核融合の実現は、そんなに容易な話ではない
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智
最近流れたニュース「MITが核融合発電所に必要となる「超伝導電磁石の磁場強度」で世界記録を更新したと報告」を読んで、核融合の実現が近いと思った方も多いかと思うが、どっこい、そんな簡単には進みませんぜ、と言う話を書く。
「地上に太陽を」との触れ込みで売っている核融合だが、その歴史は案外古い。核融合の直接的な応用である水爆の実験が成功したのは1952年。すぐさま応用できると考えられて、インドの原子物理学者バーバが「20年後に核融合は実用化されて、人類のエネルギー供給を賄うのに充分となる」と予言したのは、1955年のことだった。しかしその後、20年はおろか50年経っても核融合で発電できるとの見込みは全く立たなかった。今建設中の実験炉ITERでさえ、1985年に提唱され、途中米国が離脱するなどスッタモンダあった末、36年後の2021年現在でもまだ着火したとは聞いていない。なぜだろうか?
一つには、本物の核融合を起こす条件が厳しくて、容易に到達できなかった。最も反応しやすいとされる重水素(D)と三重水素(T)の反応でさえも、温度は1億℃以上でプラズマ密度と閉じ込め時間にも条件がある(ローソン条件)。3条件のうち一つだけなら近い所まで行った例はあるが、全部を満たした実験施設はまだない。
1億℃と簡単に言うが、想像もできないような高温である。我々が工学的に扱う高温としては、せいぜい数千℃が限度で、それ以上になると物質は固体→液体→気体(蒸気)からさらにプラズマ状態になる。1億℃に近いような高温ではどんな容器も溶けてしまうので、強力な磁場で閉じ込める。今回のMITのニュースは、その磁場を作る超伝導磁石で良いものができた、というだけである。核融合の実現へは、実際にはまだまだ高い壁がある。
一つは「本物の核融合」が起きると、ヘリウムと中性子が大量に発生して、プラズマを閉じ込める真空容器の材料が、中性子放射でボロボロになってしまうこと。そのため、従来の核融合プラズマ実験では「本物の反応」が起きない水素を使って、高温プラズマの特性などを調べていた。つまり「核融合ごっこ」に止まっていた。今度のITERでは「本物」をやるつもりのようだが、現在最先端を走るトカマク型(ITERもその一つ)では、長時間の連続運転が難しい。ITERの実験でも、目標は1000秒間燃やすこと、となっている。それで、ITERの役目は終わる! 1000秒も中性子線を浴びた炉壁材料は、おそらくもはや使い物にならず、放射性廃棄物の山が出来上がる。
さらに、ITERでは発電も行わない。そもそも、発電方式が決まっていないからだ。核融合は超高温・高密度下で進む。そこで得られたエネルギーを利用するには、炉内のエネルギーをどう取り出すかが難題である。一応、炉からの発生熱でプラズマを囲んでいる液体リチウムが加熱され、これを蒸気発生器に導いて発電することになっている。しかし、蒸気で発電する場合のボイラー温度は、高くても数百℃のオーダーだが、核融合炉内温度は1億℃以上。この温度差は熱工学的には非常に困難度が高い。プラズマから直接発電する方式も考えられているが、未だ概念設計にさえお目にかかっていない。
もし、発電のためにプラズマの一部を抜き出したら、炉内の温度・密度は一気に下がるから、再度エネルギーを注入して臨界状態に戻さないと行けない。そのための電力は40万kWと見込まれる(「プラズマ生成と加熱電流駆動に必要な準定常電力40万kW、定常電力23万kWと言う記述がある)。100万kW級の発電所が近くにあっても、その6割が持って行かれる計算になる。
文科省の核融合研究関連サイトには、そんな問題点は書かれていない。唯一、正直に書いてある点は、核融合の達成にもリチウムを使うことである。三重水素(トリチウム:T )の生産のために、リチウムに中性子を当ててヘリウムとトリチウムを生成するのである。このリチウムは米国とアフリカに偏在する資源で、絶対量も少ない。重水素は、不純物の多い海水から得なくとも、川や湖の水から得られるから、確かに充分にある。しかし、今度はリチウムが限定資源となる。この金属は、リチウムイオン電池にも使われるし、軍需物資としても重要なので、すでに奪い合いが始まっている。この他にも、核融合にはヘリウム、ニオブ、バナジウムなどの希少元素が大量に必要になる。「核融合は資源のない日本向き」は、明らかに誇大広告と言うしかない。
三重水素(トリチウム)をめぐっても、問題は多い。かつて2003年に、ノーベル賞学者の小柴昌俊氏らが「燃料として貯えられる約2kgのトリチウムはわずか1mgで致死量とされる猛毒で200万人の殺傷能力があります」として、ITERの日本誘致に反対する意見書を政府と青森県に出したことがあった。この意見書は無視されたが、結果的にITERは日本でなく南仏に建設されることになった。トリチウムは、福島原発事故処理水でも残留し、放出後は海に拡散する(半減期は約12年)。
原子炉などの開発は、一般に実験炉→原型炉→実証炉→商用炉と言う段階を踏む。高速増殖炉の場合は、フランスの「スーパーフェニックス」が実証炉段階まで進んだが、事故で実験炉まで戻った。日本の「もんじゅ」は原型炉だったが、これも事故を起こして廃炉になった。核融合炉のITERは、まだ実験炉の段階である。商用炉までは、まだ何段階もある。文科省のサイトでは、21世紀中葉までに実用化の目処、と書いてあるが、あと30年程度でそんな目処が立つのだろうか?
核融合に関するマスコミ報道は、ずっと以前から「誇大広告」の繰り返しだったと断じて良い。1980年代から既に「最先端」「世界最高水準」「競争、一番乗り」「最高の磁界を」等々、今にも核融合が実現するかのように報じてきた。もちろん、研究者の責任が大きい。核融合研究にかかる経費は巨大なので、研究開発機関や大学等で予算を獲得するために誇大広告を繰り返したのである。しかしそろそろ、この巨大プロジェクトにかかる経費と、得られる便益について、客観的な評価が必要な時期が来ていると、筆者は思う。もちろん基礎科学研究は重要なので見捨てる必要はないが、今にも実現しそうだと宣伝して、研究費を稼ぐ時代は終わったと考える。
折しも、自民党総裁選に出馬した高市早苗氏が「小型核融合炉を開発して発電させる」と明言した。これは、誰から吹き込まれた話なのだろうか? 確かに、今の核融合実験炉はバカでかいが、何も好き好んであんな図体になったわけではない。極力小さくしようとしたけど、ああなったわけで、よほどの技術革新がないと小型化はできない。しかも、上記したように、未だ実際に点火したこともなく発電方式も決まっておらず、希少資源を大量に消費するといった問題点を抱えている。一体どうやって、その小型核融合炉とやらを実現できるのか、具体的な道筋を示していただきたい。
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松田 智
2020年3月まで静岡大学工学部勤務、同月定年退官。専門は化学環境工学。主な研究分野は、応用微生物工学(生ゴミ処理など)、バイオマスなど再生可能エネルギー利用関連。
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