IPCC報告の論点㉒:ハリケーンが温暖化で激甚化はウソ

2021年10月05日 07:00
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。

Elen11/iStock

前回の論点㉑に続いて「政策決定者向け要約」を読む。

今回、「おや?」と思ったのはこの箇所。熱帯低気圧(台風、サイクロン、ハリケーンの総称)が強くなっている?

そんな筈はない、と思って調べてみた。まず、過去のIPCC報告は熱帯低気圧が強くなっているなどとは言っていない。

気象庁の台風のデータを見ても強くなっている気配はない(図)。

図 台風の激甚化など起きていない。図の見方は拙稿を参照。
出典:気象庁 日本の気候変動2020 —大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書—

それでは、IPCCが根拠にしている論文を見てみる。下の表がそのまとめ。分析対象とした期間は、衛星観測で雲画像を解析できる1979年から2017年まで。期間をEarly(1979-1997)とLater(1998-2017)のように前期と後期に分けている。

一番左のGlobal(地球全体)の欄を見るとChangeが+5%/decadeとなっていて、強い台風の割合が10年当たりで5%増えている、としている。

だがここの数字を使って計算する限り、強い台風の割合Pmajは、前期こそ3202/9420=0.3399で合っているが、後期は2842/9275=0.3064となる筈で、表中の0.3725は間違いとしか思えない。正しく割り算すれば強い台風の割合は1割も減っているはずだが???

じつはこの表は、論文発表後に誤りがあったとして出てきた修正版のものだが、これまた、どうみてもおかしい。

ここで腰が抜けてしまい、話を続ける気力が失せそうになるが、思い直して、表をもう少し眺める。

すると、西太平洋(WP)でも強い台風の割合は減っている(表中のChangeに-3%/decade、つまり10年あたりで3%弱くなった、とある)。

強いハリケーンの割合がとても増えたとされるのは北大西洋(NA)である。だが北大西洋は北大西洋振動(AMO)の影響で周期的にハリケーンは強くなったり弱くなったりすることはよく知られている。

この論文でも、このため、ハリケーンが活発になった理由が何かは分からない、としている。

けれども、分からないどころか、簡単に統計は確認できるのだ。論文の分析開始年の1979年頃はちょうどハリケーンの活動の「底」に当たる時期で、1950年代・60年代は2000年以降に負けずにハリケーンが活発だったことが下の図から分かる。

1979年以前までさかのぼるとハリケーンの活動に長期傾向が無いことも分かる。なおこれらの図についての詳しい説明は解説記事を参照されたい。

ということで、やはり台風もハリケーンも、地球温暖化のせいで強くなっているなどということはなさそうだ。IPCC報告は、誤った情報でいたずらに危機感を煽るのではなく、ここで示した図のような、誰にでも分かる観測データを率直に示すべきだ。

1つの報告書が出たということは、議論の終わりではなく、始まりに過ぎない。次回以降も、あれこれ論点を取り上げてゆこう。

次回:「IPCC報告の論点㉓」に続く

【関連記事】
IPCC報告の論点①:不吉な被害予測はゴミ箱行きに
IPCC報告の論点②:太陽活動の変化は無視できない
IPCC報告の論点③:熱すぎるモデル予測はゴミ箱行きに
IPCC報告の論点④:海はモデル計算以上にCO2を吸収する
IPCC報告の論点⑤:山火事で昔は寒かったのではないか
IPCC報告の論点⑥:温暖化で大雨は激甚化していない
IPCC報告の論点⑦:大雨は過去の再現も出来ていない
IPCC報告の論点⑧:大雨の増減は場所によりけり
IPCC報告の論点⑨:公害対策で日射が増えて雨も増えた
IPCC報告の論点⑩:猛暑増大以上に酷寒減少という朗報
IPCC報告の論点⑪:モデルは北極も南極も熱すぎる
IPCC報告の論点⑫:モデルは大気の気温が熱すぎる
IPCC報告の論点⑬:モデルはアフリカの旱魃を再現できない
IPCC報告の論点⑭:モデルはエルニーニョが長すぎる
IPCC報告の論点⑮:100年規模の気候変動を再現できない
IPCC報告の論点⑯:京都の桜が早く咲く理由は何か
IPCC報告の論点⑰:脱炭素で海面上昇はあまり減らない
IPCC報告の論点⑱:気温は本当に上がるのだろうか
IPCC報告の論点⑲:僅かに気温が上がって問題があるか?
IPCC報告の論点⑳:人類は滅びず温暖化で寿命が伸びた
IPCC報告の論点㉑:書きぶりは怖ろしげだが実態は違う
IPCC報告の論点㉒:ハリケーンが温暖化で激甚化はウソ
IPCC報告の論点㉓: ホッケースティックはやはり嘘だ
IPCC報告の論点㉔:地域の気候は大きく変化してきた
IPCC報告の論点㉕:日本の気候は大きく変化してきた

クリックするとリンクに飛びます。

「脱炭素」は嘘だらけ

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 台湾有事となると、在韓米軍が台湾支援をして、それが中国による攻撃対象になるかもしれない。この「台湾有事は韓国有事」ということが指摘されるようになった。 これは単なる軍事的な問題ではなく、シーレーンの問題でもある。 実際の
  • 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、想定を超えた地震・津波により引き起こされた長時間の全交流電源の喪失という厳しい状況下で炉心溶融に至ったものです。 それでも本来事故以前から過酷事故対策として整備してきていた耐圧強化ベ
  • 2月25日にFIT法を改正する内容を含む「強靭かつ持続可能な電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案」が閣議決定された。 条文を読み込んだところ、前々からアナウンスされていたように今回の法改正案の
  • 「法則」志向の重要性 今回は、「ドーナツ経済」に触れながら、社会科学の一翼を占める経済学の性格について、ラワースのいう「法則の発展を目的としない」には異論があるという立場でコメントしよう。すなわち「法則科学か設計科学か」
  • 以前、CO2濃度は産業革命前の280ppmに戻りたがっていて、いま人為的なCO2排出量のうち大気中に留まるのは約半分で、残り半分は陸上と海洋に自然に吸収されていること、を書いた。 だとすると、人為的排出を半分にすれば、大
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 前稿で科学とのつき合い方について論じたが、最近経験したことから、改めて考えさせられたことについて述べたい。 それは、ある市の委員会でのことだった。ある教授が「2050年カーボン
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 地球温暖化による大雨の激甚化など起きていない。 今回のI
  • 新しい日銀総裁候補は、経済学者の中で「データを基に、論理的に考える」ことを特徴とする、と言う紹介記事を読んで、筆者はビックリした。なぜ、こんなことが学者の「特徴」になるのか? と。 筆者の専門である工学の世界では、データ

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑