「ネットゼロ」には毎年3.5兆ドルのコストが必要だ
マッキンゼーは、2050年にCO2排出をネットゼロにするというCOP26の目標を実際に実現するための投資についてのレポートを発表した。
![](https://agora-web.jp/cms/wp-content/uploads/2022/02/bcfb934f366120a5b2c2af0ddd4ffd3c-660x480.png)
2050年ネットゼロに必要な物的投資(マッキンゼー)
必要な投資は2050年までに累計275兆ドルで、毎年9.2兆ドルだ。そこから今までに実施された投資を引いても、3.5兆ドル(400兆円)が必要になる。これは毎年4兆ドルというIEAの予測と(計算方法は違うが)おおむね同じだ。
3.5兆ドルというのは大きすぎて実感がわかないが、全世界のGDPの約4%に相当する。これを均等に負担したとすると、日本では20兆円である。
電気料金は25%上がる
電力、鉄鋼、セメントなどの部門では、化石燃料の資産が座礁して価値を失う。その代わりに再エネで電力を供給すると、電気料金は25%上がる。
![](https://agora-web.jp/cms/wp-content/uploads/2022/02/9f5b871b59d2d7e7425e60ee647376e2-660x416.png)
世界の電気料金の推移(マッキンゼー)
再エネや電気自動車などの新しい投資で、全世界の雇用が1.85億人増えるが、化石燃料部門で2億人の雇用が失われる。
![](https://agora-web.jp/cms/wp-content/uploads/2022/02/37f9bdd6cdd05173ecc60957836fbe97-660x404.png)
ネットゼロで創出される雇用と失われる雇用(マッキンゼー)
ネットゼロは毎年GDP3%の赤字
問題はこの投資によってどんなリターンがあるかだが、それについては「今回の調査の限界」として、気候変動の物理的リスクは勘案していないと明記している。要するに費用対効果の費用だけを計算して、効果を計算していないのだ。
これについては、このレポートの元にしたNGFSのシナリオで、次のような試算を出している。
![](https://agora-web.jp/cms/wp-content/uploads/2022/02/d15e5a2688918a5a7267d29e2d080c58-586x660.png)
気候変動によるGDP損失(NGFS)
それによれば2050年には温暖化で世界のGDPの約3%が失われるが、それをネットゼロで約1%減らすことができる。つまりネットゼロのメリットは1%である。
国民は脱炭素化のコストをいくら負担するのか
マッキンゼーもNGFS(中央銀行のグループ)もネットゼロを推進する立場から計算しているので、以上の数字はもっとも好意的な評価だと思われるが、それでも投資コストは世界のGDPの4%で、そのメリットは1%である。つまりネットゼロの投資はGDP3%の赤字なのだ。
これは実額でいうと、全世界で毎年2.8兆ドルの純損失を出し続けることになる。それを日本が均等に負担すると想定すると毎年15兆円、国民ひとり当たり120万円である。この損失を負担する合理的な方法は炭素税だが、これは複雑なので「地球環境のための消費税」として一律に課税すると7%の増税になる。
「地球の未来のためには消費税7%ぐらい負担しよう」と思う人もいるだろうが、世論調査で国民が年間に負担してもいいと思う気候変動対策のコストは年間100ドル。必要なコストの1%にも満たない。
地球温暖化を防ぐためにいくら負担するか、というのは民主的な意思決定の問題である。もちろん以上の計算は大ざっぱな概算だが、「脱炭素化で経済成長」などという幻想を捨て、日本国民は地球の未来のためにどれだけ負担するか、国会で議論してもいいのではないか。
![This page as PDF](https://www.gepr.org/wp-content/plugins/wp-mpdf/pdf.png)
関連記事
-
資産運用会社の経営者でありながら、原子力行政の「非科学的」「不公正」な状況を批判してきた森本紀行HCアセットマネジメント社長に寄稿をいただきました。原子力規制委員会は、危険性の許容範囲の議論をするのではなく、不可能な「絶対安全」を事業者に求める行政を行っています。そして政治がこの暴走を放置しています。この現状を考える材料として、この論考は公平かつ適切な論点を提供しています。
-
前回に続いて、環境影響(impact)を取り扱っている第2部会報告を読む。 米国のロジャー・ピールキー・ジュニアが「IPCCは非現実的なシナリオに基づいて政治的な勧告をしている」と指摘している。許可を得て翻訳したので、2
-
先日、欧州の排出権価格が暴落している、というニュースを見ました(2022年3月4日付電気新聞)。 欧州の排出権価格が暴落した。2日終値は二酸化炭素(CO2)1トン当たり68.49ユーロ。2月8日に過去最高を記録した96.
-
経済産業省で11月18日に再生可能エネルギー主力電源化制度改革小委員会(以下単に「委員会」)が開催された。 同委員会では例によってポストFITの制度のあり方について幅広い論点が議論されたわけだが、今回は実務に大きな影響を
-
既にお知らせした「非政府エネルギー基本計画」の11項目の提言について、3回にわたって掲載する。今回は第2回目。 (前回:非政府エネ基本計画①:電気代は14円、原子力は5割に) なお報告書の正式名称は「エネルギードミナンス
-
石炭火力発電はCO2排出量が多いとしてバッシングを受けている。日本の海外での石炭火力事業もその標的にされている。 だが日本が撤退すると何が起きるのだろうか。 2013年以来、中国は一帯一路構想の下、海外において2680万
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
処理水の放出は、いろいろな意味で福島第一原発の事故処理の一つの区切りだった。それは廃炉という大事業の第1段階にすぎないが、そこで10年も空費したことは、今後の廃炉作業の見通しに大きな影響を与える。 本丸は「デブリの取り出
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間