態になる。
-
筆者は1960年代後半に大学院(機械工学専攻)を卒業し、重工業メーカーで約30年間にわたり原子力発電所の設計、開発、保守に携わってきた。2004年に第一線を退いてから原子力技術者OBの団体であるエネルギー問題に発言する会(通称:エネルギー会)に入会し、次世代層への技術伝承・人材育成、政策提言、マスコミ報道へ意見、雑誌などへ投稿、シンポジウムの開催など行なってきた。
-
「原子力文明」を考えてみたい筆者は原子力の安全と利用に長期に携わってきた一工学者である。福島原発事故を受けて、そのダメージを克服することの難しさを痛感しながら、我が国に原子力を定着させる条件について模索し続けている。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間