水素発電で火力発電を代替するという幻想
政府の第6次エネルギー基本計画(案)では、2030年までにCO2排出量を46%削減する、2050年までにCO2排出を実質ゼロにする、そのために再生可能エネルギーによる不安定電源を安定化する目的で水素発電やアンモニア発電、炭酸ガス回収貯留(CCS)付き火力発電を大幅に導入して、石炭・LNG(液化天然ガス)発電に置き換えるという政策を取ろうとしています。また、太陽光発電の余剰電力を水素やアンモニア製造に回して貯蔵し、夜間・曇・雨時の発電用に供給するという政策も意図されています。
この政策に対応して、水素の供給量目標は、2030年300万トン、2050年2000万トンと掲げられています。
目標に組み込まれている各種の発電技術は、あたかもすぐに大規模に実用化でき、国レベルのCO2排出を何割も削減できるかのように表現されていますが、実際は、基本技術さえ開発途上であり、これから実証試験を行って大規模化の技術を確立して行かなければならないものです。更に、実現できた設備の運転・維持にどれだけのCO2を排出するかを評価しなければならない段階にあります。
ここでは、水素発電で石炭火力発電やLNG火力発電を置き換え、CO2排出をゼロに持って行く場合を考えてみます。
まず、CO2排出が最も多い石炭火力発電を水素発電に切り替える場合です。
日本での火力発電用石炭消費量(2018年)は約1億1100万トンです。石炭の発熱量は、6900kcal/kg 注1)ですので、年間総発熱量は7.7x10の14乗kcalです。水素の発熱量は、34000kcal/kg ですから、石炭と同じ熱量を出すためには、年に2260万トンの水素が必要です。
2050年までに現在の石炭消費量をゼロにしていくためには、水素発電用の水素を2260万トン供給できるようにする必要があるわけですが、エネルギー基本計画では2050年に水素を2000万トン供給するという目標になっており、この数字だけで既に水素が不足するという計算になります。
火力発電では、LNG火力も大きな割合を占めています。LNG火力発電も水素発電に置き換えなければ、CO2の排出はゼロになりません。
日本でのLNGの発電用消費量(2019年)は約4800万トンです。LNGの発熱量は13000kcal/kgですので、年間発熱量は6.2x10の14乗kcalです。水素の発熱量は34000kcal/kgですから、LNGと同じ量の熱量を出すためには、年に1800万トンの水素が必要です。
石炭火力とLNG火力の両方を水素発電に置き換えるには、4060万トンの水素が必要であり、2050年目標の水素供給量2000万トンでは、発電量の半分も担えないことになります。
つまり、CO2排出をゼロにはできません。
以上のように、2050年目標の水素供給量2000万トンという数字は、それを全量水素発電に供給しても火力発電の半分を代替できる程度です。電気自動車用に大量に必要となる水素燃料電池用の水素供給を行う余力は全く無いということになります。
これらを纏めると、2050年カーボンニュートラル目標を達成するためには、発電用に使う水素量を減らし、その分を自動車用水素燃料電池に振り向け、発電分野のC02排出削減には原子力を使うのが合理的であるということになります。
日本の経済力を維持し、エネルギーや食糧、ワクチンなどの輸入を可能にするだけの資金を確保するためには、エネルギーの安定供給とリーズナブルな価格による産業力の維持が重要であり、原子力の活用が不可欠な条件になると考えられます。第6次エネルギー基本計画(案)の中の、「可能な限り原発依存度を低減」という文言を削除し、「可能な限り原発を活用する」という文言を入れて、現時点から原子力の再稼働・新増設・リプレースを推進していかなければ、次世代の若者の活躍の場を提供することはできないと考えられます。
注1)「エネルギー源別標準発熱量・炭素排出係数(資源エネルギー庁2018年度改訂)」によると、石炭の発熱量は、28.7MJ/kg = 28.7X106J/kgx0.24cal/J = 6.9x106cal/kg=6.9x103kcal/kg =6900kcal/kg
関連記事
-
混迷のスリランカ スリランカのゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が軍用機で国外逃亡したというニュースが7月13日に流れた。 スリランカではここ数か月、電気も燃料も食料も途絶え、5月以来54.6%のインフレ、中でも食糧価格が80
-
私の専門分野はリスクコミュニケーションです(以下、「リスコミ」と略します)。英独で10年間、先端の理論と実践を学んだ後、現在に至るまで食品分野を中心に行政や企業のコンサルタントをしてきました。そのなかで、日本におけるリスク伝達やリスク認知の問題点に何度も悩まされました。本稿では、その見地から「いかにして平時にリスクを伝えるのか」を考えてみたいと思います。
-
広島、長崎の被爆者の医療調査は、各国の医療、放射能対策の政策に利用されている。これは50年にわたり約28万人の調査を行った。ここまで大規模な放射線についての医療調査は類例がない。オックスフォード大学名誉教授のW・アリソン氏の著書「放射能と理性」[1]、また放射線影響研究所(広島市)の論文[2]を参考に、原爆の生存者の間では低線量の被曝による健康被害がほぼ観察されていないという事実を紹介する。
-
オランダの物理学者が、環境運動の圧力に屈した大学に異議を唱えている。日本でもとても他人事に思えないので、紹介しよう。 執筆したのは、デルフト工科大学地球物理学名誉教授であり、オランダ王立芸術・科学アカデミー会員のグウス・
-
英独仏を含む欧州7か国が、海外における化石燃料事業への公的支援を段階的に停止する、と宣言した。 だが、もちろんアフリカには経済開発が必要であり、化石燃料はそのために必須だ。このままでは、先進国の偽善によって、貧困からの脱
-
アゴラ研究所の運営するエネルギー・環境問題のバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。 今週のアップデート 1)企業家が活躍、米国農業-IT、遺伝子工学、先端技術を使用 米国の農業地帯を8月に記者が訪問、その
-
欧米エネルギー政策の大転換 ウクライナでの戦争は、自国の化石燃料産業を潰してきた先進国が招いたものだ。ロシアのガスへのEUの依存度があまりにも高くなったため、プーチンは「EUは本気で経済制裁は出来ない」と読んで戦端を開い
-
多くのテレビ、新聞、雑誌が事故後、放射能の影響について大量に報道してきた。しかし伝えた恐怖の割に、放射能による死者はゼロ。これほどの報道の必要があるとは思えない。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間