脱炭素と「誰一人取り残さない」のSDGsは相反する
経営方針で脱炭素やカーボンニュートラルとSDGsを同時に掲げている企業が増えていますが、これらは相反します。
脱炭素=CO2排出量削減は気候変動「緩和策」と呼ばれます。他方、気候変動対策としてはもうひとつ「適応策」があります。
温室効果ガスの排出削減と吸収の対策を行うことが「緩和」です。省エネの取組みや、再生可能エネルギーなどの低炭素エネルギー、CCS(※)の普及、植物によるCO2の吸収源対策などが挙げられます。
これに対して、既に起こりつつある気候変動影響への防止・軽減のための備えと、新しい気候条件の利用を行うことを「適応」と言います。影響の軽減をはじめ、リスクの回避・分散・需要と、機会の利用をふまえた対策のことで、渇水対策や農作物の新種の開発や、熱中症の早期警告インフラ整備などが例として挙げられます。
(※)CCSとは
工場や発電所などから発生するCO2を大気放散する前に回収し、地中貯留に適した地層まで運び、長期間にわたり安定的に貯留する技術。
日本の年間CO2排出量は約11億トン、世界全体の3%程度です。カーボンニュートラルを実現したところでその効果は地球の大気全体で薄まり平均化されます。杉山大志氏によれば、日本のCO2排出量約10億トンによる年間の気温上昇は0.000436℃、過去10年にわたる太陽光発電等の再生可能エネルギーの大量導入による気温の低下は0.000087℃とのことです。つまり、日本で莫大なコストをかけてCO2排出量を削減しても地球全体には全く影響しないということです。
仮に日本全体で脱炭素、カーボンニュートラルを実現できたとしても気温には影響しない一方で、電気代高騰など国民負担の増加を招きます。電気代高騰は当然ながら全国民(特に生活弱者)を苦しめます。企業は国際競争力を失い、特に中小企業から倒産してしまいます。体力のある大企業は安価なエネルギーを求めて生産拠点やサーバーなどを海外に移すことになり、国内は失業者で溢れます。
一方で、「適応策」は気候変動を前提としたうえで、治水などの防災・減災対策を講じるほか都市計画の見直しなども必要になります。また、水害対策だけでなく多くの社会課題にも対応してゆかなければなりません。慶応義塾大学名誉教授でNPO法人鶴見川流域ネットワーキング代表理事の岸由二氏は著書の中で以下のように述べています。
わたしたちが直面しているのは、豪雨や干魃などの水循環課題だけではありません。生息地の破壊に、さらに温暖化の脅威も加わり、生物多様性には絶滅、生態系の大攪乱など、大きな危機が迫っていると危惧されています。人口と食糧、水、資源とのバランスなどの課題もあります。技術、経済、制度、社会・政治体制等の工夫はもちろんのこと、それらを超えて、さらに広い視野で考えてゆくべき課題なのです。
(『生きのびるための流域思考』ちくまプリマ―新書、2021年、188頁)
緩和策では「CO2」という単純明瞭な指標があり誰もが取り組みやすい一方、適応策では企業、自治体、NPO、地域住民など様々なステークホルダーの連携が必要になり、また法律や条例等の整備・調整も発生するため一筋縄ではいきません。
ただし筆者が重要だと考えるのは、緩和策と違って適応策では投入したリソースがその場所・その地域ですべて効果として現れる点です。もちろん、現実には対策の遅延や不足、また想定を上回る自然災害が発生することはありますが、地球全体で効果が薄まることはありません。そして何より、適応策は生活弱者こそを救済し守る対策になるのです。
電気代高騰によって弱者や中小企業を苦しめる脱炭素・カーボンニュートラルと、「誰一人取り残さない」のSDGsは相反します。SDGsを掲げるのであれば、国も自治体も企業も限られたリソースを脱炭素(緩和策)一辺倒ではなく適応策にこそ割くべきです。
■
関連記事
-
「2年10ヶ月の懲役刑」というのが、ノートライン=ヴェストファーレン州のボッフム州立裁判所が7月1日に下した判決だった。被告は、医師であるハインリヒ・ハービク氏、67歳。裁判長ペトラ・ブライヴィッシュ=レッピング氏によれ
-
時代遅れの政治経済学帝国主義 ラワースのいう「管理された資源」の「分配設計」でも「環境再生計画」でも、歴史的に見ると、学問とは無縁なままに政治的、経済的、思想的、世論的な勢力の強弱に応じてその詳細が決定されてきた。 (前
-
ロシア軍のウクライナ攻撃を「侵攻」という言葉で表現するのはおかしい。これは一方的な「武力による主権侵害」で、どうみても国際法上の侵略(aggression)である。侵攻という言葉は、昔の教科書問題のときできた言い換えで、
-
1月9日放映のNHKスペシャル「2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」は「温暖化で既に災害が激甚化した」と報道した。前回、これは過去の観測データを無視した明白な誤りであることを指摘した。 一方で、
-
米国マンハッタン研究所の公開論文「エネルギー転換は幻想だ」において、マーク・ミルズが分かり易い図を発表しているのでいくつか簡単に紹介しよう。 どの図も独自データではなく国際機関などの公開の文献に基づいている。 2050年
-
チャーミー大島先生との巡り会い 大島教授に最初にお会いしたのは、彼が立命館大学教授になって数年、岩波の〝赤本〟『原発のコスト』をもって華々しく論壇に登壇した直後の頃だった。原発の反対・推進が相まみえるパネル討論会でのこと
-
1. はじめに 2015年12月のCOP21で採択され、2016年11月4日に発効したパリ協定から約8年が経過した。我が国でも、2020年10月菅首相(当時)が、唐突に、2050年の脱炭素、カーボンニュートラルを発表し、
-
はじめに 原子力発電は準国産エネルギーとされているが、周知のとおり日本にはウランがない。それでも「準国産」として扱われるのはなぜなのかを論ずる。 原子力発電の燃料は火力発電の100万分の1 原子力発電の燃料が準国産とされ
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間